没落貴族の彼女に一目惚れした。

三枝 愛依

プロローグ

彼女との出会い

朝。小鳥が囀りさえずり、陽の光と朝の涼しい風が混じり、眠気を奪い去るほどに心地の良い抱擁ほうよう


窓の下を見下ろせば、まだ七時を回らない時間帯だというのに朝早くから仕事する人や、学院に向かって足を進める学院生。


何気ない一日だが、辞めようとも思わない習慣。

俺はサンドイッチと珈琲を卓に置き、空を眺めながら頬張る。


「うっま。我ながら中々に出来のいい朝食だな、良い婿になれそうだ。」


今年で齢が十八、学院を卒業し独りで"何でも屋"というちょっとおかしな店を営んでいる。

悲しい話だが、この世界では生まれつきの容姿で差別されることがあり、俺は黒い髪に紅い瞳をしており、黒と紅の組み合わせはおとぎ話の吸血鬼、鬼、悪魔などの不吉な存在の象徴と言われており、性格こそ別に普通なのだが、彼女はおろか女の子の友達なんて一人もできたことはない。


今は何でも屋を営んでいることで、近所の人たちと親しくしているが、まぁ恋愛なんて無縁の生活だ。

生涯、孤独で生きて子孫も残さずに死ぬことが確定したのは生まれつきだ。

まぁ諦めも肝心だろう。


「ご馳走様でした……さてと、今日も店を開店しようかな。」


俺の家は二階が居住スペースで、一階が店の作りになっている。

俺の何でも屋という店の意味は、雑貨店という意味の他にも、冒険者が中々受けてくれない依頼やちょっと手伝って欲しいこと、そんな小さな依頼も承る。

街のお手伝いさんのようなお店なのだ。


「さてと……品良し、汚れなし、そしてスマイル良し! いざ、開店!!」


俺は店前の看板を捲り、閉店から開店という表示に切り替えて扉の施錠を解除した。

あとは、俺が会計のカウンターでのんびり待っていれば、お客さんがいずれやって来るだろう。


「さてさて、俺はこの前の続きを読まなくてはならないんだ。」


俺は足早にカウンターへ戻り、カウンターの下に隠すように置いてあった一冊の小説を手に取る。


最近、この国で流行っている娯楽小説のジャンルで。ページの途中に絵などが描かれたライトノベルと呼ばれる小説にハマっている。


これがまた面白く、最近のやつだと主人公が異世界に転生して最強になる! なんてのが多いんだが、俺が読むのはひと味違う。

俺が今読んでいるのは、異世界に転生するわけでもなく架空だが、舞台は俺たちの世界、そのテーマをもとに主人公が、起こり続ける悪事や厄災を解決していく、そんな物語だ。


今はその最新巻で、ちょうど主人公が覚醒する!というところで一区切り入れて終わってしまったのだ。

その続きを読まねばならない、


「さてさて……──」


栞を抜き、ページを開いた途端、カランカランと扉に付けた鈴の音が店内に鳴り響き、俺が本から視線を見上げると汚れた布一枚で身を包んだ白い長髪の女性が、俺の視線に怯えながらゆっくりと入店してきた。


「──いらっしゃいませ………」


今までになかった不思議なお客さん。

外見だけで判断するのは失礼だが、彼女の腕輪から察するに奴隷なのだろう。


奴隷。

それは膨れ上がった借金や、極刑とまではいかなくとも懲役刑では償いきれない悪事を働いた者に課せられる、身分の剥奪。

身分の剥奪とは、人権が保障されていないという意味であり、彼女が奴隷であるならば、残酷な話だが、この場で俺が嬲り《なぶり》殺しても罪には問われないのだ。

奴隷は、主と呼ばれる購入者に提供される商品のような扱いであり、市場に行けば沢山いるのだが、主な用途はまぁ少し考えたら思いつくようなことだ。


主がいる場合は奴隷を購入した時の代金を弁償すれば許される、それほどまでに彼女たち奴隷というのは人としての扱いがなされていない、今日を生きれることさえ危うい人達なのだ。


