3-06


  *


「カナエ様、お待たせしました。遅うなってすみません、沢田です」


「いえ、こちらこそ仕事中にお呼び立てして申し訳無いです」


 一時を少し過ぎた頃に沢田が客間へとやって来た。ふくよかな体型で笑顔が愛らしい、純朴そうな少女だ。清水の時のように口封じの呪いに抵触しないよう、カナメは内心緊張しながら話を始める。


「沢田さんは瑞池の産まれなんですよね。今はご家族と暮らしているのですか? どうして静宮家でお勤めを?」


「ええと、今は父ちゃんと二人で暮らしとります。シズちゃん……シズク様とは一こ違いでうちいま十七なんですけんど、うち、あんまり学校の勉強出来んで……。進路どうしようか迷ってたら、シズク様が声掛けてくれて。丁度努めてた滝本の婆ちゃんが身体がもうしんどいって代わりを探してて、中学出たらお手伝いに来ないかって言ってくれて、それで」


「高校に行って、外に働きに出ようとは思わなかった?」


「はい。うち、勉強もだけど手もぶきっちょで。コネがあるからって集落の人は言ってくれたんですけんど、役場とか務まる気しないし、縫製の仕事とかミシン工場とかも合わん気がして。シズク様だったら小さい時からよく一緒に遊んでたし、家事なら何とかなるから大丈夫だろうと思って」


 喋りながら沢田の表情はころころとよく変わる。裏表も無さそうで、カナメはシズクが沢田を手伝いに誘った理由が解る気がした。


「二人で暮らしてるという事は、ではお休みの日は家の家事を?」


「大体うちがやってます。でもお手伝いの仕事も朝は九時からだし夜も遅くないし、凄く有り難いんです。うちが産まれる前に爺ちゃん婆ちゃんは亡うなっとったし、母ちゃんはうちが小さい時におらんようになったから……。でも父ちゃんも家事手伝ってくれるんで、全然大変じゃないです」


「ああ、それは……」


 言葉に詰まったカナメの様子に、沢田は慌ててぶんぶんと手を振る。


「気にせんで下さい。お母さんがおらんようになった子、他にもいっぱいおりますし、別にもう全然辛いこと無いですけん。気を使わせるような事言ってしもうて、こちらこそごめんなさい」


 カナメは沢田の言葉を聞きながら、では午前中に柿の収穫をしていた男達の中に沢田の父親も居たのだろうか、とちらりと思う。確かに彼らは気にしている様子は無さそうだった。しかし沢田は少なくとも、当時は平気では無かっただろう。そう考えると、少し心が痛んだ。


「いえ、こちらこそ……。そう言えばさっき、シズクさんの事をシズちゃんと言い掛けましたが、子供の頃から仲が良かったのですか? 歳の近い子達でよく一緒に遊んだりしていたとか」


「ああ、えっと、うちちょっと子供の頃はもっとどんくさくて、井戸の照子ちゃんとかのシャキシャキした子からよく『とろい、どんくさい』って言われてて……。でもシズちゃんはそんな事無くて物静かで優しくて。だからうちよくシズちゃん家行って、二人で家ん中で遊ぶ事が多かったんです」


 言ってから、あ、と沢田は照れたように顔を俯かせた。子供の頃の話をすると、ついシズクを『シズちゃん』と当時の呼び名で言ってしまうようだ。内緒にしておきますから気にしないで下さい、とカナメが囁くと、えへへと沢田は顔を赤らめて笑った。


「シズちゃんは身体が弱くて外であまり遊べんので、二人で一杯本を読んだり工作したり、あとシズちゃんが元気な時は家ん中でかくれんぼしたりしとりました。小学校高学年になった頃からシズちゃんがお客さんの接待とかで忙しゅうなって、あんまり遊ばんくなったけんど」


「へえ、かくれんぼですか。今のシズクさんからは想像も付きませんね。しかし静宮邸は大きなお屋敷ですから、さぞ隠れ甲斐があったでしょう」


「ええ、二人でやってたらなかなか見付からんで……。そうそう、一度シズちゃんが『入ったらあかん』って言われとった離れの物置きに隠れようとして、たまたま中に居たシズちゃんのお父さんに見付かって、ごっつい怒られたなんて事もありました」


