異世界の破壊者と女神の器

沙羅双樹の花

第1話 プロローグ





「ミカド・アキラ。此度の赤竜討伐の功を讃え、汝を我が娘、アイリス・エル・ティアラの専属騎士に任命する。」


国王ユスティニアヌスが厳かに言葉を締め括ると、玉座の間には微かな緊張が走る。

貴族や諸侯、近衛騎士、その場に居合わせる皆の関心の中心に居るのが黒髪の青年、ミカド・アキラである。


半年前、第一王女、アイリスに見出され、まだ弱冠にも至らぬ齢で有りながら、数々の武勲を上げてきた。今日の論功行賞も彼の為に用意されたと言っても過言ではない。

傍らに銀髪の従者を控えさせ、片膝をついた状態でアキラは粛々と応じる。


「はっ、謹んで拝命致します。」


きびきびとした返事に国王は「うむ」と満足気に頷き、視線を愛娘へと送る。

その視線に応え、アキラの元へと向かうアイリス・エル・ティアラ。その白皙の手には儀礼用の剣が握られている。

皆の前で正式に騎士叙任式アコレードを行う事を含めて、今日の式典であるからだ。

遂にアキラの元まで来た時、優雅なる歩みは止まり、ダリアの花弁を彷彿とさせる赤紫色の長髪も緩やかに静止した。


「表を上げなさい。」


玲瓏なる声にアキラはただ従った。

鮮やかなマゼンダ色の瞳と視線を合わせ、可憐な口元に浮かぶ微笑を受け入れる。

皇国の華と謳われる美貌は決して大袈裟などではなく、彼女の容姿は絵画の一枚のように麗しく、気品に溢れていた。


「緊張してるの?」

「はい、少しだけ。」

「らしくないわね。私をお転婆姫なんて言う図太さはどこに行ったのかしら?」

「きっとアリシア姫がお盗みになられたのでしょう。何せいたいけな男子を公然と揶揄おうとしてらっしゃるのですから。」

「今、盗まれていないことが判明したわね。」


慇懃無礼に軽口を返すと、アリシアは呆れたように肩を落とす。

ただ、そこに不快さはない。

気心知れた友との忌憚のない会話だった。


「まぁ、緊張しなくても大丈夫よ。この前、教えた通りにやれば良いだけだから。それに貴方は宮廷の住人では無いから、多少の無礼は皆、目を瞑るわ。」

「それは良かった。」

「でも、気を抜くのは無しよ。今日こんにちまでの貴方とシエルと努力の集大成なんだから。出来るだけピシッと決めなさい。」


彼女らしい厳しくも、温かな叱咤しったである。

アキラは何も言葉を返さず、無意識に瞑目し、唇を噛んだ。その胸の内を知っているのは銀髪の従者だけだった。


「それじゃあ、そろそろ叙任式を始めるわ。最後に言うことはある?」

「どうか俺を憎んでくれ。」

「えっ?」


アキラが動いたのは呆気に取られたような呟きと同時だった。まるで魔法のようにアリシアの手から儀礼用の剣を奪い、立ち上がりながら彼女の身体を横に押し退ける。

そして、玉座に座るユスティニアヌスへと乾坤一擲を放った。

さながら空間に一筋の線を引いたかのように、銀閃を描きながら飛翔する剣。

その切っ先はたがえる事無く、ユスティニアヌスの腹部へと突き刺さり、玉座へと縫いつける。


「ぐぁ!?な、何を!?」


その悲鳴さえ遅きに失した。

アキラは既に次の行動に移っている。

迷いも、後悔も、あらゆるしがらみを置き去りにして、何者よりもく駆け、ユスティニアヌスの胸部を貫手ぬきてで穿つ。

指先はバターでも切り裂くかのように人体を貫き、ユスティニアヌスの心臓を掴み取った。


「き、貴様・・・・・!探索者か!」


そのまま抜き取ろうとする腕をユスティニアヌスが万力の力で食い止める。その双眸は致命傷を負った人間が放つものとは思えない程、鋭く、敵意に満ちていた。


「お、お父様!?」


惨状を目の当たりにしたアリシアが叫ぶ。

皮肉な事に、彼女の悲鳴に合わせて、ユスティニアヌスの力が僅かに緩まった。偉大なる王でさえ、父であることを捨てる事が出来なかったのだ。

そして、アキラはそれを利用した。勢い良く手を抜き取り、バックステップで距離を取る。


「ぐぁぁぁぁ!?」

「で、殿下!!誰でも良い!早く奴を取り押さえろ!」


だが、誰も動けない。

彼等の足下には蜘蛛の巣のように影が張り巡らされており、衛兵や騎士を含む全員の動きを縛っていた。


「シ、シエル・・・・・貴方もなの・・・・・?」

「・・・・・すみません。」


信じられないものを見るような目をするアイリス。

柳眉りゅうびを寄せ、罪悪感に満ちた表情をする銀髪の従者。

その光景をアキラは横目で捉えた後、鮮血にまみれる手へと向き直る。

そこにあるのは心臓ではなかった。

万華鏡のように鮮やかな光を放つ水晶体クリスタル


「まさか本当に『世界核コア』と心臓を同化させているとはな。お陰で半年も時間を費やす羽目になった。」

「やはり・・・・・『世界核コア』が狙いか・・・・・」


血を吐き出しながら、ユスティニアヌスは必死に腕を伸ばす。だが、震える腕に力強さはなく、ただ憐れみを誘うものでしかない。

世界核コア』を奪われた上に心臓も無いのだ。こうなるのは必然であった。


「お父様!?アキラ、お願い!お父様を助けてあげて!!それが狙いだけならお父様を殺す必要は無いでしょ!お願いだから!」

「・・・・・」


半狂乱するアリシアの悲鳴を背中に浴びながら、アキラは何も言わず、『世界核コア』と呼ばれた水晶体を握りしめる。

すると、ピシリピシリと水晶に亀裂が入った。

亀裂は徐々に深くなり、やがて致命的な罅割れを生み出した。

バキリという音が響いた時、ユスティニアヌスの腕がくたりと落ちる。


「・・・・・アリシア・・・・・すまない。」


蒼冷めた唇が最期に呟いたのは擦り切れた謝罪だった。


「お父様!?お父様!目を開けてください!いや、いやぁぁぁぁぁぁ!!」


悲痛な叫びが響く中、世界の終焉しゅうえんが始まる。

世界から色が抜け落ち、時間は死に絶える。その代わりに全てを塗り潰すような光が『世界核コア』から放たれ、空間を満たしていく。


(もう何度目だろうな。この光景を見るのは。)


アキラは喉の奥にこびりつく後悔の味を噛み締めながら、祈るように目を閉じる。その資格は既に無いだろうが、それでも祈らずには居られなかった。


次に目を覚ました時、そこは玉座の間ではなく、がらりとしたホールだった。

荘厳な玉座も、死に絶えた王も、鎧を纏った衛兵も、全てが夢幻のように消滅している。

唯一、その存在があった事を証明しているのは、色を失った透明な水晶体だけ──その筈だった。


「あああぁぁぁぁ!!」


野獣のような叫びを耳にした瞬間、アキラは地面に押し倒された。


「殺す!あんたは絶対に殺してやるわ!」


そして、馬乗りになった人物を見て、瞠目した。

彼女はこの世から影も形も消えて無くなる筈であった存在、アリシア・エル・ティアラである。


「どうして消滅していない・・・・・?」


その問い掛けに対する言葉は無い。

裏切り者に与えられるのは無慈悲なる平手打ち。ただそれだけであった。




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