某六大学の文学部の文芸コースの卒論ドンズバになります版「俺の名前は孔明」
木村 翔
第1話俺の名前は孔明
俺の名前は孔明。みんなには「コウメ」と呼ばれている。この名前は親父が三国志の諸葛亮孔明からとってつけた。でも実は親父はそこまで諸葛亮孔明を知らないらしい。なんでも、俺が生まれるときにテレビゲームの「三国志」をやってて、それで俺に孔明とつけたそうだ。諸葛亮に触れたのはそのときが初めてだったそうだ。今は高三。高校はミッション系の高校で、雑誌の、高校別彼氏にしたい男子高校生、格好いい男子が多い高校、常に一位の学校だ。勝因は、勉強もできて、なのに遊んでもいる感じの校風、そして、OBの有名デザイナーがデザインした制服の存在が大きい。そこで俺は、常にファッションに気を遣い、女達にいかにモテるかを追求している。というより、そうならざるを得なかった。まあ、もし俺が不細工に生まれてきていたら、別の人生を歩んでいただろう。そしていつしか、こう考えるに至った。
不細工は何のために生まれてきたのか、「僕にはわからないよ」。どんなに仕事が出来ても、勉強が出来ても、美しくなければ何の意味もない。美しくもない男が何か一芸に秀でていたとしても「それで?だって君は不細工じゃないか」と言われてアウトだ。
ごくたまに、不細工に、自分が何か一つでも劣っている分野があると、もうれつに腹が立つ。それは、「才能ある人間は格好良くはなくとも、少なくとも『いい顔』をしているものだ」、という持論を揺るがす事態だからである。だって三大ギタリストだって全員格好いいじゃないか。日本三大ギタリストはかなり微妙だけど。
今、学校は夏休み、といっても七月中は課外授業があって、暑い中自転車で学校まで行かなくてはならない。学校までの道のりは三十分から四十分位だ。途中、大きなショッピングセンターがあって、帰りによく親友のマイキーと遊んだりする。こいつとは小、中、高と同じで、小四のときにミニ四駆で意気投合してから以来の仲だ。高一のときはクラスも一緒だった。部活まで同じ硬式テニス部だ。
少し部活の話をしようか。はっきり言って練習にでていない。みんな気のいい連中だが、面倒だし。遊びが忙しくて。三年生は三人しかいない。俺とマイキ―と
学校に着く頃にはかなりの汗をかく。制汗デオドラントは欠かせない。香水だと汗と混ざり合って逆効果なのだ。学校は、さすがに夏休みだけあって人気が少ない。この学校は、他の高校にも同じ習慣のところがあるかもしれないが、学内が土足なのだ。生徒は教室のベランダまで歩いていってそこにある靴箱でスリッパに履き替える。
「おす。コウメ。制服に指輪は似合わないよ。せめて、ネックレスだけでしょう。」
「おまえは俺のセンスが理解できてないんだよ。
藤美ちゃんはおれの担任の先生だ。今日の一限は藤美ちゃんの国語の授業だ。
「まだだよ。なあコウメ、ちゃんと水着持ってきた?」
「ああ。今日、江津湖行くんだろ。全部で何人?」
「俺、コウメ、ニッチン、
「坂町さん来んの?今日部活出ないのか。あ、先生来た。」
こいつは富畑君だ。こいつだけ一年の時からこのクラスにいる。英語コースと呼ばれる特別進学クラスだ。俺とニッチン、荒杉君、堀ノぐっちゃん、坂町さんは二年になるときに試験を受け、普通科から英語コースに入った。最初は俺が一人で入るつもりだったのが、「じゃあ俺も」、「俺も」と続きみんなでまとめて引っ越した。そういうわけでこの五人は一年の時から同じクラスだ。
そして、英語コースには20人位女子がいる。普通科は男子だけのクラスだ。もともと男子校だったからなのだろう、女子は英語コースと国公立コースにしか受け入れ枠がない。俺は仲間には誰にも言ってないが、一年の時、この英語コースのクラスの女数名との間に一騒ぎ起こしている。だから、英語コースに入ったときは、クラスの女子が俺容認派と反対派で二分された。