 沢田の語る思い出の中に引っ掛かる物を覚え、カナメはぴくりと片眉を上げる。


「離れの……。それはもしかして、離れにある蔵のような場所ですか? そこの中にシズクさんの御夫君が居た、と?」


「ああ、そうですそうです。何やよう分からんもんが一杯置いてあるあそこです。お父さんの大きな声が聞こえたんで行ってみたら、物置きん中でシズちゃんがお父さんにごっつう怒られとりました。それ以降、離れとか、あと母屋でも幾つかの部屋はかくれんぼでも使わんように取り決めたんです」


「中に……」


 難しい顔をして考え込むカナメの様子に、沢田はおどおどと口を開く。


「え、その、うち何や妙な事言いました?」


「あ、いえ。そういう訳では」


 慌てて取り繕い笑うカナメに、沢田は安堵した表情を見せる。カナメは心の中に浮かんだ疑問を頭の隅に追い遣り、沢田の話の中でもう一つ気になった事を聞いてみるべく口を開いた。


「そう言えば、シズクさんのその『お客さんの接待』について、沢田さんは何か知っていますか? 話せる範囲でいいので……」


 カナメの問いに、沢田は少し表情を曇らせた。一旦口をつぐむと辺りを怯えたように窺い、そして声をひそめ話し始める。


「うちが言ったって言わんで下さいね。……時々ね、お客さんが来るんですよ、この家に。大抵は立派な格好をした偉そうなおじさんで、一泊か二泊したら帰るんですけんど。豪勢な料理でもてなすんです。で、シズちゃんのお母さんがあれでしょう? だからシズちゃんが代理でもてなしてるらしくって」


 それで、とカナメが問うと、沢田は少し辛そうに眉根を寄せた。


「そのおじさんの『お世話』をしなきゃいけないらしくて、それがごっつい疲れるみたいで、翌日はシズちゃんいつもぐったりしてて辛そうで。うち、他の大人の人とかに代わって貰えないのって効いた事あるんですけんど、シズちゃん『私しか出来ない事だし、瑞池のみんなの為だから』って……」


 今でも時々あるんですけんど、と沢田は溜息をついて続ける。


「具体的には何をしとるのかは知らんのですけんど、昼間はお兄さんのシグレさんがお相手してて、そんでシズちゃんは夜にお世話するみたいです。うち気になって清水さんに訊いてみた事あるんですけんど、知らん方がええ、ってぴしゃりと言われました」


 話の内容にカナメが何も言えずただ黙って聞いていると、ほなけんど、と沢田は表情を柔らかく崩した。


「今回のお客さんがカナエ様で、うち、ほっとしとるんです」


「え、と。それは、どうして」


「だってカナエ様は今までのお客さんと違うでしょう。無理言わないし偉そうでもないし、何よりシズちゃんも楽しそうに、あんなに生き生きとして……。だからうち、良かったなって」


「はは、それはどうも」


 カナメが照れたように頭を掻くと、沢田もあは、と嬉しそうに笑った。その仕草に、この子は本当にシズクと仲が良いのだな、とカナメは温かい物を胸の内にじわり感じた。


 それからカナメは『子供寮』を訪問する旨を明かし、子供寮で育ったという沢田と聞き込みがてらの雑談を交わす。幾つかの情報を得た後に、それではそろそろ仕事に戻らんと、と沢田はぺこり頭を下げた。


「色々とお話して下さりありがとうございました。お時間取らせてしまってすみませんね」


 カナメの感謝の言葉にいえいえ、と沢田は照れながら立ち上がろうとする。そしてふと、何かを思い出してその動きを止めた。


「どうかしましたか?」


 その様子に首を傾げカナメが問うと、大した事ではないんですけんど、と沢田は前置きしてから言葉を紡いだ。


「──『子供寮』、イモリがやたらと出るんですよ。別に特に害は無いんですけんど、何やら気味悪かったなあって、ちょっと思い出しちゃって」


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