僅か1週間の成長

異物。盤上がひっくり返るほどの異物。それは今さっき求めていたもので、このイタチごっこの状況を一瞬でひっくり返してくれる救世主の様な存在で──


「──だからと言って、限度があるだろぉがぁ...」


現れた相手は全身からおびただしい量の内界力を出し続けながらこちらを見つめている、正に圧倒的な異物だった。


「今の戦闘、さっきから見させてもらったよ、大柳堅さんと深瀬永流。もう君たちの力は見た。さっさとリタイアして貰えるとありがたいんだけど.....」


「なんで僕だけ呼び捨て....」

大柳はさん付けされてるのに自分はさん付けされてないことに対してボソッと呟く深瀬。それに目もくれず賢をまじまじと見つめる大柳。


圧倒的な異物──賢が頭の中で作戦を考えていたその時、賢の足元が浮かび、賢は打ち上げられる。


「まぁ、これでリタイアした人は一人もいないんだけど...」


賢は手から炎を出し、地面に叩きつけられる衝撃を炎の爆散で中和した。


「俺たちの戦いをこそこそと見てるお前さんは、一体どこのどいつなんだぁ?」

大柳が賢へ恐る恐る聞く。


「自己紹介....。俺は淡生賢。俺の力は物質を爆発させる力だ。」


(.....物質の爆発...?炎では無かったのか?勘が外れたかな)

大柳は賢の力が炎ではなく爆発を生じさせる力だと理解した以上、炎に対する対策から爆発に対する対策として脳内で作戦を考える。


「はっ!そうかい。よろしくなぁ、淡生。」

賢は手を差し出してきて握手の合図をする気さくな大柳に応じず、再び拳に炎を与える。


(まぁこんな罠、飛んだバカしか引っかからないわな。それよりも、だ。あの手....近接戦もいけるのか...!!)

「厄介な力だなぁ」


「色んな人から言われるんだよな、それ...」


「そうか、そりゃあ...あれだな」

大柳がいまいち掴めない会話に歯がゆさを感じていると....


「──お前はもういいって。」

小石が大柳に向かって飛んで行く。だが、大柳はそのお情け程度の小石を力を使って全て落とし、大剣を賢へと振るう。


それを賢は炎を纏った拳で受け流し、こちらへ走ってくる。刹那の間に賢の力は爆発では無く、炎なのではないかと思考が頭をよぎる。


「あぁ!あぁ!!来いよ!淡生賢!!」

(あぁ、なんで今日はこれほど高ぶることが多いんだ....!!!今日は、今日こそが...!!俺の山場だ!!!!)


賢は姿勢を低くし、殴りの姿勢に入る。

対して大柳は大剣を頭上に構え、大振りの姿勢に入る。


両者の戦いは、若き芽が開花する瞬間を表したかのような戦いであった。


だが、そんな戦いにも終わりはある。


賢は大柳を殴る寸前、拳に内界力を偏らせ、今まで抑制していた力を一気に解放する。それに大柳が一瞬で反応するが、その一瞬では遅い。既に、賢の内界力はとある技の最大火力を引き出せるに至っていた。


───今まで限界まで力を抑え、力を解放する技の応用版を賢は既に習得していた。



「──高等手、消炎。」



それは、意図的に止めていた最大出力に及ぶ力の解放の高等手、消炎である。



「....はっ!やられたぜ、淡生賢!!!」


大柳の体は、賢からゼロ距離で消炎を打たれる。当然大柳は無事では済まされずに一瞬にして塵と化して──


「大した傷が無い....会場の結界の影響なのかな」


この試験会場の結界には、試験会場のボーダーラインのような役割と、他生徒から受けた大ダメージの修復という役割が与えられている。


だが当然大柳はリタイアという形になり、彼の体を緑色の膜が囲み、賢に6ポイントが追加された。


(...まだもう1人深瀬って人がいる...疲れるなぁ、まったく。)


「さて、あと1人は....」

賢が振り向くと、深瀬永流は緑色の膜に覆われ、救助テントへ転送されそうになっていた。


「.....え?」


「さ、さすがに僕が勝てるような...あ、相手じゃありません。ひ、引き際は見極めたつもりなので.....」

そこには自主的なリタイアを実行し、救助テントへと向かう深瀬の姿があった。


(あぁ、なるほど。自主リタイアか)

深瀬が消えたのを見届け、賢はあと2人の敵を探そうと振り向く。あと2人...何となくだが...何となくだが2人の内の1人はきっと...