一騒ぎを説明しようか。一年のときの五月、「吹奏楽部ではドラムが叩けるらしい」という噂を聞き、俺は一時期テニス部を離れ、二週間ほど吹奏楽部に入ったことがある。そこに英語コースの女子がいた。で、その中には
ちなみに吹奏楽部にドラムは無かった。そしてなぜ俺は吹奏楽部をやめたのか。ドラムが無いのと、その年うちの高校が甲子園に行くことが決まり、吹奏楽部がその応援に駆り出されることになったからだ。人の応援なんてやってられない。
藤美ちゃんは国語の教師で、教えるのが上手い。しかし、生徒に聞く耳がないと何の意味もない。それは今日の俺にも、普段の俺にも当てはまる。俺は、一応、受験生なのだが。早く江津湖に行かなければ。
授業終了、と同時に集合。マイケル・ジャクソンをこよなく愛す荒杉君は、声が甲高い。
「コウメー。乗せてー。」
こいつは地方から通っている奴で、こいつだけバス通学だから、江津湖まで40分位、みんなが交代で自転車二人乗りだ。言い忘れたが、市内から通っている生徒はほぼ自転車通学だ。地方から通学する生徒がバスや電車を使う。そういう生徒が多い。
江津湖は湧き水なので相当奇麗だし、広い。大体地元の奴なら一度は泳いだ経験があるはずだ。オオカナダ藻が殺人級に生い茂っている。湖に隣接したレストランや、売店、貸し出しのボート屋がある。堀ノぐっちゃんの家はこの近くだ。
江津湖のそばにあるファミレス、ジョイフルで昼食を済ませ、着いたのは二時位だった。既に橋から飛び込んでいる中学生を発見した。俺たちは水のあまりの冷たさに負けて泳ぐことを断念し、ボートを借りて乗ることにした。
「と、その前に酒を買おう。そしてボートで飲もう。ビールのピッチャーで回し飲みしよう。湖の真ん中で飲めば見つからん、眺めも良くて酒も旨いだろう。」
これを提案したのは何を隠そう俺だ。しかし全員制服。酒屋では買えない。
「どうするよ。」
ニッチンが言った。こいつはさっき「中坊どもに飛び込み方を教えてくる。」とか言って、ひとり橋から武藤敬司ばりのムーンサルトプレスを決めた。
「大丈夫。自販機があるだろう。堀ノぐっちゃん」
「ああ、あるよ。」
「行こう。買ったらビールのピッチャーは湧き水のポイントに隠しておこう。ぬるくならないし、むしろキンキンに冷える。それをボートに乗って取りに行く。そうすれば酒はボート屋の店員にも見つからない。」
「さすが天才軍師。」
「だべぇ?」
意味もなく全員で目的のものを買いに行った。
すべて作戦通りにいった。しかし、ボートが三人までしか乗れないという誤算が生じた。
「無理すりゃ乗れんじゃん。」
そう言ってもボート屋のオバチャンは引き下がらない。じゃあもう最初三人で借りてボート屋の死角で全員乗る!ボートを二つ借りるなんて最初から頭にない。
岸で待機していた三人がボートに乗ったとき、もうやばかった。三人乗りに六人乗っているのだ。オールを漕いでも進まない。オオカナダ藻がいつになくうっとうしい。ニッチンは水着のままだったからボートから下りてバタ足して船を後ろから押した。水は冷たいのに、それに続けとばかり、全員水着になり(制服に下に既に着ていた)、交代で押した。荒杉君はスクール水着だった。
「おお。いい後背筋。」
「ありがとう」
ボートを漕ぐ俺の後ろから掘ノぐっちゃんが俺の後背筋を誉めた。俺はちょっと微妙な気分になった。
「よし。もうそろそろ大丈夫だろ。」
周りには誰もいない。ここが江津湖の中心だ。再び全員がボートに乗り、ピッチャーを開けた。ピッチャーのアルミ感が庶民的で高校生の俺たちにお似合いだった。今までで一番旨い酒だった。
