空想家主義の英雄

時間軸は賢達と先生の再会のシーンになる。

「え、なんで先生が?」

先生の力は確か治療系の力だったはず。そんな先生がこの小さい洞窟で役割を放棄しているとは考えにくい。


「ここが今の試験会場の本部だからだ。怪我人の治療をここで行っている。」

先生が顎をしゃくり、洞窟の奥を示す。洞窟の奥には人1人通れるほどの小さい道があり、その奥には広い部屋が広がっているようだ。俺達がこの洞窟で休んでいた際にはそんな道など無かったはずだ。よく見ると奥には先程俺が倒した生徒が地面に敷かれたシーツだけの簡易的な布団で横になっている。


「あれ、本部って別にあるんじゃ...?」

翔庭さんが賢の代わりに質問をする。


「私が着いた時には本部は既に壊滅状態だったんだ。恐らく侵入者...の仲間の仕業だろう」


「...は?」

当然のリアクションを俺たちはする。先生は「幸いなことに、他の教師たちは無傷が多かった。他の先生方が尽力してくれたおかげだろう。」と言葉を紡いだ。


「え、今ここでは何が起きてるんですか?」


「現状分かっていることは、何者か、少なくとも2人がこの試験会場に侵入し、生徒に襲いかかっているということだ。無差別に攻撃しているらしい。他の先生方がその外道を追っている。私の役割は私の力を使い、傷を負ったもの達の止血と応急処置。それと目撃情報を聞き、他の先生方に伝えることだ。」


「そ、そうですか。俺たちはどうすればいいんですか?」

淡々と説明する先生に俺は少し違和感を感じ、俺は先生の指示を仰ぐ。


「お前たちはこのままここに居てもらう。そして状況が片付いたらそのまま帰れ。試験は別日だ。」

試験なんてこの際どうでもいいが、問題は別にある。


「生徒が、1人殺されたんですよね?犯人に。」


「...そうだ。」


「そうだ。じゃないですよ。俺はどんな理由があろうと何も悪いことをしていない人達の命を奪う奴を許さない。許せるわけないじゃないですか」

前の、昨日の事のように鮮明に思い出せる家族の惨い遺体がフラッシュバックし、俺は先生に詰め寄る。翔庭さんは一瞬止めに入ろうとするが、先生が手を広げて翔庭さんを制止する。


「ならばこのまま行くか?ダメだ、お前たちでは実力不足も良いとこだ。それに感情に任せて敵に向かうことほど愚かなことは無いぞ。淡生。」

俺は自分より少しだけ身長の高い先生の目より下、鼻辺りを見ながら話すのに対し、先生は俺の目を真っ直ぐと見つめる。その目線に少したじろいてしまう。


「俺は死んだ生徒のもっと生きたかったって想いを無駄にただ逃げることの方が愚かに思いますよ、先生。」

俺は先生を軽く睨む。翔庭さんはその場に硬直し、静かに状況を見つめている。


「ダメと言っている、淡生賢。亡くなった生徒は復讐してくれとお前に言ったのか?違うだろう。逃げることがあいつの死を無駄にする?いい加減にしろ。お前では実力不足だと言っているだろう」

先生は溜息をつき、俺の実力不足を口にする。

俺は、この先生の口調に違和感を感じ、少し困惑する。この淡々とした口調。これが生徒を想う教師の口調なのか。


「実力不足でも、俺はいいですよ。こんな事をした奴を許さないって俺は言ってるんです。何でそれが分からないんですか」

俺は必死に怒りを抑え、自分の考えをぶつける。


「的はずれだな、淡生。私は確実に負けるお前をそのまま行かせてはならない義務がある。」


「でも...俺は、この気持ちに嘘なんてつきたくない」

俺は胸に手を当て、先生に訴える。先生に何を求める訳でもない。ただ分かって欲しいのだ。


「お前は...大層な考えを持っているものだな。だがな、淡生。それを胸を張って言えるのは何かを成し遂げたものだ。」

先生は一瞬だけ瞳を揺るがし、すぐに目を閉じて瞳の揺らぎを隠す。


「お前は何かを成し遂げたのか?.....今回の犯人に向かうお前の、亡くなった生徒に一矢報いたいという気持ちは、お前の本心なのか?」


「本心、ですよ。何でそんなこと聞くんですか?」

先生の質問の意味が分からず、俺は先生にそう聞く。


「お前はそうやって、英雄を気取っているだけでは無いのか?──そうやって、他人を巻き込んでは自分に欺瞞を言い聞かせるのか?」


「ッッ!!」

欺瞞、なんて考えたことがなかった。英雄なんて気取っているつもりは毛頭ない。だが、俺の行動によって周りを巻き込むのなら──


「こ、これ以上は2人の関係が戻らない所まで行ってしまいます。やめてください。」

翔庭さんが先生の俺の間に割って入り、俺と先生両方を交互に睨みつける。俺はその強い視線に思わず後ずさりしてしまい、先生はやってしまった、と額に手を当てる。


「...言い過ぎた、大人気ないな。感情的になるのは私の悪い癖だな。どうか許してくれ、淡生。そして2人とも座れ。さっきまでの戦いで疲れているだろう、少しでも楽にしてやる。」

先生はバツが悪く俺に謝罪をし、俺は言われた通りに座り、先生から治療を受ける。

さっきまでの疲労が嘘のように消え、破壊された血液もみるみる復活していく気配を感じる。


「そしたら、おまえは奥の、1番奥のソファに翔庭と座っていろ。」

翔庭さんに促され、奥のソファに左側が俺、右側が翔庭さんとなる様に2人で座る。


「賢くん。私は、賢くんの考えいいと思いますよ。」


「...ありがとな。」


「はい...」

こんな時でも気を使える翔庭さんは、本当に良い人なんだな俺は心から思う。だが、今の俺にはそれを素直に受け取れるほど心の余裕が無かった。さっきの先生の言葉が何度も脳内で繰り返される。


奥では、先生が簡易的な机とパイプ椅子に座って机に両肘をついて頭を抱えている。俺に言い過ぎてしまったと反省をしているのだろうか。


英雄気取り。もしも俺の考え方がそうだったのなら、俺はなんの為に奴を追っているんだ?