「──賢くん。」

聞いたことのある...前までは毎日のように聞いていた声が聞こえ、後ろを振り向くと、そこには....


「翔庭さん...か。」

賢の前に現れたのは、友達としてではなく"敵"として賢を狩りに来た翔庭真名だった。


​───────​───────​───────

時間は、1週間前。試験の時の事件の翌日に遡る。


「賢くん、1週間後の試験の事なんですが...」

教室で翔庭さんが話しかけてくる。


本当なら今頃このクラスは解散し、それぞれのコースの指定された教室が新しい教室となっていたのだが、昨日の事件の影響で1週間後まで延期となった。


「うん?どうしたー?」


「あの、大事なお話が──」


「待って、俺から話させて。」

翔庭さんの話を遮り、俺が話をする。

翔庭さんは頷き、話を聞く姿勢に入った。


「試験で翔庭さんは俺に優勝を譲るって言ってくれたよね。それ、やっぱり無しにしない?」


「と、言うと?」


「あれから考えたんだ。それで俺は、自分の実力だけで、ズルなんかせずに特進コースに行きたい。だから、試験では俺と敵になってちゃんっと戦おう。」


「....やるからには本気で、挑みますよ?」

俺はもはや動じることもせず、はっきりと言った。


「あぁ、本気で来てくれ。」


「賢くんは、変な人なんですね」

翔庭さんは微笑み、俺の提案を受け入れてくれた。


「それで、翔庭さんの話って?」

俺は先程の話に戻ろうとする。


「.....いやぁ、それが賢くんに先に話されちゃいました」


そうか、翔庭さんも同じ話をしようとしていたのか。


俺たちは互いに笑い合い、1週間後の試験に向けてそれぞれ練習を重ねた。




「賢の力はさ、常識の範疇なんだよね」


「...と、言うと?」

俺は家へ帰り、矢羽根さんに指導を願った。矢羽根さんは案の定断ることなく、ウキウキで着いてこいと言われて着いて行った先が、実行高専のグラウンドだった。


「んー、なんて言うかな。俺ので言うと、糸は出せるけど岩とか硬いものは切れないし、むしろすぐ切れる。でも速さだけはすごく早い...って感じ?まだ糸の根本的な考えが賢の脳に根付いてる。」


.....難しい。実は勉強もろくにしないで学校に通っていた俺にとってこの話は難しい。もっと馬鹿でもわかるように説明して欲しい。


「...どゆこと?」


「そうだねぇ、炎の解釈をまったく違うものに変えてみようか。例えば炎ではあるけど水は消さない...みたいな」


「そうしたら何になるんですか?」


「そうしたら、自然と力の理解を脳がしてくれて、それに合わせて力の性質も変わる。」

つまり消えない炎も作れるってことか?なるほど前に聞いた力は力を持つもの本人によって変わるってそういう事なのか。


「分かりました。やってみます」


「ま、他の人の説明だけで出来るような代物じゃないけどね~」


それから1週間。俺は力の解釈について学び、同時に内界力についても学んだ。


翔庭さんとはいつも通り接したが、目に見えて疲れが取れていない翔庭さんを見ていると、翔庭さんも練習を頑張っている事が分かった。



そして再試験当日、試験会場の受付前。

「賢くん、どうですか?練習してきました?」

翔庭さんが俺を見つけるなり駆け寄ってきて練習の具合を聞いてくる。


「うん、絶好調かな」

翔庭さんは満面の笑みで「良かったです!」と言ってきて可愛いなぁと少し照れてしまった。


「お互い、がんばろう。友達だからって容赦はしないよー?」


「望むところです!ばっちこいです!」


俺たちは最後に言葉を交わし、それぞれの初めの先生の話を聞く立ち位置へと移動する。翔庭さんは振り返って手を振ってくれ、俺もそれに同調して手を振る。


それを最後に、俺たちは敵対するんだなぁ、と少し悲しくなってしまった。



​───────​───────​───────

「賢くん、やっぱり最後の人は賢くんでしたか...」


「まぁね、でも翔庭さんが残るのはちょっと意外だったな」

ちょっと失礼だなと感じながら翔庭さんに言葉をかける。


「そうですねぇ、私の力は使い道がかなり多いのでそれでたまたま強敵と相対せずに勝ち進んでこれたのかも...?」

翔庭さんは白い頬を指で掻きながらそう言う。


(ただの運だけでここまで勝ち残れるものなのか...?)

