侵入者

「...あ、ありがとう、翔庭さん。もう大丈夫だよ」

試験会場の小さな洞窟内。内界力が切れた俺と翔庭さんはそこで休憩していた。


「そ、そうですか?もう歩けます?」

翔庭さんはずっと俺の額に乗っけていた手を引き、恐る恐る聞いてくる。


「あぁ、大丈夫。行こうか」


「あ、はい!分かりました!」


俺たちは立ち上がり、道から外れて今度は木々の間を通るようにして進んでいく。道中に危ない枝や段差などがあったら危ないので互いに注意し合う事にしている。


「翔庭さんのポイントは、今何ポイントなの?」


「あ、えっとぉ、私は...その、8ポイントです、かね」

8...?思ったより多かったな。じゃあ翔庭さんは最低でも2回は戦ってるってことか。


「おぉ、凄いね」

俺は翔庭さんを賞賛し、再び歩き始める。翔庭さんは「いやぁ、まぐれですよ」と満更でもないようだ。


「今いる所は東エリアですね、中央広場を避けるように迂回して、南エリアを目指しましょうか」

翔庭さんは右腕のパネルを操作し、マップを開いて方向を確認する。

(...そんな機能あったんだ。)

方向を確認した翔庭さんは、右方向を指さした。どうやらあっちが南エリアらしい。


「よし、じゃああっちに進んで、南エリアの様子を見に行こう。」


「はい!探検らしくてワクワクしますね!」

翔庭さんは無邪気に笑ってどんどん進んでいく俺に着いてくる。そして2人で縦に並んで南エリアへ向かって歩き出す。



「あの、賢くん。」

少しばかり歩いた所で翔庭さんが話しかけてくる。世間話と言うような雰囲気では無いので俺は静かに頷く。


「この試験、1人しか残れないんですよね。なので最終的には賢くんが残ってください。私じゃ役不足になりそうなので。」


「え、なんか先生の判断で2人入れることもあるって....」


「それは異例です、私の実力を見てもきっと実践で活躍出来る人材とは思われないと思います。」

翔庭さんは指で少し薄ピンク色になってる頬を掻きながらそう言う。


「それに私は賢くんと違って大した目的もないですから」


「うーん、まあそれはそうだけど....いいの?」


「はい、私の分も賢くんは特進クラスで頑張ってくださいね?」

俺に譲ってくれるのはありがたいが、どうせなら翔庭さんと一緒に行きたかったなぁ。やるせないようななんとも言えない複雑な気持ちだ。


「ほら、気張って行きましょう。まだまだ試験はこれからです!」

翔庭さんは俺の肩を軽く叩き、励ましてくれる。


「お、おう。そうだな。」

俺は翔庭さんのやる気に満ち溢れている無邪気な笑顔にこんな一面もあるのかと感心して少し照れくさくなる。


そして俺を追い越して先へと進んでいく翔庭さんに追いつこうと小走りしようとした時だった。


「....どうかしたんでしょうか?」

俺と翔庭さんの腕に着いているパネルが振動する。そして画面がポイント表示の画面から強制的に切り替わり、〈緊急事態〉と書かれた画面に切り替わる。俺はパネルを指で操作して文章を読む。


​───────​緊急事態発生─​───────

10:20、試験会場の結界に穴が空いている事が発覚、直ちに教師1名が試験会場内の人間全員の位置確認及び力の強制開示をして対応。

その結果、以下の事が発覚した。

・結界に空いた穴は人1人が通れるほど。


・試験会場内に生徒でも教師でもない、試験会場への入場を許可されていない人物を1名確認。


・その人物は侵入者として教師が迅速な対応を取る。


・選抜試験を中止、試験会場内の生徒は救助テントへ。


・現在侵入者の力は不明、姿格好も不明。怪しい者を見つけた場合は絶対に近寄らずに真っ直ぐ救助テントへ行くこと。


・現在の被害は、生徒の1人が命を落としたことが確認されている。


上記にもある通り、選抜試験は中止。生徒は速やかに救助テントへ。自分の命を最優先にし、最良の選択を取ること。


​───────​───────​───────

「侵入者...?」

先程の無邪気な笑みから一転、翔庭さんの顔は青ざめてあたふたとする。


「生徒1人が....」


「これは、逃げた方がいいですよね...?」

翔庭さんが青い顔のまま薄い水色の瞳を揺るがせてそう聞いてくる。


「うん、多分。救助テントはここから近かったはずだから、こっちから行こう」

震える手で後ろを指さす。そして拳を握り、来た道を戻る。翔庭さんもおぼつかない足取りで着いてくる。



「翔庭さん、大丈夫?」

数分歩いたところで、俺は振り返って翔庭さんの存在を確認する。翔庭さんは後ろからちゃんと着いてきており、「は、はい、大丈夫です」とだけ答えて再び足を早める。


試験会場内への侵入、しかも教師が張った結界だ。普通の力じゃ開けれないよう細工されている。それなのに、何者かに破られたのだ。侵入者は相当腕が立つ者だろう。今先生達が対応してるはずだが、生徒が1人命を落としているんだ。先生達もより一層警戒を強めているはずだ。

...もしも、俺が侵入者と戦うことになったら。その時は覚悟をしなければならないかもしれない。俺の炎で太刀打ち出来るのか?攻撃が経験の差で掻き消されて終わりじゃないのか。


俺は侵入者との戦闘シミュレーションを脳内で何回もするが、結界を破り、生徒の1人の命を奪った奴の力量が計り知れない。分からない事か多すぎる。だからこんな事をしても無駄だ、止めよう。