世界平和の為?いいや、これこそ英雄気取りだろう。

家族の仇?これが1番しっくり来るが、他の理由があるのか?

分からない事だらけだ。きっと学生が背負っていい限度を超えているだろう。奴を、家族の仇を討てたとして、その先に何がある?きっと俺はまだエンパイアと戦うだろう。引き時なんてものを知らず知らずのうちに見失って....


不意に、虚ろになりかけている俺の右手の上に翔庭さんが自分の右手を重ねていた。横を見ると、翔庭さんは俺の目をしっかりと、真っ直ぐと見つめる。何故だか俺は目を逸らせずに翔庭さんの薄い水色の光が入った綺麗な瞳を見つめてしまう。


「賢くんは、何かと思い詰めてしまうので。」

翔庭さんは薄く微笑み、左手を俺の肩に乗せる。


「英雄気取りでもいいです。私は賢くんの良いところを理解出来てるつもりなので。ただの個人的な意見ですけどね。賢くんは今のままで十分立派です。」

翔庭さんは、首を少しだけ傾げて俺に笑いかけ、静かに手を戻す。


「...翔庭さん、ありがとう」

俺は泣きそうになりながら何とか耐えてそう言う。


「いいえ!私は自分の意見を言っただけですよ。」



一方、先生は賢達の方を見て深い溜息をついた。


(俺にもあんな子が居たらなぁ。俺が学生の頃でもあんな子居なかったわ)

と、賢に嫉妬しつつも心のどこかで安心している自分がいた。



俺は何とか元気を取り戻し、天井をずっと見上げていた。

英雄気取りでも良い。今のままでも立派だ。そんな事を言ってくれる翔庭さんは本当に良い人で、思っていたよりもずっと友達想いで....。俺は自分でキモイと気付き、翔庭さんの方をチラッと見る。翔庭さんも俺と同じく天井を見続けていて、全く退屈じゃ無さそうだ。


色々と考えがまとまった俺は、少し気まずいがもう1回先生に自分の考えを伝えるのと、今の状況を教えてもらおうとソファから立つ。別に今回の犯人と戦うつもりは無い。だが、やはり怖いものは怖い。今どういう状況なのか把握しておかないと精神的にもキツそうだ。


俺が席を立って先生の方を示すと、翔庭さんも席を立って着いてくる。


そして俺は、小さな道をくぐって先生の元へ着く。


「せんせ──」


「──いやいや、全然力を抑えてないのはここにいますよ~って伝えてるようなものでしょ。」


俺が先生に話しかけようとしたら、誰かが入ってきた。その人は男で、身長は俺よりもずっと高い。その髪は白と黒のツートンカラーで、服も黒色が目立つのでかなり異様な雰囲気だ。


誰だ...?異様な雰囲気を纏っていて、正直不気味だ。

怪我人...か?ほかの先生....いや、明らかに高専の先生では無い。高専の先生であればこんなに邪悪な、生物をいたぶって遊ぶ時の子供のような顔をするはずが無い。その男は俺を見ると不敵な笑みを浮かべ、俺はその笑みに背筋が凍る。



「──ッッッ!!!翔庭!!!!!」

先生が、叫ぶ。呼びかけられた翔庭さんは瞬時に状況を理解し、俺と先生に手をかざす。翔庭さんの手から薄い膜のような、言い換えるならば見える空気のようなものが俺と先生と翔庭さんを包む。


突然のことで訳が分からず、俺はパニックになる。

次の瞬間、俺達が立っていた地面が一気に弾け飛び、俺達は宙に浮かび上がる。


.....まさか。今来たのは、犯人か...?なんで.....


「大丈夫か!淡生!翔庭!」

土煙で咳き込む俺達を先生が肩に手を置いて安全を確認する。


「あいつが....!!」

先生は拳を握りしめ、土煙の中に浮かび上がっているシルエットを睨む。


「うわぁお、怖い怖い」

白と黒のツートンカラーの髪の男は、いけしゃあしゃあとそう言いながらこちらへ迫ってくる。やがて土煙が止み、俺は周りを見る。

俺達がいた洞窟は消え去っており、地面が大きく抉れていた。眠っていた生徒が四肢を投げ出して気絶しており、先生が駆け寄る。生徒の無事を確認すると、先生は俺ではなく翔庭さんにその生徒を預ける。


「翔庭。悪いがこいつを安全な所まで連れて行ってやってくれ。頼んだぞ」


「は、はい!」

翔庭さんは生徒をおんぶして走る。翔庭さんは割と力持ちのようでかなり走る速さが速い。


「あれれ、行っちゃった。まあいいや」


「──淡生。俺の力を使い続けてお前の体を実質無敵にする。いけるか?」

先生は一人称を変えて俺に確認を取り、俺の肩に手を乗せる。

答えは決まっている。


英雄気取りでもいい。


俺は──


「当たり前です」

俺は、もう何も失いたくない。その思いで強大な敵へと立ち向かう。

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