特進コースの試験に集まる人達はみんな主戦力になる様な人達ばかりで揃いも揃ってレベルが高いと思うのだが....そこら辺は危険視しておこう。


「賢くん、内界力の調整とかしないんですね」

翔庭さんがまじまじとこちらを見つめてそう言った。


「あ、やべ。」

完全に忘れていた。翔庭さんと話している間に内界力を調整すればスムーズに勝てたかもしれないのに。でも、そんな勝ち方は少し違う気がする。


翔庭さんはクスッと笑い、俺もそれに釣られて少しだけ笑ってしまう。


そして直ぐに顔を真顔に戻し、俺たちは"敵同士"として向かい合う。

翔庭さんは薄水色の瞳で俺を真っ直ぐ見つめる。俺は翔庭さんの顔すらマトモに見れないのに...


「....翔庭さん、言っておくけど俺は容赦するつもりは無いよ。」


「それはもう随分前に済ませたじゃないですか。私だって、容赦しませんよ?」

敵対してると思える2人の言葉は、敵に向ける言葉ではなく、信頼しあっているからこそのそれだった。



俺は内界力を調整し、力を使う準備をする。

拳に意識を集中させ、先程と同じゼロ距離消炎を打とうと──



──視線を翔庭さんの方に向けたら、そこに翔庭さんの姿は無かった。



(なっ!翔庭さんはどこに──ッッ!!!!)


反射的に後ろを振り向くと、翔庭さんは俺の後ろでかなり低い姿勢を取っており、いつもの翔庭さんの可愛らしい微笑みの表情の面影など無く、絶対に獲物を狩るという意思が見えるサファイアをそのままはめ込んだかのような青色のグラデーションがかってる瞳が俺の存在を見据えていた。


「──一撃目」

背中に小石が突き刺さる感覚に、苦痛を抱いて声にならない声を出す。


「賢くん、早く立たないとやられてしまいますよ。」


「い、言われなくても...!!!」

俺が立つまで翔庭さんは待ってくれ、俺が構えると翔庭さんも構えてくれた。


「.....なんで、俺が立つまで待ったの?」


「内界力の調整に時間を要するので。」

あぁ、そうか。まぁさっき容赦はしないって言ってたもんな。


今度は翔庭さんをしっかりと見て、動きを観察した。速さは矢羽根さんと同じぐらいか...?いや、何かが違う。俺は翔庭さんの異常な速さに違和感を抱き、翔庭さんをよく観察しようと目に力を精一杯入れる。

だが、俺の動体視力など嘲笑うように翔庭さんは一瞬で消えて俺の右斜め後ろに翔庭さんが来た。


「ッッ──!!!!」

一瞬の判断で体中から炎を出し、翔庭さんの攻撃を妨げる。

正直これは内界力をかなり消費するので使いたくは無かったが、仕方がない。


「...厄介ですね」


「それ言われたの今日2回目だよ.....」

翔庭さんは「あら、それはごめんなさい」と律儀に謝り、今度は目の前から消えずに小さい手を上へかざした。


俺はそれに釣られて上を見ると、なんと俺の頭上から大岩が降ってきていた。その速さは本当に大岩なのかと疑うほど速く落ちてきており、3秒後には俺を潰していてもおかしくはない。


「!!通常手、低炎!!」

低炎を使い、大岩を砕く。だが不意に腹に衝撃をくらい、今度は何かと腹部を見る。


「──二撃目」


見えない"何か"が賢の腹部を押し出し、賢の腹部がくぼんでいた。それは直ぐに戻り、俺の腹は何事も無かったかのようにくぼみが無くなっている。


一瞬でくぼみが無くなった。俺はあの一瞬で見た。翔庭さんの手と俺の腹部の間に、見えない何かがあり、それによって俺は衝撃を受けたのだ。


「....見られましたか」


「なるほどな.....」


ここからが、本当の意味で俺達の勝負が始まろうとしていた。

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