(14話改稿中)幻創世界の異端者達(ディビアント)~迷いを払う、大切の力~

こへへい

プロローグ 盗人と王子様

 本当は気づいていたんだ、分かっていたんだ、けど認めたくなかっただけなんだ。自分の運命を呪って、嫌って、恨んでいたけれど、不幸だと決めつけていたけれど、そんなことはないんだって。不幸の星も、神のいたずらも、悪霊も呪いもありはしない。あるのはただ、自分を不幸だと決めつけていた自分の認識だけだった。


 だから、自分が悪い。自分のせい、自分の人生は自分の責任。それを棚に上げて今まで周囲に多大なる迷惑をかけてきた報いが今来ているのかもしれない。目の前の男は感情の読めない無表情で向き合っている。その視線が苦しかった。その男は口を開く。


「そうかもしれない、貴様はその自己卑下を正当化するために人から物、命、時間を奪ってきたのかもしれない。生まれそだった環境や人間関係によってそんな性格やメンタリティを身に着けてしまったとしても、それら無意識のうちに需要している状況を変えようと努力してこなかった貴様の責任なのかもしれない。貴様は死んでも詫びれぬ罪を犯してきたのかもしれない」


 さんざんの言われように腐敗した心が抉られる。しかし男はそこで一呼吸入れてからまた喉を鳴らした。先ほどとは桁違いの声量で。


「んなもん知るか! もう貴様は我の国に足を踏み入れた時点で国民なんだよ! どれだけ罪を重ねていたとしても、それは終わった命の話だ。ここでは貴様は何の罪もない! 我が許す! はい無罪ぃー!」


 絶対王政が過ぎた。身勝手にもほどがあるだろうに、俺がどれだけ他人のモノを奪ってきたと思っているんだろう。きっと想像することができていないのだ、だからこんな子供のような大言壮語を吐けるのだ。


 そんな恨み言を吐きたかったが、男は俺の、拾ったボロ布を継ぎ合わせたような服を、つなぎ目が破れんばかりの勢いで胸倉を掴み上げた。


「我は認めない、貴様のような国民が存在することを認めない! 誰もが幸せになるのが国というシステムだ! 人々が手を取り合って、自分の得意で他人を助け、そして人の輪が作られるのが国なんだ! お前のようなあぶれ者が居てはならないんだ!」


 男はそう我儘を吐くけれど、夢物語のような気がしてならない。誰もが幸せになる国だって? おいおい。


「いや、それ以前に国できてないだろ。ここのどこが国だっていうんだ」


 視線だけ周囲を見渡すと、草木も生えていない荒野、俺とこの男、そして男が持つそこそこ大きな魚を除き、生き物一匹も生存していない地獄絵図だった。国民も領土もありはしない。あるのは俺とこの男の二人だけだ。他には塵1つない。

 そんな様子を見てもなお、男はあっけらかんと笑ってみせた。


「これから作る! 貴様と国を一から立ち上げるのだ!」


 いつの間にか俺もその仲間になっていた。俺が国を造るだって? 考えたことも無かったし、できるとは到底思えなかった。


「国を造るなんてできるのかよ、どうやって作るんだ国って。まずは城でも建てるのか?」


「はっはっはー! そんなのは所詮形だけだ! それに国という考え方も人間が勝手に作った物だからな、人を適当に集めて色々やっていれば国はできる!」


 こいつめちゃくちゃ言ってやがる。昔の小さな王国の王子とか言っていたけれど、世界のことなんて何も知らないんじゃないのか? 快活な笑顔が腹立たしい。その小綺麗な装飾が施された軽い服装を全部引っぺがして雑巾にしてやろうか。

 そんな嫌気もどこ吹く風で無視されて男は解説を続けた。


「まぁ適当と言ったが、本当に適当であるには、何が大切なのかを見極める審美眼が必要になる。そこで貴様だ」


「え、ここで俺なの? 意味がよく分からないんだけど」唐突に顔を使づけられて目を背けて聞き返した。


「貴様のその盗み、奪い、簒奪する生き方は才能だと言っておるのだよ。他人から何かを盗むというのはそれだけで本来は社会的には罪とされるが、そのリスクを無駄に負うわけではないんだろう?」


 にやにやと笑う男は俺が続きを話すのを待っているというような感じだった。意地でも話してやるか。


「そう! リスクを最小限にするためには何が大切なのかを見極める目が必要になる! 貴様にそれがあるということを我は見出した!」


 お前が言うんかい。だが思っていることは同じだった。そう、俺は盗むプロだ。だが盗むというのは人間社会的にそうとうリスキーで、それをすれば社会そのものが敵になる。だから何を盗むのかを見極めることでそのリスクを最小限に抑えている。


「我がこの世界にやってきてから、貴様は我から食料を中心に、木の実をすりつぶすための石器、水を掬って飲みやすい大きな葉、寝転ぶ時の枕に丁度いい岩に至るまで、この状況で有用となるモノを中心に盗んできたよな。そして今日、貴重な食料である魚を狙ってこの何もない場所にまで追いかけた」


 なるほど、今まで盗みをこうも簡単にできるから違和感を禁じ得なかったのだけれど、こいつは俺のそういう特性を見極めていたわけだ。


 男は今一度言う。答えは一択だと言わんばかりに。


「だから来い! 我には貴様が必要だ」


「国が出来ても、全部盗っちまうかもしれねぇぞ」


 俺は怖かった。僅かながらこの男を信頼しかけていたからこそ、自分の本性が彼を遠ざけてしまうんじゃないか、いつこの男の大らかな信用が、他の者と同じよう闇色に染まるのか分かったもんじゃない。彼の目に映る俺の顔はとても薄汚く、険しかった。

 けれど、男は今までで一番無邪気な笑顔をして言った。まるでかけっこを挑まれた友達のような。


「はっはっはー! やってみな、どうせ盗めやしないのだから!」

 人が作った輪は、決して盗めやしないから。と。

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