酔った俺たちは突然尻相撲大会を敢行した。ボートの縁での勝負。負けると江津湖にドボン。トーナメント制だ。全員酔っていて一試合一試合に大笑いする。決勝は、俺と荒杉君。二人が相まみえるのは、堀ノぐっちゃんの家で「鉄拳2」大会をして以来二度目だ。せえの!ファーストコンタクトですべてが決まった。グラングラン船があり得ないほど揺れ、俺と荒杉君、他二名が湖に落ち、その後さらに全員が落ちた。ボートにもかなりの水が入っている。ボートには制服と革靴、財布もある。やばい。急いで対策をとろうとした俺だが、堀ノぐっちゃんが、酔っているのか、そのボートに乗ろうとしている。沈めようとしているのか。とにかく全体重を掛けている。俺はその行動に絶句した。彼がとどめを刺して、ボートは沈んだ。俺のリーガルが漂っている。
「奇跡は起きます。起こしてみせます。」
この台詞と退学が頭をよぎる。堀ノぐっちゃんが
「助けを呼んでくる。」
と言ってボート屋へと泳いでいった。真顔で。バタフライで。でも、笑えない。ただ、どうしてバタフライなのか、と思っただけだ。ボートは180度反転し、水の中に完璧に沈没している。
「とりあえず全部荷物を集めよう。で、船は岸まで引っ張って泳げるかな。」
「どっち行く。」
「あっち。」
と、誰もいない、ボート屋と反対の岸を指した。堀ノぐっちゃん以外の五人でなんとかしなければならない。必死だ。幸いボートの先にロープが着いている。それを引っ張るとボートは少し動いた。湖の底に足はつかない。俺と坂町さんの体育会系コンビで引っ張った。水泳をやっていて良かった。残りの三人は全ての荷物を持って岸へと泳いだ。浅瀬までたどり着き、底に足が触れたとき初めて安心した。岸に着いた後になって、堀ぐっちゃんとボート屋が来た。
「大丈夫」
と聞かれ
「大丈夫でーす。」
と五人で答えた。俺と坂町さんは財布と学生証を失った。もう、空は赤く染まっていた。疲れきってしゃべる奴はもういない。ケータイとサブバックは岸に置いていた。靴と制服が乾けば今日は解散だろう。この後、荒杉君をバス停に送らなければならない。でもまだ暫くは休まなくては。
このあと俺は、学校に顔出ししなくていいのをいいことに髪を染め、ツイストパーマをかけた。
そしてそのルックスでテレビで流れるバンド大会、ティーンズミュージックフェスティバルに出場した。
そもそもは俺が
「バンドメンバー探してる。」
と高一の頃クラスが同じだったエックンという男に、彼の家でぽつんと言ったことから始まった。円く背の高い穏和なエックンは
「ベースやってる友達いるけど、その人もメンバー探してるよ。」
と告げた。
「その人、べーサー?ベーシスト?」
と俺。
「ベーシスト。」。
とエックン。それで俺は
「じゃあ会ってみたい。」
と言った。
後日、ファミレス、ジョイフルで会うことになった。江津湖の側のジョイフルだ。俺は音楽的に頼りにしている友人、
「こんにちは。初めまして。タケダ君?」
と俺。俺は彼の名字しか聞いていない。
「はい。初めまして。西村君?」
とベーシスト。
「そうです。」
「彼は?」
ベーシストは笹木君に向いて訪ねた。
「彼は付き添いで、笹木君。」
俺は答え、
「笹木です。」
と笹木君は言った。あとから来た二人がメニューを決め、話が始まった。タケダのタケの字が「竹」ではなく「武」だったことが、自分の中にある「タケダ」はこうあるべきというイメージを裏切った。
「どういう音楽が好きなの?」
と俺が訊いた。
「ミスタービッグとか。洋楽かな。」
武田君が答えた。
「俺もミスタービッグ好きだよ。」
俺は言った。
「あとレッドホットチリペッパーズ。」
と武田君。
「ああ、それ知らない。レッドツェッペリンとかは?」
俺が訊いた。
「まあ、嫌いじゃないよ。」
