【連載小説】子どもたちの眠る森

青いひつじ

第1話 僕たちの国

ご挨拶

みなさま初めまして。この物語を見つけていただき、ありがとうございます。私は今、みなさまがこのページを開いてくださったことに、大変感激しております。なぜならこの物語は、私がこの世で最も愛する、とても大切な物語だからです。





タニル国。

ここは人口約150万人が暮らす小さな国である。

7年前に起きた隣国との戦争で、タニル国は甚大な被害を受けた。北のエリアはほぼ全てが壊滅してしまい、戦後すぐ国王は国の中心に壁を建て、南と北を分断した。

壁を越え南に行こうとした人間は、警備隊により容赦なく撃ち殺された。取り残された人々は、今も北のエリアで生活している。同じ国ではあるが、北と南では街の様子だけでなく、漂うにおい、空の色、人々の目つきまで、全てが違っていた。



北のエリアはセラタ地区と呼ばれる、貧しい人々が暮らす退廃地区である。エリアの半分以上が農地となり、そこで作られた作物のほとんどはクオーレ地区に送られる。

風で飛ばされそうな簡易的な小屋が立ち並ぶセラタ地区には、水は通っていない。子どもたちは川に行き、タンクに3日分の水を蓄え暮らしている。国唯一の廃棄物焼却炉はセラタ地区の中心にあり、煙突から垂れ流される重たい黒い煙のせいで、空気は常に濁っている。

明日食べるものがあるとは限らない。その辺で横たわっている人々は、生きているのか死んでいるのか分からない。道に広がるのは優しい色の草花ではなく、果てしなく続くゴミのカーペットであった。

そこはまるで、世界中の苦しみを詰め込んだような地区だった。



南のエリアはクオーレ地区と呼ばれる、先進的な鏡張りのビルが建ち並ぶ経済地区だ。

ここには、上流階級の国民たちが暮らしている。

クオーレ地区には、ラゴマジョーレという大きな湖のようなプールと、ダウンタウンパルコという、ラベンダー畑が有名な広い公園がある。人々は週末になると飼っている犬を連れ、家族と幸せな時間を過ごすという。朝になれば今日はどんな服を着ようかと、セラータ地区の小屋2つ分のクローゼットから洋服を選ぶ。

朝食にはサンドウィッチとオレンジジュースが並ぶ。寝坊した子どもは食べずに学校へ行ってしまい、残されたサンドウィッチは、当たり前のようにゴミ箱へと消えていく。



セラタ地区の人々は言った。あっちの人間に我々の苦しみ悲しみが分かるものか。あいつらがこの国をおかしくしたんだ。欲まみれの汚い成金どもめ。この壁を壊して、いつかその地を占拠してやると。

クオーレ地区の人々は言った。私たちはこの国の復興を願い必死に努力してきた。夢や希望をもつことを放棄した者は、もはや人間ではない。あいつらは呼吸をするだけでこの国を汚し続けるお荷物だ。セラタ地区をこの国から切り離せと。



物質だけの格差だったはずが、人々の心の溝までどんどんと深まり、国をひとつに戻すことは不可能となってしまった。

これが僕たちの暮らす、タニル国というところで、僕が住んでいるのは北のセラタ地区である。



このセラタ地区では、5年前から不可解な誘拐事件が起きている。誘拐されるのは決まって、セラタ地区の子どもか若い女性で、ひと月に1人づつ姿を消した。

そして失踪した数日後、切断された右足だけが「中央の森」で見つかった。


「中央の森」とはセラタ地区とクオーレ地区の境界にある森で、警備隊に許可証を見せれば誰でも入ることができる。クオーレ地区にある役所に行く際や、警察がセラタ地区への巡回へ向かう際にここを通ったりする。

この森にだけ壁がなく、ふたつの地区を行き来する唯一の手段となっているが、用がなければここを通ることはできない。


5年前のある日、セラタ地区の商人が役所へ向かうため、中央の森へ入った時だった。木から糸で吊らされた何かを見つけ近づいてみると、人間の右足だったという。それも、小さな子どもの足だったらしい。足には黒い文字で"これを見つけたら、ここに電報を"と書いてあり、電話をした3日後、男の元に大金が届いた。セラタ地区で生きていく分には充分な金額で、男はその後仕事を辞め、何不自由なく暮らしているという。誘拐事件の噂は一瞬にして地区全体に広まった。


60人以上の失踪者が出ているが、なぜか警察はまともに調査しようとしなかった。

我が子を誘拐された家族は、捜索依頼をしたが、警察は「敵国の侵入者に誘拐されたようです。人命の救助に最善を尽くします」と告げるだけだった。

誘拐事件だと恐れていたのは初めだけだった。人々の関心は、後日送られてくるという大金に移っていった。商人の男たちは「足を探すゲーム」と呼び、吊るされた足を見つけるのをまるで宝探しのように楽しんだ。

それにしても不思議だった。誘拐されるだけならただの事件となるのだが、なぜ大金が送られてくるのか。



幼なじみのピオは「きっと地球外生命体が連れ去っていったんだよ〜!僕、空に浮かぶ怪しい光を見たことがある!」と言っていたが、「じゃあ、お金は何のために?」と聞くと「分からない」と言っていた。

昔、僕が市場で聞いた話によると、この事件はクオーレ地区の誰かが始めた、金持ちの暇つぶしだという。僕の両親は政府の言葉を信じ、敵国からの侵入者がいると思い込んでいる。


いろんな噂が出回ったが、真相は何ひとつとして分かっていない。










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