「どうかされましたか?」


だが、俺は自分が差別されたこともあるので例え奴隷だろうと人として接する、お客として接する。


「あ、あの………私を少しの間だけ、匿ってはいただけないでしょうか?」


足がブルブルと震え、近寄った俺の両腕を離さないと言わんばかりに掴み、もはや強いられているほどの懇願こんがんだ。

恐らくは命を狙われているのだろう。


"何でも屋"の対象は"なんでも"だ。

そしてその依頼の内容も"なんでも"なのだ。


「構いませんよ。では、カウンターの奥──暖簾のれんをくぐった先で身を隠しておくと良いですよ。」


俺が指さした方に彼女は一目散に逃げ、状況を察した俺はすぐに看板を捲り戻して、電気を消し、共に暖簾の奥へと身を隠す。


「怖がらなくていいよ、俺に任せな。」


どんな理由で彼女が身分を剥奪されたのかは知らないが、この髪色はよく知る公爵家のものだろう。

公爵家といえば、過去に領主とその妻が領民に対して重税や人権が保障されている平民に対しての残虐な行為が発覚し、二人は処刑され、そこのご令嬢は関与しなかったが身内ということもあり、その身分を剥奪されたという話を聞いたことがある。

この街、この国ではかなり有名な話だ。


この髪がもしも、そこの公爵家のものなら彼女はそのご令嬢にあたる。

今でこそ奴隷だが、丁重に扱わねば失礼だろう。


「失礼ですが、確認したいことがあるんです──よろしいですか?」


小さく、響かない程度の声で問う。

彼女は首を傾げるが、その戸惑いもすぐに動揺へと変わる。


「あなたは、かの公爵家のご令嬢ですよね。」

「わ、私は何もしてない……あれは、あれはお父様とお母様が………私は、魔術の練習してただけで──」


理由がどうであれは、今はどうでもいい。

彼女がご令嬢だと言うのはよくわかった。


仮にもその身分が戻れば高貴なお方だ。

その命が軽々しく奪われて良いものだとは思えない。


「おぉい! この店に入ったのは分かってんだぞぉ!!」


誰かが入店してきたのだろう、声のトーンやその荒々しさから穏やかな方ではないのは察する。


「ひっ……嫌だ、死にたくない………」


彼女は酷く怯え、俺の背に顔を埋めているが、まだ見えぬ彼によほど乱暴なことをされたのだろう。


「ここはひとつ、俺も英雄気取りになってみるか。」


仮にも俺は幼い時から抜刀術と射撃術が得意で、好みはしないが戦いは特技のひとつだ。

とはいえ、喧嘩沙汰にならなければそれが一番なので護身用程度で、使わないように立ち回るのが一番だろう。

棚の中にしまってあった白銀の回転式拳銃を腰に差し込み、彼女に「待ってて」と合図を送って暖簾をくぐった。


~~~


「あぁ? あんたがこの店のオーナーか? へっ、こんな寂れた店じゃ繁盛しねぇだろ!!」


「失礼な、僕はこれでもこの街のお手伝い屋さんなんですよ?」


「ハッハッハ! お手伝い屋さん!! そうですかそうですか……で、いるんだろ?」

「いる……とは?」


嘲笑っていた男の表情がガラリと変わり、踵から腰まである片手剣を突き立てて俺を脅す。


「やめてください、お客様──当店では武力による強制は固く禁じております。」

「はぁあ?! てめぇ、身分があることをいい事に……奴隷だったらてめぇも指の一本ずつ切り落として、肉を少しづつ細切れにして殺してやってたところだぜ。」


「そりゃ残虐すぎはしませんか? 奴隷とはそれほどまでに悪なんでしょうか?」

「あぁ、悪さ──人権が保障されていない事が何よりの証拠だろ?! 人間じゃねえって言われてるようなもんだぜ!!」


「ですが、その命を奪う権利が一体なぜあなたにあるんです?」

「権利があるんじゃねぇ、生きる権利を奴らは奪われたんだ。

いいか? この世界は権利っつうのがなきゃ、弱肉強食なんだよ。自然界がいい例だろ? 弱ぇヤツらが強ぇヤツらに喰われる、まさに奴隷と有身分者のことじゃねぇか!!」


心底腹が立ちそうだ。

だがまぁ、奴隷をそういう解釈で認識している人はそう少なくない。

むしろそれが世間の一般常識とさえ言われているほどに、奴隷は虐げられている。