と彼は答え、俺は、へぇーレッドツェッペリンとか聴いたりするんだ、と思った。俺にとっては未知の領域だ。
ただまあウマが合った。俺は自分のことをボーカルだと言った。ギターに自信がなかったからだ。その日はお互い連絡先を交換し別れた。帰りにレッドツェッペリンをツタヤで借りようと寄り道した。なんだかアルバム名が、「Ⅰ」だったり「Ⅱ」だったりして神秘的なイメージを持った。「Ⅱ」を借りたが、よさが解らなかった。
彼のベースプレイも俺の歌声も互いに確認しなかった。とにかく一緒にドラムとギターを探しに行ったり、エックン宅でCDを聞いたりした。武田君が聞かせてくれたレッドホットチリペッパーズの最新アルバムの一曲目に感銘を受けた。出だしのベースラインの印象からバズーカとその曲を呼んだ。
武田君宅に初めて行ったとき彼のベースプレイを見たが、彼はべーサーではなくベーシストだった。その後よく彼の家に遊びに行った。
そして、ティーンズミュージックフェスティバルというものが存在することを知り、出場しようということになった。オリジナル曲で参戦し、全国大会出場を目指した。全国大会で一位になるとデビューできる。
笹木君の家で作曲した。俺が最初の出だしのニュアンスを伝えるとあれよあれよとメロディーラインが膨らんだ。これがケミストリーなのか!
「あ、ちょっと待って。こういうのはどう?」
などとやりとりし、原型ができた。
メンバー募集の紙でまずギタリストを見つけた。年は一個下だが凄腕だった。
「イングヴェイ最高にイカす。」
とダ―マエ君。彼はギターを弾き、俺は目を見張った。
「へえー」
と俺。俺の知らない世界だ。
ダ―マエ君の家だけが鹿児島にある。
「俺の家で三日四日合宿しない?」
ダ―マエ君の提案でそこで何泊か練習合宿をしようということになった。
俺、竹田君、山中君の三人は電車で出水に向かった。途中、山中君が車内でギターを出し注意された。
出水に到着するとダ―マエ君が出迎え、ダ―マエ君宅まで歩いた。途中ファミレス、ジョイフルを発見、十分程で到着した。一戸建ての二階にダ―マエ君の部屋があった。そこや、そこから渡り廊下を経由する居間でフレーズを考えた。ダ―マエ君は百万近くするドラムセットを所有していた。ダ―マエ君はXのYOSHIKIを崇拝している。セッションしたとき彼は耳栓をしてドラムを叩いた。
一応は曲の完成に近づいていった。居間で全員がかりで歌詞を考えたりした。
夜、ダ―マエ君宅にあったカラオケもやった。そのときワインをシーツに一滴零してしまった。
「ヤバいヤバいヤバい。」
対処はできた。
ファミレス、ジョイフルにも二度行ったが、二度目に行った夜中、店員の対応にダーマエ君がキレた。
「これ下げてって。」
「ちょっと店長呼んで。」
というふうに。
合宿の帰り際、出水駅のベンチで横になっている武田君は目が半開きで眠っていた。武田君は写真には撮るなと言った。
地元の県に戻った後は、ダ―マエ君がその都度こっちにやって来てセッションやミーティングすることになった。曲はそうやって完成した。バンド名も曲名も決まった。
そしてティーンズミュージックフェスティバル当日。リハーサルで混乱してしまった。耳にドラムのダーマエ君の音しか聞こえてこなかったのだ。
「本番ガンバ」
とスタッフに言われてしまった。俺はなんせ初めての経験ばかりでとにかく困った。ダーマエ君は
「本番だからフルパワーでいく。」
と言った。そのせいで音が取れなかった!しかも本番前に声出しのチェックを山中君とダーマエ君に受けてしまった。サビのメロディを勝手にアレンジしたのだがそれは好評を得た。正直歌詞を覚えるということは無理だった。
本番もドラムしか耳には入らなかった。歌うことは出来たが、歌詞は滅茶苦茶になった。
