〚いつか自由に生きられるのなら〛

五十嵐釉麗

序章

 ――――遥かいにしえ、幼い少女がいた。彼女は天空神だった。

 ある時、少女は蛇身の竜に攫われた。

 その竜は天界の神々によって倒されたが、時すでに遅く、冥界の主となっていた。冥界の掟により地上、ましてや天界の父や母のもとには戻れなくなっていた。


 月日は流れ、彼女は自分と瓜二つな見目をした妹の存在を知った。

 天界を治める主神である父たちに、蝶よ花よと、溺愛されていた。自分が嘗てそうであったように、愛されていた。そして何より、今はもう自分にはできない、あのときから幾度も望み夢みて、その度に絶望した、自由なそらを翔けていた。そんな妹の姿に、酷く嫉妬した。


 ――――わたくしは天空に在る、一柱の女神でした。わたくしが先に生まれ、あなたは欠けを補うように生まれた。あの時まで確かに、わたくしは天空神でした。


 ――――いいえ、今もそうです。生まれ持った命格が変わることなどありませんから。

 今はただ、冥界を治めることとなり、地上へ出ることができず、天界へ帰ることができないだけなのです。


 そう、自分に言い聞かせて過ごした。


 ――――ああ、帰りたい。帰りたい。天界に戻り、あの時までのように自由にそらを翔けたい。せめて、地上へだけでも出られたのなら…………。


 はじめはそんな、ただの嘆きと願いだった。その思いはいつしかいびつに歪み、妹への嫉妬となった。

 そしてなにより、初対面は最悪だった。せめて、あんな出会い方でなければ、これほどではなかっただろう。嫉妬は憎悪へと変わった。八刺しにし、殺してしまうほどの――――


 そんな女神の魂を持った娘が、地上に産まれおちた。


 ○●○


 この世界はある一族の長が創った。その一族が暮らすために創られた。

 草木は生い茂り、川や泉の水はどこまでも澄み渡っている。どこを見ても、どんな者が見ても、皆美しい、幻想的だというだろう。

 ここに「人間」は存在しない。

 ここに暮らすもの以外、きっとこの世界を知らない。もしいたとしても、とても少ないだろう。


 その一族の者たちは時を渡り、不老長寿で、様々な種族と交わっていて、多くの術を使う。複数の世界を行き来して暮らしている。それ故に縛りの多い暮らしを送っている。

 そしてこの世界を「白い風の郷アウルビオン」と呼んでいる。


 「白い風の郷」が創られたきっかけは、一族の人数が増え、旅をして暮らすには無理が出てきたからだ。

 それまでは3つほどに分かれ、時と土地を渡り、旅の一座や商人をしていた。特殊な術を使い連絡を取り合い、必ず1年に1度は集まり季節一つともに過ごす。そんな暮らしをしていた。

 今では既に廃れた風習もあるが、残っているものもあり、新しくできたものもあった。例えば、産まれて8日目に名をつけ、5歳で洗礼の儀を執り行い、真の名まことのなを得る。25歳で成人で誕生日を盛大に祝う。これは今でも続いている。定住するようになり新しくできたものは、真の名を得ると旅に出されることとかだ。

 人間に比べ、知能的な発達がすこぶる速い。そして世の理を壊すだけの力を持つ。それ故に正しい使い方と理を知る必要があった。

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