【連載小説】子どもたちの眠る森
青いひつじ
第1話 僕らの国
ご挨拶
みなさま初めまして。この物語を見つけていただき、ありがとうございます。私は今、みなさまがこのページを開いてくださったことに、大変感激しております。なぜならこの物語は、私がこの世で最も愛する、とても大切な物語だからです。
1920年。ヴァレーダ陸軍がタニル国の訓練基地を襲撃したことから戦争が始まった。ヴァレーダは空から爆弾の雨を降らせ、タニル国を崩壊に導いた。しかし2年間続いた悲惨は戦争は、ある日突然幕を閉じた。タニル国は国民の3分の1を失い、人口は150万となった。国土の半分は、ヴァレーダとその同盟国に占領されてしまった。
特に北の被害は甚大だった。それでも戦後、北エリアの復旧は進まなかった。それどころか、国王は残された土地だけでも守ろうと、国の中心に壁を建て、北と南を分断した。次第に建物だけでなく、取り残された人々の心も壊れていった。王政に対して怒りを募らせた人々による暴動が北区全域で勃発した。壁を越え南に行こうとした人間は、警備隊により容赦なく撃ち殺された。日に日に完成していく壁を、ただ、見つめることしかできなかった。北のエリアには今も多くの人が暮らしている。
しかし同じ国でありながら、北と南では街の様子だけでなく、漂うにおい、空の色、人々の目つきまで、全てが違っていた。
北のエリアはセラタ地区と呼ばれる、貧しい人々が暮らす退廃地区である。北エリアの半分以上が農地となった。セラタ地区の大半が農家として野菜や果物、豚や鶏を育てている。そこで作られたもののほとんどはクオーレ地区に送られた。
風で飛ばされそうな簡易的な小屋が立ち並ぶセラタ地区には、水は通っていない。子どもたちは地面が焦げ付く猛暑の中、川に行き、タンクに3日分の水を蓄え暮らしている。国唯一の廃棄物焼却炉はセラタ地区の中心にあり、煙突から垂れ流される重たい黒い煙のせいで、空気は常に濁っている。明日食べるものがあるとは限らない。その辺で横たわっている人々は、生きているのか死んでいるのか分からない。街を彩るのが優しい色の花だったら、どれだけよかっただろう。道の脇はゴミ溜めとなっていて、まるで、世界中の苦しみを詰め込んだような地区だった。
南のエリアはクオーレ地区と呼ばれる、先進的な鏡張りのビルが建ち並ぶ経済地区だ。
ここには、上流階級の国民が暮らしている。
クオーレ地区には、ラゴマジョーレという、大きな湖のように水をたんまり溜めたプールがある。ダウンタウンパルコという広い公園には、色とりどりの季節の花が植えられる。人々は週末になると飼っている犬を連れ、家族と幸せな時間を過ごす。朝になれば今日はどんな服を着ようかと、セラータ地区の小屋ふたつ分のクローゼットから洋服を選ぶ。
朝食にはサンドウィッチとオレンジジュースが並ぶ。寝坊した子どもは食べずに学校へ行ってしまい、残されたサンドウィッチは、当たり前のようにゴミ箱へと消えていく。
セラタ地区の人々は言った。あっちの人間に我々の苦しみ悲しみが分かるものか。あいつらがこの国をおかしくしたんだ。欲まみれの汚い成金どもめ。この壁を壊して、いつかその地を占拠してやると。
クオーレ地区の人々は言った。私たちはこの国の復興を願い必死に努力してきた。夢や希望をもつことを放棄した者は、もはや人間ではない。あいつらは呼吸をするだけでこの国を汚し続けるお荷物だ。セラタ地区をこの国から切り離せと。
物質だけの格差だったはずが、人々の心の溝までどんどんと深まり、国をひとつに戻すことは不可能となってしまった。
そしてもうひとつ、セラタ地区の人々が王政に不信感を募らせたのは、とある事件が原因だった。
終戦から1年ほど経った頃から、セラタ地区では不可解な誘拐事件が起きている。誘拐されるのは決まって、セラタ地区の子どもか若い女性で、ひと月にふたりづつ姿を消した。
そして失踪した数日後、切断された右足だけが「中央の森」で見つかった。
「中央の森」とはセラタ地区とクオーレ地区の境界にある森で、警備隊に許可証を見せれば誰でも入ることができる。森を出てすぐのところに役所があり、役所に書類を提出しに行く際や、警察がセラタ地区への巡回へ向かう際にここを通ったりする。この森にだけ壁がなく、ふたつの地区を行き来する唯一の手段となっているが、簡単には通れないようになっていた。
ある日、セラタ地区の商人が役所へ向かうため、中央の森へ入った時だった。木から糸で吊らされた何かを見つけ近づいてみると、人間の右足だったという。それも、小さな子どもの足だったらしい。足には黒い文字で"これを見つけたら、ここに住所を刻め"と書いてあり、商人は持っていたナイフで住所を刻んだ。
すると数日後、男の家に手紙が届き、開くと地図が書かれていた。そしてその場所に行くと、袋に入った金銭が置かれていたという。
それはセラタ地区で生きていく分には充分な金額で、男はその後仕事を辞め、妻と子どもと、何不自由ない暮らしているという。
この事件の噂は一瞬にして国全体に広まった。
5年前から始まり、現在60人以上の失踪者が出ているが、なぜか警察はまともに調査しようとしなかった。
我が子を誘拐された家族は、捜索依頼をしたが、警察は「敵国の侵入者に誘拐されたようです。人命の救助に最善を尽くします」と告げるだけだった。
次第に関心は、後日送られてくるという大金に移っていった。誘拐事件だと恐れていたのは初めだけで、人々はその大金を"神の恵み"と呼ぶようになった。商人たちは"足を探すゲーム"と名づけ、まるで宝探しのように楽しんだ。しかし、とある年配の独り身の商人が足を見つけた時には、その手紙は届かず、金銭を手に入れることはできなかったという。誘拐される人数も最近はバラバラになってきた。
混乱する人々を遠くから嘲笑う誰かがいるような、そんな気がしてならない。
それにしても不思議な事件だ。誘拐されるだけならただの誘拐事件となるのだが、なぜ大金がばら撒かれるのか。
地球外生命体が連れ去っていった。クオーレ地区の誰かが始めた金持ちの暇つぶしだ。セラタ地区には敵国からのスパイがいる。どこかの組織の回し者による仕業だ。
いろんな噂が出回ったが、真相は何ひとつとして分かっていない。
これがタニル国というところで、僕が住んでいるのは南のクオーレ地区である。
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