「そっかぁ……まぁそういう考えの人が主流だよね。

でもね、この街の人達は違うんだ、君はどっから来たのかな? 隣街?」


「あぁ? そうだよ、隣町のエルニスタから来たんだ。」

「ここ、アルニアでは奴隷も人なんだ。

この街で奴隷を殺せば、君は下手をすれば人殺しとして扱われて、過激派に始末されるかもしれない。

それほどまでにこの街の人達は温かくて、命を尊重しているんだ。」


「──なんだそりゃ、たかだか奴隷如きにそこまで……つうか、てめぇさっきからうちで奴隷を匿ってますみたいな口ぶりだが、否定はしねぇんだな?」

「あぁ、もちろん。

君が探している奴隷は、この暖簾の裏にいるよ?」


ニヤッと笑った男はずしずしと暖簾を潜ろうとするが、その手前で僕が片足を突き出し、通行止めする。


「悪いけど、行かせられないよ?」

「てめぇ、何なんだよ?! 俺はてめぇじゃなくてその奴隷に用があんだよ!!」


「でも彼女は君に会うことを拒むほどに恐怖していたよ?」

「そんなのてめぇには関係ねぇだろ!!」


「確かに……厄介な正義感かな。

とにかく! 君に今、あの子を渡したら間違いなく殺すでしょう?!」


「あぁ、もちろんだとも。」

「それが良くないから俺はここを通さない!!」


「通さないって……確かにここはあんたの領域だが、俺の奴隷を返してもらうためっていう、正当な理由があるんだ。所有物を取るために住居に入らせてもらうのは法に違反しないぜ?」

「うぐっ……まぁ確かに、いやでも殺すのは流石にさぁ?!」


「だから何なんだよ?! てめぇには関係ねぇだろ?!!」


「そうなんだけどさぁ………あっ、そうだ!!」


俺は咄嗟に思いついた案を実行するために、少し待っててくれと手で合図する。


「なんだよ……ったく。」


俺は急ぎ足で階段を駆け上り、宝箱サイズの大箱を持ち上げ、全身の筋肉を全力で使い、慎重にされど迅速に階段を下った。


「な、なんなんだそのデケェ箱は………」


「うぐぐぐ!! だぁああ!!」


ガッシャン! と大きな音をたてて床に置かれたその宝箱は、その揺れで開き、そこから少しばかり金の硬貨が零れ落ちた。


「な、き、金貨かコレッ?!」

「あぁ、そうだとも! あんたがどうしてもあの奴隷を殺したいって言うから、俺が彼女を買い取ることにした! いくらでも持って行ってくれていいぞ?

これ全部で豪邸は建てられるだろうな、どうだ? これなら足りるだろ??」


「お、お前……マジで言ってんのか?」

「マジマジ!! いや実はさ………」


俺は耳打ちする形で男に本音を語る。


「だははは!! おま、お前!! マジかよ!! いいぜ、分かった!! 気が変わった、お前のその惚れた女のためなら全財産をはたくことも厭わない固い意思、気に入ったぜ!!」


「ちょちょ、声が大きいって!!」

「悪ぃ悪ぃ……因みにここだけの話だけどよ………アイツはサンドイッチが好きだぜ、特にシャキシャキした野菜のな。」


「おま……よし、全部持っていけ!! その情報は高くつくからな!!」

「へっ、少し貰えたら満足だ。

あの女、実を言うなら俺が買い取った時は金貨三枚ほどだったからな。

まぁそれ以上貰っちまうが、十枚ほど貰っていくぜ? いいだろ、こんな溢れるぐらいにあるんだからよ。」


「構わないよ、契約成立だ。

奴隷の鍵、くれるか?」


「おいおい、まさか腕輪も外すのか?!」

「あぁ、あれがあると奴隷だと周りに思われて生きづらいだろうからな。

あの腕輪を外せば、身分を取り戻すことになるからな。」


奴隷の証とも呼べる腕輪、それが外れた時は奴隷という身分剥奪の期間を終え、自身に最低限の身分、人権が保障された時。

もっとも、その手っ取り早い方法は主が鍵で施錠を解除してやればいいのだ。


「恋に盲目になんじゃねぇぞ、兄ちゃん。」


男は小さな麻袋を片手に背を向けて歩き去っていく。


「ありがとうございました、またのご来店をお待ちしております。」


退店する時はしっかりとお客様を送り出す態度で。

俺は深々とお辞儀した。