全く時間とは過ぎるためにあるのか。本番の後、全員で飲んだ。
後日、始業式で、
「夏休みに髪を染めてテレビに映った生徒がいるとの苦情の電話が保護者の方からありましたが、今日見るとちゃんとしてきているようです。」
と言われてしまった。
歳月は流れ秋に。いつもと同じように今日も通常の授業のあとに課外授業がある。それが始まるまでの休み時間、教室の後ろの方でたまって話しをしている。明日は学校が休みで俺の頭の中に抜きうちの一泊旅行が思い浮かんだ。
「明日学校休みじゃん?課外終わったら島原行かねぇ?一泊旅行。」
続けて
「
「いいねぇ。行こうか。」
と、即一泊旅行決行が決まった。自宅の立地条件により荒杉君の参加は不可能だった。遠すぎ。俺は荒杉君に付き合ってダンスレッスンを受けたことがある。
「コウメー。ダンスやろう。」
「いいよ。」
こんなふうに乗りがいいのだ。
旅行に行くメンバーは俺、坂町さん、ニッチン、堀ノぐっちゃん、富畑君の五人だ。その中でニッチンは、先日俺の家に泊まりに来たときプロレス好きになった。
「ニッチン、プロレスは新日だぜ。」
「やばい、コウメ。面白。プロレスに出会ったー。」
ただ、ニッチンは酒が入ると目が据わる。
それぞれが私服に着がえて交通センターというバスターミナルに午後五時に集合、新港行きのバスに乗った。
新港に到着した頃には夜になっていた。新港は建てられて十年も経っていない。剥き出しの木の柱がお洒落だ。そこでまずチケットを買った。
「シングルルームに五人入って一人分の料金を割り勘するって出来るかな。」
と俺。タウンページをめくって公衆電話を架けまくり、それが可能なホテル、旅館をさがした。
「ベッドも布団も一人分だけでいいのでシングルルームに五人泊まれませんか。一人分の料金で。」
二三件断られたあと、
船に乗り、そして降り、右に進み宝来泉を発見した。ちょうどその向かいにちょっとしたゲームセンターがあったのでみんなで行くと、ビリヤード台があるではないか。勿論プレイする。
「おまえ達まさか家出人じゃなかろね?」
「いえ、違います、違います。」
オーナーらしき受付のおばちゃんとこんなやりとりをした。
ビリヤードは坂町さんだけ一年先輩だ。他の三人とはフォームからして違う。試合の結果はだいたい俺と彼が勝つことが多い、かな。先日、彼は自宅の犬が鳴き止まず、テニスのラケットで思いっきり叩いたそうだ。それを聞いたとき
「マジで」
と思わず訊き返した。
エイトボールで最後に手玉ごと八番ボールを落とした堀ノぐっちゃんのリアクションが面白かった。堀ノぐっちゃんはよく言い訳をするのだ。全ての対戦に対して。「鉄拳2」大会のときもそうだった。
宝来泉ではみんなで大浴場を使ったがコスト面を考えると本当に一人分の料金でいいものか。布団も五人分用意してくれた。
旅館を出るとき感謝の言葉が舞った。
「宝来泉最高。ありがとう。」
「また来るべ。」
「ああ。」
「よかったね宝来泉。」
「よかった。」
「まじでまた来よう。」
「ああ、まじで感謝。」」
旅館のすぐ側にあるミスタードーナッツで朝食を済ませぶらぶら歩いた。
「行こっか?」
と城を指さす。
「いいね。」
城に向かい到着する。城の堀を見て、ここ絶対ブラックバスいる、と思った。土産屋にはプリクラが設置されていた。
「城の中入る?」
俺が訊く。
「どうする」
と富畑君。
「入ろうか」
とニッチン。
「じゃあ入ろう」
そういうわけで城の中にも入った。一人二百七十円した。ガイダンスのイヤフォンを全員で受け取り、城の中の展示品を見て回ったが、全員が途中でイヤフォンを外した。最上階は四方が開けていて熊本の方角に目をやると何とも言えぬ感慨深さに襲われた。
城を出た。
「記念にプリクラ撮ろう。」
