あなたが空を飛んだ日

@029keiko

第1話 恋子と書いて「こいこ」と呼ぶ

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「ごめん、好きな人がいる」

全身膠着した緊張感と、震える声で勇気をふり絞って告白した返事に私はショックでその場に倒れそうになった。これは現実だろうか。夢ではないのか?

私が振られる?中学、高校生となった今もモテ期続行中のこの私が振られたの?

数えきれないほど告白されてきた。振ったことはあっても、振られるという出来事は私の十七年間の人生にとって想定外のことだった。

自分で言うのもなんだが、私はかなり綺麗だと思う。

小学校から大人の男達や、上級生の熱い視線を感じながら生きてきた。

恋をした時に、古今東西小説家、詩人達が決まって言う

「恋に落ちる」と言う台詞。

私は恋に落ちるという感情を十七歳にして始めて知ったのだ。


それはある日の夕方、クラスメートの沢田彩と谷口由美と三人で

学校近くの軽食喫茶店「ブルーバード」でいつものようにパフェや

アイスクリームを食べてい時だった。

店の入り口を何気なく視線を移すと、数名の同校の男子生徒が三入ってきた。

突然その一人の男子に私の視線は釘付けになった。

次に身体に電流が流れた。一目惚れとはこういう感覚なのか。

これが恋に落ちるということか。

私は呆然と一人の男の姿にくぎ付けになっていしまった。

姿勢のよい立ち姿、整った顔立ちであることは遠くからでもはっきりわかった。

その中の一人の男子生徒が私達の方に向かって手を挙げた。

「あら、雅人だわ」

「彩知っているの?」

「うん、私のボーイフレンド」

と軽やかに言った。

男子生徒達は近づいてくると空いた隣の席に座った。

私の雅人と、他の二人は軽く笑顔を向けて席に座りコーヒーや、

ジュースを注文した。

私は盗み見るように一人の男子生徒を見つめた。

愁いを帯びた表情ははるかに年上の男のセクシーを感じさせた。

まるで私が既に好きになっているであろうと思う表情と瞳で私を見つめた。

瞳に誘惑されているような気がしてくる不思議な感覚、

それが後藤翔太との運命の出会いだった。

人生で初めて味わう強烈な想いは、雷に打たれたような衝撃だった。

その日から私の生活のすべては後藤翔太に支配されてしまった。

翔太以外のことは考えられなかった。恋の熱情容器はあふれ出しこのままでは自分の感情の重さを背負うことが耐えられないと感じた時、後藤翔太に告白した。そして返ってきたのが冒頭の台詞だ。ありえない出来事に遭遇した時、人は絶句して、

言葉を失うものだ。

翌日、「ブルーバード」で私はショートケーキ、チーズケーキ、チョコレートパフェを次々と注文して口の中に入れた。彩と由美が驚いた表情で、

「どうしたの?やけ食い?何かあったの?」

「砕け散ったのよ。私の恋」

私は二人の顔を交互に見ながら投げやりな口調で言った。

「ついに後藤君に告白したのね」既に私の燃え上がる恋情を毎日のように聞いていた二人は好奇の表情を見せながら私を見ている。

「でも速攻断られたわ。好きな人がいるってさ」

躊躇するような口調で彩が言った。

「あの、実は雅人が一週間前に後藤君と彼女に会ったらしいの」

「えっ、どこで会ったの?

「日曜日に原宿に買い物していたら偶然に翔太君と彼女に会ったんですって。翔太君に恋人だと紹介されたらしいの。雅人驚いていたわ。あまりにも不釣り合いすぎて」

「不釣り合いってどういうこと?」

「なんかふんわりしていて存在感があるのかないのかどう見ても不釣り合いカップだって雅人が不思議がっていたわ」

「それ本当の情報なの?」

「本当よ」

雅人は彩の幼馴染だ。彩に惚れて猛勉強をして、親に土下座して公立ではなく、

授業料の高い私立高校に入学した今時珍しいピュアな純愛路線の男なのだ。

「でも不思議なの。一体翔太君、どこで出会ったのかしら?」

「何が不思議な感じなの?」

「ふわふわ浮いている感じって言ってたわ」

「それに」

「何?」

「名前が恋子っていうのよ。恋愛に子供、こいこ。その名前も不思議、ほんとかしら?」

「翔太君はその女性とどこで出会ったのかしら?どうしてその女性を好きになったのかしら」

その時、私はまだ恋子という一人の女性の魅力も危険性も、不可思議さも知らなかった。が、

その時から坂本恋子の深みにはまる序章は始まっていたのだ。多分。


数日後。その出来事は偶然に起きた。

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