~~~


「もう大丈夫だよ……怖かったね。」


何が起きているのかも分からない、自分はもう殺されるのかもしれないという恐怖に抗いながら、されどその足の震えは止まることを知らず。


彼女は、俺の顔が見えた途端に、先程とは真逆の、まるで砕けたかのような微笑みを浮かべた。


「さて! とりあえず、困惑するかもしれないけど落ち着いて聞いて欲しい。」


彼女は首を傾げながら、その問いを待つ。


「彼からお金を払って、俺が君の奴隷、まぁその所有権? を買ったんだ。

だから、今の主は俺なんだけど……答えは分かってるんだけど、単刀直入に聞くね?


──その腕輪、外してあげようか?」


前代未聞。奴隷とは本来、主となる人間が都合のいいように扱える人材を求めて買うようなものだ。

例えば、性玩具だったり、労働力だったり、使い捨ての兵力だったり、その用途は様々だが、決して腕輪を外すことにメリットはなく。

それは全て一貫して、その用途が不可能になるからだ。

人権が保障されれば、相手の同意なくしての性的行為は違法であり、相手の同意なくして労働を押し付けることも、命に関わる仕事においてはその者の命を第一に考えられるので使い捨てなんて横暴はできなくなる。


だが、俺はそんなものの為に彼女を買い取ったわけじゃない。

俺は鍵を差し出し、彼女の答えを待つ。


「で、でも私……皆から嫌われてる公爵家の娘で、没落貴族の子供は大抵、奴隷となり……その生涯で身分を取り戻した前例なんて………」


「それなら、君がその初めての例だよ。

──もちろん、奴隷のままでいいならこの鍵は預かるけど……まぁそんなわけないよね?」


鍵をすっと引っ込めようとした途端、彼女の両手は俺のその鍵を握る手を掴み、ぶるぷると怯えながら瞳で懇願してくる。


「よし。じゃあ、腕輪を見せてくれる?」


彼女は半信半疑で自身の腕輪の装着されたか細い腕を差し出す。


なんの躊躇う理由もないので、鍵穴に鍵を挿入しカチッと音が鳴るまで回した。


鍵を抜き出した直後、その腕輪は重力に従い、するりと彼女の腕を抜け落ち、地面にガシャンと落ち、不思議なことにバラバラに崩れ壊れた。


「おぉ、鍵も消えた……凄いな。」


意外にもあっさりと腕輪は解け、それに驚いたが、彼女から腕輪が解けたということは、その瞬間をもって彼女には平民としての身分を与えられたという証明でもある。


「おめでとう。これで晴れて君は自由の身だ、行く宛先があるなら帰るといいよ。」


たかだか一瞬、一目惚れなだけの出会いだ。

まぁその理由はどうであれ、好きな女の子を救うというのは男としてカッコイイはずだ。


うん! 今の俺は最高にカッコイイはずだ!

今日は一人で祝いの焼肉だな!


「あ、あぁ……本当に………ひぐッ! うぅ!!」


泣くのはおかしな事じゃない、彼のような奴隷の命をなんとも思っていない人達で溢れかえったこの世界で、その身をその立場に置きながら今日まで必死に生きてきて、漸くその身に身分を与えてもらえたのだ。

もう不当な理由で、理不尽なことで自分は殺されることも犯されることも、法に違反するような事はされないということだ。


自分の人権が保障されるということの安堵・安心感はそれが当たり前な立場であれば感受しにくいが、彼女のような当たり前ではなかった立場の者たちにとっては喉から手が出るほど欲するものだ。