俺が言うと、全員
「ええよ」
と賛成しプリクラを撮った。
再びぶらぶら歩いた。用水路に錦鯉が泳いでいた。「鯉の泳ぐ町」だそうだ。小四の頃父方の祖父母と島原に来たことのある俺は何となく覚えていた。
「すげえ。」
と富畑君が言った。口には出さないがこの光景に抱く感情は皆彼と同じだろう。規模が大きい、広範囲だ。道の両端が用水路で挟まれ、そこを鯉が悠々と泳いでいる。その界隈を歩いた。
昼食をコンビニで買い公園で食べた。そのあとビリヤード場を発見した。勿論プレイする。この集団は乗りが命だ。
二時間プレイし帰路に就いた。島原港は土産物屋が充実している。しかも奇麗で新しい。そこでつまみを買う。
カモメの群れに帰りのフェリーは襲われた。奴らはピーナッツだろうと貝ひもだろうと何でも食った。投げたものを嘴でキャッチするのは解るが、手に食い物を摘んでかざすとダイレクトに食いに来る。摘まずに摘んだふりをしたらカモメは騙され、手をつついた。新港で解散した。
二年後、二十歳の夏、高校の頃の同級生と、小学校の修学旅行を振り返ろうツアーを敢行した。メンバーは俺、笹木君、富畑君、と、高一の頃同じクラスだった
ヤタローウィンに行く。自動車免許は俺しか持ってない。車ごとフェリーに乗って島原港から長崎市内を目指す予定だ。
カセットテープを笹木君が準備してくる。今回乗る車にはCDプレイヤーが付いてない。マツダのキャロル、色はワインレッドをしている。軽自動車だ。「赤い彗星」の異名を持つ。まずは、家から近い順、富畑君、笹木君、谷河君、とそれぞれの家まで彼等を迎えに行かなくてはならない。
それが済めばテンションが上がりに上がって旅が始まる。
「行くぜ。」
四人でわいわい騒いで出発した。
一つ財布を用意し、共通で支払うもの、例えば、入場費、ガソリン代、宿泊費などのために全員から同じ金額を徴収しそれに入れる。そしてそれから入場費、ガソリン代などを払う。それを「バンク」と呼んだ。
車に乗ったまま「バンク」からフェリーの運賃を払い、そのままフェリーに乗り込んだ。そして車から降りる。島原港までボロいフェリーが俺たちを運ぶ。高校の頃、抜き打ちで島原に一泊旅行に行ったときのようにカモメが乗客とセッションしている。
「こりゃ凄い。」
笹木君が言った。
「そうだろ。」
「ピーナッツも食う。」
と俺と富畑君。
「凄いね。」
と谷河君。谷河君は、俺から「しゅんちゃん」と呼ばれている。タニガワと言えば俊太郎だろう。ただ名字がタニガワなだけで、俺からそう呼ばれている。彼はアイドル好きで包容力がある。眼鏡を掛けている。以前、
「モーニング娘。のコンサート行かない?」
と誘われ、
「いいよ」
と彼に付き合ったことがある。繰り返すが乗りが命なのだ。
そして、富畑君とはよく二人でビリヤードに行く。ジュース代を賭けたりする。本気の勝負だ。無口にプレイする。ちなみに富畑君は背が低い。
海を眺めたりしフェリーの時間を過ごした。島原港に着くと車に乗ってフェリーを降り、まず寄り道のグラバー邸を目指した。適当に地図を見ながらだ。「赤い彗星」だけにかなりとばしている。笹木君が
「じゃあ、そこ右。」
と、地図を見ながら俺に指示を出す。かなり適当だ。笹木君の指示をみんなは「
昼食は笹木君リクエストのグラバー邸の側のレストランの皿うどんだ。
「小学校の修学旅行で食べたときの味が忘れられない。」
そう言っている。笹木君のためにここまで来たのだ。まあ側にガラス館もあるが。そのことが俺のテンションを上げる。
「ああ、楽しいぜ。」
と俺。
「コウメ、テンション高いね。」
と富畑君が言った。
「そりゃもう。」
と俺が返す。
例のレストランで全員が皿うどんを頼む。皿うどんが目の前に置かれた。俺が、
「笹木君これ?」
と訊いた。笹木君が、
