第一章 教室で缶ビールをあおるJKはヒロインですか?⑤
木々が葉を落とし、吹き抜ける風がやけに乾いている、そんな秋だった。
照明は付いているのに、教室の中はやけに薄暗い。彩度を失ってしまったかのような世界に閉じ込められていた。
「確かに俺だって悪いですよ! でも、こいつだって俺のこと殴ったし。暴力は何よりも悪いっていうじゃないですか。なのに、俺ばっかり怒られるのはおかしいと思わないんですか?」
何だか、酷く吐き気がして。何かを言わなければいけないのに。
息苦しくて、呼吸するので精一杯だった。
「今だって自分がカワイソウなんです――って面して黙ってるし。こんなの卑怯じゃないですか……っ。俺は自分の非も認めてるのに。こいつは、自分はなーんにも悪いことしてないって。そんなんありなんですかっ」
目の前の少年は頬を上気させて、目には涙が浮かんでいる。その表情を見ていると、自分が大罪を犯したかのような気分になる。
息が詰まって、ますます何も言えなくなる。
「太郎に非があるのは分かります。けれど、太郎は自分の非を認めて反省しているのに、雛田くんからは一回も謝罪の言葉をいただいていませんよね?
確かに、無視や悪口はありましたけど、そちらは暴力を振るっているんですよ? 完全な被害者じゃないんですよ! 大体、喧嘩ぐらいで不登校になるなんて……」
捲し立てるように、目の前の女の人が叫んでいた。隣でまあまあと声をかける先生は眼中にないようだ。
この人たちは今までのことを謝りたいと言って、無理やり話し合いの場を設けたのだ。麻琴は学校に行くことは嫌だったのに無理して頑張った。なのにどうして怒られているんだろう。
だから言ったのに、会いたくないって。それなのに、母さんがとりあえず話だけ聞いてみようっていうから……父さんも同席するからって。
(父さんは何をしてるの。何とか言ってよ!)
隣でじっと黙っている父親に内心毒づきながら、麻琴は膝の上の拳をぎゅっと握った。
「確かに、暴力はよくないですよね……なあ、麻琴。謝ろう?」
目の前にいる父親は、駄々をこねる子供に優しく説き伏せるように、そう言った。
「いやだ……」
相手が何言っても、俺だけは味方だから、って言ったじゃないか! なんで肝心なところで、あいつらの味方をするんだよ。
例え、僕が悪くても、父さんだけは僕の味方をしてよ。
「麻琴」
嫌だよ! あいつら集団で気持ち悪いだの、頭がおかしいだの言ったんだよ!
給食を食べるのが遅いぐらいでそんなこと言うやつに、どうして謝らなきゃいけないんだよ!
「っ、嫌だ……」
「麻琴! 頼むよ……」
「無理だよ……」
麻琴は小声でそう呟いた。父さんがこれで諦めてくれることを願って。
「一生ここでうずくまっている気か!」
乾いた教室の空気に声がよく響いた。麻琴は肩を震わせて、咄嗟に父親の顔を見た。
いつも笑っているあの人が、今日は目を釣り上げて怒っていた。何ヶ月もクラスで一人ぼっちだったことよりも、なぜかこの一瞬が鮮明にこびりついている。
「ごめん……」
もう誰の顔も見られなかった。机にうずくまるようにして、ただ泣いていた。会話は打って変わって和やかに進行していた。
いつの間にか麻琴と父さんだけになった教室で、父さんはにこやかに言った。
「頑張ったな! いや、父さんも麻琴だけが悪い訳じゃないことは分かってるんだ。でも、大人の社会ではな――」
小学校六年生の秋のこと。その後、麻琴が小学校に行くことはなかった。
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