第3話 被災地に行こう
翼は勢いよくカーテンを閉めて、それから嘆息を付いた。
そして翼はあの手紙をもう一度読む。
震えてる文面は、自信の無さの現れか、申し訳なさなのか。
こうのとりのゆりかごは、赤子を預けるとき、”匿名”でいいことになっている。それゆえにこの手紙の人がどのような人物なのかは想像がつかない。
もう一度翼は溜め息をつく。舌打ちして、ゴミ箱に捨てようとして躊躇った。少しの罪悪感を覚え、タンスのなかに仕舞うことに決めた。
これもまた翼の決断だった。
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東日本大震災。通称、東北地方太平洋沖地震は被災者が鰻登りだった。
だが、このときの翼はどこか他人事のようだった。
それは、解離感も由来しているかもしれない。
そもそも翼みたいな女子高生が、他人のためになにかを想い、行動するということは考えにくかった。
齢十六。人生経験の少なさが他人の感情、想い、凄惨さ、苦痛、それらを想像するにはちと幼稚である年齢。
確かに悲惨な状況かもしれない。しかしだからなんだと。自分の力が何かの助けになるのか。
翼は正直分からなかった。TVで報じられている内容もスクリーンの映画のようで。非情な映像も決められた
しかし翼のその考えが崩御したのは、親友のひとつの言葉だった。
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教室で日常の空気が流れるなか、それが崩壊する。
和田が翼の前に現れた。暗い表情を湛えて何かを呟いた。
「え?」
翼はその言葉が聞こえなくて聞き返す。
「翼ちゃん、あたい、どうしたらいいんだろう」
「待って待って、文脈が読めない。どういうこと?」
「あたいのおばあちゃんが東北に住んでいて、そして被災したんだよね。いまシェルターで避難生活をしているし。傍に行きたくても、行けへんし」
和田は明らかに混乱しているようだった。
「ごめん。こんなこと唐突に言われても困るよね。でもあたい、どうしたらいいか分からん」
翼は、和田を宥めるために前の席に座るよう指示する。
「もし、おばあちゃんが死んだら、あたい、生きていけへん」
そう言って感極まったのか、和田は泣き出した。
翼は、彼女の背中を擦った。大丈夫だよと諭すように。
「私ね、こんなこと言うと怒られちゃうかもしれないけど、東日本大震災はどこか現実味が無いなって思っていたんだ。しょせん、私に出来ることはないし。でも、被災された方はいるんだし、その方たちのことを遠くから想うことも、復興に役立つのかなって思い直した」
「翼ちゃん・・・・・・」
「だからね、想い続けることが大切だよ。祈りは、決して無駄にはならない。絶対にその方の力になるはずだから」
翼はぎゅっと和田の手を握った。
「翼ちゃん、優しいね。あたいなんか、すっごく女々しくて、弱々しくて、幼稚なのに」
その言葉に翼はクスッと笑った。
「助けてもらった分の想いを背負っているからだよ。前に言ったでしょ。私の両親は里親だって。でもその里親に預けられる間にも、私のことを救ってくれた福祉サービスや施設の職員さんがいるんだから」
「・・・・・・嫌な気持ちにさせるかもしれないけど、本当の親は今どこでなにをしているの?」
翼は深く呼吸をして脳内にわだかまった言葉を整理し言語化した。
「富山県にいる。東日本大震災の震災が起きた県だよ」
「翼ちゃん――」
和田はなにかを訴えかけるように見つめてきた。
「分かってる。夏音ちゃんがなにを言いたいのか。分かってるから」
彼女はもしかしたら今、会っておかないと後悔するのではないのかと心配してくれているのだ。
翼は分かっているから。そんなことは・・・・・・。
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「ただいまあ」
翼は義祖父しかいない部屋にそう言った。
自室へと入って、もう一度あの手紙を開く。
『始めまして。あなたに向けて手紙を残そうと想います。
十五歳であなたを産んで、もちろん育てないといけないんだけど私にはそんな覚悟は無かった。父親に殴られたり、親子の縁を切るとまで言われて、私は居場所を失いました。
ごめんね。こんな書き方するとあなたが悪者みたいに思うよね。違うから』
翼は嘆息を付いて、それからカブのキーを持った。
ヘルメットを持って、外に飛び出す。
駐車場に停めてあるカブのエンジンを付けて、跨がって走り出す。
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深夜のコンビニ。翼は電話越しで義父からの叱咤を受けていた。
「お前はなにをしているんだ。いまどこにいる!!」
「神奈川県。富山県に向かってひたすらカブで走っているところ」
「手紙の影響か?」
「そうとも言えるし、そうとも言えない」
翼はホットの缶コーヒーを飲んだ。
「・・・・・・お義父さん。今までありがとう。誰かを感謝したり、されたりするような人間に育ててくれて嬉しい。お義母さんの優しさを学び、お義父さんの頼れる背中を側でずっと見てきたからこそ、誰かの助けになりたいの。本当の親に会いたいとかは結局、どっちでもいい。被災された方たちに会いたい。その思いのほうが強い」
翼に和田が大切な人を被災されたと言ったとき、思わず涙してしまった姿を見て居てもたってもいられなくなった。本当の親なんか、会っても会わなくてもどっちでもいい。
「分かった。学校には休学届けを出しておく。頑張ってこいよ」
「ありがとう」
翼は電話を切り、もう一度カブに跨がった。
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