「そう。」
と答えた。
「味はどう?一緒?」
と俺が訊く。
「一緒やね。」
食事が済むとガラス館に行った。テンションが上がる。俺はダックスフントの置物を買った。ガラス館には十分ほどいた。
で、ヤタローウィンへと向かった。車で流れる音楽は相変わらずディープパープルだ。
「別のも聴きたいな。」
俺が言った。
「どんなの?」
と笹木君。
「なんでもいい。」
と俺。
「音楽変えていい?」
と、俺は富畑君と谷河君に訊いた。
二人の了承を得て流れる音楽が変わった。Jポップだ!そのまま車を走らせた。長崎の中心部を通過したが、どこかぬるい印象をもった。
ヤタローウィンが視界に入ってきた。もう日は暮れそうだ。夕食はコンビニで買ってホテルに持ち込む予定だ。
予定通りコンビニで夕食を買い、ヤタローウィンに到着した。用意された部屋は洋室だった。ソファーでくつろいだ。
「ああ、疲れた。」
ドライバーは俺しかいない。
「お疲れ。」
谷河君がそう言ってくれた。
「飯もう食おっか?」
俺が聞いた。
「そやね。」
笹木君が答え、テレビを見ながらの夕食が始まった。笹木君がおでんのパックを開ける。
「明日どうしよう?」
俺が訊く。
「朝飯食ったらそのまま福岡?」
富畑君が訊いた。
「特に行きたいとことかある?」
俺がみんなに訊いた。誰も特に無いらしい。
「じゃそのまま福岡ね。」
俺が言った。福岡には笹木君の借りているアパートがある。大学で笹木君は福岡に行ったのだ。明日、彼のアパートに行く予定だ。
「景色いいねぇ。」
と谷河君が言った。窓の外も部屋の中もオレンジ色をしている。ヤタローウィンは崖の上にそびえ立っている。下界がもの凄く下に見える。
「いいね」
と俺が谷河君に続いた。
「お風呂どうする?」
富畑君が訊いた。笹木君は、
「大浴場に。」
と言ったが、
「いや部屋ので。」
と俺が拒み、部屋に設置されているバスルームで全員済ますこととなった。本当にいい仲間達なのでいっさい気を遣わない。生涯の友達だ。その日は穏やかに過ぎていった。
翌朝になってホテルで朝食をとったのだが、ホテルマンの態度がなってなかった。
「ここのホテルマン態度悪い。」
そいつに聞こえた。俺たちの朝食が済むと、帰り際、俺の背中にそいつは
「ありがとうございます。」
と言った。
笹木君宅に到着するのに非常に長い時間費やした。六畳の部屋の奥にベッドが横向きに置かれている。俺は随分と疲れている。
「泊まる?」
笹木君が訊いた。
「いや、今日のうちに帰ろう。」
俺が答えた。他の二人はどちらでもよさそうにしている。一時間ほど経過して地元に向かった。高速道路でありえない程神経を使った。全員を送り届け、「赤い彗星」は家に帰った。
翌年、中学校の修学旅行を振り返ろう、ということになった。また夏だ。今回は二泊三日で、広島と宮島に泊まる。谷河君は物理的に参加できなかった。モッツァレラ氏という、谷河君と同じで、高一のときに同じクラスだった同級生、が参加した。彼は天然キャラだ。ボウリング場のボールでガラス板を破損させた経歴を持つ。そのときは
「すいません」
の一言で済んだ。彼の人柄が功を奏したのだろう。
他の参加者は、俺、笹木君、富畑君の三人で合計四人だ。事前の作戦会議はファミレス、ジョイフルで行った。
俺は中学の頃の修学旅行のしおりを持っていて、宮島のホテルは俺が中学の修学旅行で泊まったホテルと同じ場所にすることができた。そして、広島でプロ野球を観戦しようということになった。それ以外で広島に特に用はない。泊まるだけだ。その宿泊先もこのファミレスの会議で観光ガイドを見て決める。
「おっはー。」