命は決して粗末にしていいものではない、それは等しくそうだ。

だから、俺たちは生物を殺め、食す時はしっかりとその命に感謝する。

ゲラゲラと笑いながら殺すことも、ただの私欲で嬲ることもこの世界では非人道的であり、決して許されてはいけない行為なのだ。


とまぁ、こんなことを語っていては日が暮れ、夜が明けてしまう。

語るまでもなく当たり前だ。


「よく頑張ったね………もう君は立派な市民だから、安心してこの街で生きるといいよ。」


彼女の目尻が赤くなり、頬が紅潮し、嗚咽をしてしまうほどの泣き声。

その容姿からして、俺より年上なのだろうが、今の彼女はまるで少女がその喜びを噛み締めて泣き叫ぶ、幼きようであった。


「ありがとう……ございます!」


俺の胸を借りて泣く彼女はぼそっと、俺が求めていた言葉で満たしてくれた。


全く! 俺ってやつは、皆が頼れる何でも屋だからな!! ハッハッハ!!


~~~


「なるほど……帰る宛てがないと、まぁそりゃそうだよね。

何年も奴隷として生きてきたんだから、今さら帰る!なんてなっても祖父母の家だろうと、親戚の家だろうと、迎え入れてくれるかなんて分からないよね。」


暫くして、彼女が落ち着いたので茶を出してお互いに椅子に座って今後について話し合っていた。


「ちなみに、ユーフェルさんはなにか夢とかあるの?」


彼女と話していくうちに名前とか、奴隷になった理由とか聞かせてもらい、それなりにお互いが心の許せる仲になれた。

彼女の名前はユーフェルと呼ぶらしく、皆からはフェルなどと親しまれていたらしい。


まだ今は出会ったばかりなのでフルネームで呼ぶとしよう。

貴族や王族などの特権身分は基本的に貴族としての家門名を名前の後ろに持つが、その身分が剥奪されているため、名前はユーフェルだけだ。


「いえ……私は今日という日まで、生きることに必死で、今日を生きれたら満足……なんて生活だったので、夢なんてありません。」

「思い出させるようで申し訳ないんですが、例えば貴族の頃に夢見たこととか……?」


「夢見たこと……あ、私──"魔術の先生"になりたくて、いつも魔術の勉強をしてました。」

「魔術か……」


魔術。

それは、この世界では当たり前に扱われている力で。

空気中や体内に存在する魔力という第二エネルギーを用いて、想像した事象を引き起こす力のこと。

魔力は思考と深く密接な関係にあり、魔力は脳に干渉するとかなんとか……だが、魔術は決して容易なものではなく、想像で引き起こすのが、古代より伝わる魔術だが、近年では人々が生み出した魔術式と呼ばれる、魔力が思考を読み取った際に自動でその思考を術式として構築させている発見から生まれた技術が使われている。


想像から魔力が魔術式を構築する、この過程が中々成せない人々は、最初から自身でその魔術式を想像する、もしくは書き記すことでそこに魔力を注げば、通常よりも容易く魔術を行使できる。


正直、この世界で魔術は使えて当然だが、平民や奴隷などの特権身分を持たない人々の多くはその学びを得られる機会が学院以外になく、学院も有名校を除けば、その質は低いと噂されている。


学院の講師は決して悪い夢ではない、むしろそれを夢見る学院生さえ多い程だ。


「なら、俺はその夢を応援するよ。」

「お、応援……?」


「あぁ、学院の魔術専門講師になりたいんでしょう?」

「ま、まぁ……そうです。」


「なら、学院に通わないといけないね。

魔術講師になるには、学院での卒業証明書がなくてはその資格を得られないから。」


「いや、えっと……な、なんでそこまで良くしてくれるんですか?」

「だって、俺がユーフェルさんを引き取ったんだから、貴女に帰る宛てもなく、夢もあって……なんて話なら、俺が責任をもってサポートするべきじゃない?」

「そ、そうなんでしょうか……?」


何か間違いでも言っただろうか?

というか、この展開は最近読んだ小説に少し似ている気がする。


「ともかく! ユーフェルさんが良ければなんだけど、貴女が自立できるまでこの家に居座ってもらってもいいし、なにか手伝えることがあるならなんでも頼ってくれていいよ。」


「本当に……良いのですか?」

「あぁ、問題なし!!」


俺はグッと親指を立て、朗らかな笑みを浮かべる。

彼女もまた、柔らかな笑みで呟いた。


「ありがとうございます!」



しがない平民として生き、しがない平民の孤独な生涯として終えるつもりだった俺にも、少しばかりの華が咲いたかもしれない。

どうせ一人じゃ、使い切ることもできない金だ。


俺は別に夢もない、だから夢のある人に託すべきだろう。

そうだ、俺は何でも屋なのだ。

彼女は夢を叶えたい、そのための支えとなる。

それが、俺の夢にしよう。

それが、俺に任された依頼にしよう。


──何でも屋、生涯最大の大仕事!開幕である。

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