「....賢くん、あそこの洞窟に誰かいるようですよ」

翔庭さんが示していたのは先程小休憩をした洞窟だった。俺は侵入者の事を考えてたのもあって無意識に身構えてしまう。だが洞窟の中にいるのは恐らく先生か生徒だろう。俺達は一応の警戒をしながら洞窟に入る。

心臓が早鐘を打つ。もしここに侵入者がいたら。その時は不完全でもいいからすぐに炎を出して、地面にぶつけよう。爆発による土煙で目くらまし、翔庭さんの手を引いてすぐに逃げて、それから──


「──淡生、翔庭。そこで何をしている?」

そこには、見知った顔、俺達のクラスの担任がいた。


​───────​───────​───────

男は人差し指を立て、耳を触る。


男は形の良い口を歪め、狂笑を微かに浮かべる。


男は安定しない足取りで、ふらふらと歩く。


男は微塵の汚れも無い黒い服を動く影の様にユラユラと動かす。


男は後ろに転がった生徒の死体に目もくれず、前へ進み続ける。


──ただただ、若い芽を潰すためだけに、前へ進み続ける。


男──侵入者は、常に狩りを求めている狼の様な眼差しをしていた。


「まぁずは1キル目、じゃんじゃん行こうか」

侵入者は舌で唇を湿らせ、安定しない足取りから段々としっかりとした足取りになる。


「...楽しみだなぁ、楽しませてくれよ、頼むから。僕の救世主は、誰なんだろう...。」

侵入者は紅潮した顔でそう言い、早歩きを始める。


「──次は、誰で遊ぼうか。」


本物の悪は、無邪気に笑う。


​───────​───────​───────

賢達と先生の再会の15分前。実行高専エリア4《特進クラス選抜試験緊急事態対策会議室》にて。


「──今回の事態は、通常では不可能な侵入方法、膨大な力の抑制力。故に儂等には到底、未然に防ぐことなど出来なかったことだ。」

緊急招集された教師、1部の上層部、警備長など総勢15人が集まる中、上層部の盟主能議会の70歳ほどの老人が発言する。

盟主能議会とは、上層部の最終決定権を持つ実行高専の最高権力者4人の会名である。


「誰が悪いとか、これがこうだから誰が悪くないからとかそういうのはもう良いよ。それよりも俺は今、どうすればいいかを聞いてるんだよ。」

先の上層部の1人の発言に対し、苦言を呈するのはこの実行高専の特別非常勤講師の矢羽根凪だ。もっとも、講師らしいことは何一つせず、そこら辺をほっつき歩いてる態度に不満を漏らす人も少なくは無い。だが、彼には後頭、それも学内でたったの3人しか存在しない数少ない力を"進化"させた内の1人だ。


そんな彼は、力が強大すぎる為、上層部の許可が下りなければ今回のような非常事態での勝手な行動は禁止されている。


「そう急くな、凪。直に許可は下る。」

と、またも上層部の老人── 【藤岡 春江 ふじおか はるえ】が発言する。この会議ではほぼ矢羽根と藤岡の言い合いと化している。


「後頭ってのも不便なものだね。こういう時にすぐ行動できないんだからさ」


「──誰だっけ?いたよね、生徒の位置とか状況とかを把握出来る力を持ってる人」

矢羽根は頭を少し上に向けて少しだけため息をつく。藤岡は自身の伸びた髭をいじくっている。


「は、はい。私でございます。矢羽根講師」

と、それまで一言も喋らなかった教師の1人が喋り出す。


「じゃあ早く見せてよ。悪いけど今時間が無いの分かってるよね、ピリピリしてるんだ。」


「──分かりました。すぐに準備します。」

少し場の空気が悪くなり、周りに気まずい雰囲気が漂う。

"帰りてぇ~~~~"

その場にいた多くの人たちは、そう思っていた。


そして、30秒足らずで会議室の壁にモニターが映し出される。

そこには、各生徒の配置、名前、力などが表示されている。


「今必要な情報のみをモニターに映し出しました。効果範囲は試験会場Aブロックから半径約1.8km。試験会場全体を囲いました。」


「持続時間はどれぐらい?どれだけ力の消費を抑えられた?」


「持続時間は、持って15分です。不必要な個人情報などは一切表示せず、映し出す対象を生徒と外部の人間のみに絞りました。」


「...外部の人間、多分こいつが今回の犯人だろうけど、こいつの位置以外の情報は?」

外部の人間は赤く光り、位置は正確に表示されていた。しかし分かるのは位置だけで力の詳細、名前など重要な情報が皆無だった。


「私の力で位置以外の様々な詳細を表示させられるのは対象が"見られていると自覚していない"ことが条件です。つまり、今回の犯人は私の力を認識していると考えた方がいいでしょう。」

教師の力の限界出力を持ってしても、犯人の力などの情報を開示できないのは、相手が相当な手練だからだろう。


「いや、位置と相手のおおよその強さが分かればそれでいい。現に海里が殺されたんだ。海里は相当な実力者で10ポイントは獲得してたはず。それだけで強さは測れる。」

海里とは、先程の犯人に殺された男子生徒である。そして彼は矢羽根が1目置いていた生徒の1人であった。


間もなくして、扉が無駄に勢いよく開かれた。


「矢羽根凪特別講師。今、上層部の皆様から許可が下りました。至急現場へ急行願います。」


「ったく、おせぇんだよ。」

と、辛口コメントを残し、彼は窓の前に立った。次の瞬間、矢羽根の全身から糸が飛び出し、糸が窓に張り付き、パチンコの要領で彼は目にも止まらぬ速さで飛んで行った。


「.....どうするんだよこの壁...」

藤岡はそれを見て老人らしい笑いをし、他の取り残された人達は、窓を中心に崩壊しかけた壁を見て呆然としていた。

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