と旅行当日、モッツァレラ氏宅まで行きモッツァレラ氏を迎える。足は家の車だ。その車は進化しホンダのステップワゴンに。色は進化する前と同じ、ワインレッドだ。「ナイチンゲール」と呼んでいる。「ナイチンゲール」はカーナビを搭載している。
「おはよう。」
とモッツァレラ氏。次は富畑君を迎えに行く。それが済み、笹木君を迎える。
「へい、お待ち。」
笹木君に言った。
「ちーっす。」
と笹木君はみんなと挨拶を交わす。このときまでに笹木君と富畑君は運転免許を取り、ドライバーが計三人になった。俺の負担が軽減される。まあ大きい車の運転は難しいだろうが。
全員揃い出発。カーナビは便利だ。九州を抜け本州に着く。昼時にファミレス、ジョイフルがあったのでそこに入った。一階が駐車場になっていて二階がレストランだ。本州にまでジョイフルがあるとは。そこで全員がランチを注文する。
「ジーパンのブランド何?」
俺が富畑君に訊く。
「特にどこのものかわからん。」
富畑君が答える。
「リーバイス知ってる?」
と再び俺。
「いや、知らんね。」
「最初にジーパン作ったところ。そこのお勧め。」
「おお、要チェック。」
四人分料理が運ばれてくる。俺は、
「次運転してみる?」
と笹木君と富畑君に訊いた。
「車でかいから自信ない。」
と富畑君。笹木君は、
「じゃあちょっと運転してみようかな。」
と言った。
食事が済んだ。笹木君の運転はたどたどしく、危なっかしかったが、道に出ると落ち着いた。コンビニで俺とバトンタッチ。運転しないで車にいるのは妙な気分がした。そのまま広島に向かう。
広島に到着した。広島の中心部は流石に栄えていた。まず、ホテルの駐車場に車を停め、ホテルにチェックインした。そこから歩いて広島市民球場へ。偶然、モッツァレラ氏の大学の同級生と遭遇した。
「内野席に。」
と言う笹木君に対して、
「外野席安いから外野席にしない?」
と俺が言った。
「じゃあ外野席で。」
ということになり、「バンク」から外野席のチケットを買った。
試合が始まった。選手との距離が近い。球場が狭いからだ。これは見に来ておいて良かった。旅行の高揚感と観戦している臨場感とが交わる。客が周りにあまりいなかったのも良かった。
観戦した後、コンビニで夕食を買いホテルに持ち込んだ。食事をとる。誰かがプレステ2を持って来ていた。
「ああ!」
「よし。」
「くそ。」
「ウィイレ」大会が行われているが俺は参加しない。特に笹木君とモッツァレラ氏がマジになっている。明日は宮島だ。俺は冷めているのか。時間がゆっくり経過する。
二日目、ホテルで朝食と会計を済ませ、宮島に向かった。特に寄る所もない、ストレートに宮島だ。車ごとフェリーに乗って宮島に運ばれる。宮島には鹿がいる。
まず、ホテルにチェックインし、車を停める。それから厳島神社に向かった。干潮で海水が神社まで来ていない。面白くない。すぐに引き揚げた。島の案内板によると水族館があるらしい。俺は行ってみたい。
「行かない?」
訊いてみたが、誰も行きたがらない。俺の提案はボツになった。コンビニで買ってホテルに持ち込んだ夕食を済ませ、もう一度神社に行く。今度は鳥居がライトアップされ、潮は満ちていたが、カップルが多くて近づけなかった。
部屋に戻る。また「ウィイレ」大会が始まる。勿論参加しない。一人布団の上に横になって、二リットルのミネラルウォーターのペットボトルを片手にピーナッツをポリポリ食っていた。
「いやぁ、絵になるねぇ。コウメ。」
富畑君が俺にそう言った。
「ありがとう。」
明日は特にどこにも寄らずに帰る予定だ。
「ああ、楽しい。」
と俺は言った。そして、
「仲間とはかくぞあるべきものかな。」
と言った。
俺は仲間に恵まれている、と改めて思い、感謝した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます