代理聖女の(仮)想い人~好きな人がいると言ったら、最強騎士様に迫られました~
ねずみもち月
0.代理聖女の誕生
ひどい高熱を出した双子の妹が、帰ってきた。
「魔物と真っ向から対峙したと……!」
「聖女に戦う力はない! 魔導騎士どもはなにをしていたんだ!」
「早くお部屋に運んでさしあげろ!」
ディミエ家の屋敷は上を下への大騒ぎだ。あちこちで怒号が飛び交い、使用人が走り回る。
レミレルーアは、寝室へと運びこまれる妹のユティアーヌをただ見送ることしかできなかった。腹のなかがぐつぐつと煮立っている。一歩でも動いたら、それがすべてあふれてしまう気がした。
「レミレルーア、おまえの力で浄化をしてやってくれるか。多少は効くやもしれぬ」
玄関ホールに立ちすくんだレミレルーアに声をかけたのは、彼女とユティアーヌの父、カグレス・ディミエだ。その顔には焦りの色がにじんでいる。
「わ、わかりました。お父さま」
慌てて頷いて、レミレルーアは運ばれていったユティアーヌのあとを追いかけた。
「輿入れを三日後に控えているというのに、どうすれば……このままでは、ハルバス家に顔が立たぬ……」
背後から聞こえた父の嘆きに、ぐっと唇を噛んだ。腹のなかで煮えた怒りが父に向く。ユティアーヌの心配より、家の心配か。娘の心配はしないのか。
魔導騎士の家に嫁いだ聖女は、家を支える……のではなく、夫について任地へ赴き、魔力の酷使で溜まった澱みを浄化するのが務めだ。
聖女と魔導騎士の間には、専属聖女という契約方法が存在した。
澱みの浄化は聖女にしかできない。
浄化できる聖女は一定数しかいないのに、騎士たちは何度も繰り返し、澱みを抱えて任地から帰ってくる。繰り返しということは、ひとりで二回も三回も聖女に浄化を求めるということだ。派遣されているフリーの聖女たちの浄化の力が追いつかないこともしばしばだった。
そのための、専属聖女である。
任務先で契約をして、現場を共にしたときに、浄化を施す・施される相手をひとりに定め、澱みの浄化の効率化をはかる騎士や聖女は多い。
レミレルーアも何度か持ちかけられたことがあるが、すべて断ってきた。レミレルーアに限っては、不特定多数の騎士を大勢浄化する方が効率がいいからである。
閑話休題。
貴族たちの間では、この専属という言葉を、婚姻に結びつける者が少なくなかった。そこで、婚約をもって専属聖女の契約とする新たな契約方法が交わされるようになる。
内実は変わらない。専属聖女が浄化を施す騎士が、ただの仕事相手から夫という名前に変わるくらいである。
妹のユティアーヌは、夫のための聖女として、ベルンハルト・ハルバスのもとへいくはずだった。今回、魔物との争いが絶えない土地へと派遣されたのも、花嫁修業の一環だ。ユティアーヌが安全に浄化の役目を全うできるように、幾人もの騎士に守られていた。
それがどうして、こうなってしまったのか。
安全なはずではなかったのか。
ユティアーヌを護っていた魔導騎士たちは、誰ひとりとして帰ってきていない。
「ユティアーヌ、大丈夫!? 効くかはわからないけど、いまありったけの力を送ってあげるから!」
レミレルーアが足音も荒々しく部屋に飛びこむと、寝台を囲んでいた侍女たちがさっと場を開けた。レミレルーアは寝台の傍に膝をついて、息の荒いユティアーヌの手をすくう。
ひどく、熱かった。
このままからだが溶けだしてしまうのではないか、そんな錯覚にとらわれて、レミレルーアは握った手に力をこめる。
ぼう、と白い光があふれた。かたちを変えながら空へ登っていく泡のように、光はふわふわと舞いながらユティアーヌの手を包む。
聖女の力である。レミレルーアはユティアーヌとは違って、要請に応じて、あちこちの土地へ向かうフリーの聖女だった。
眉根を寄せたユティアーヌが、うっすらと目を開いた。
「レミィ……」
焦点の合わない瞳が、レミレルーアに向けられる。
「あたし、ベルンハルトに……」
「大丈夫。彼だってきっとわかってくださるはず。ユティは気にしなくていいのよ。仕切り直すことなんていくらでもできるんだから。いまは気にしないで、回復につとめなさい」
「だめ……三日後なのよ。行かなきゃいけないの」
ユティアーヌがしきりに首を振る。
彼女はベルンハルトに嫁ぐことを心待ちにしていた。悔しいのもわかる。しかし、寝台から起き上がれないような状態では、嫁いだところでなにもできない。浄化もできない状態で任地へついていっても、ただ足手まといになるだけだ。
それでは、聖女の意味がない。
「最初の任務を遅らせることは無理かもしれないけど、次の機会でユティも彼と一緒に行けるから。ろくに動けないでしょう」
「だめなの! あたしが行かないと。それも、いまじゃないと!」
今度はレミレルーアが眉をひそめる番だった。
ユティアーヌはどうしてこんなに頑ななのだろう。握った手は相変わらず火傷しそうなほどに熱い。顔色だって酷い。苦しいはずだ。それなのに、彼女が口にするのは、三日後に自分が嫁ぐはずだった家のことばかりである。
(ユティ、そんなにベルンハルトさまのことを……)
つきり、とレミレルーアの胸が痛んだ。
繋がれたレミレルーアとユティアーヌの手を中心に、部屋に漂っていた浄化の光が、ふっと弱まる。
(いけない、しっかりしなくちゃ)
慌てて首を振って、邪念を追いだした。緩んだ浄化の力が、ふたたび盛り返す。
どれほどそうして、ユティアーヌに力を送り続けただろう。
ユティアーヌの息が少しだけ落ち着いて、レミレルーアの額に汗がにじみ始めた頃だった。
「ユティアーヌ、レミレルーア。少しいいか」
寝室に入ってきたのはカグレスだ。難しい顔をしている。
「ハルバス家からの使いだ。三日後からの遠征の行き先は、ニュアージュの地だと」
「ニュアージュ……」
レミレルーアは、反射的にユティアーヌを見た。なにを隠そう、ユティアーヌがこんな目に遭ったのは、そのニュアージュの地でのことである。
「ユティアーヌを護っていた騎士が全滅したくらいだ。絶対になにかある。ベルンハルトに聖女をひとりもつけずに行くことはできぬと申してきた」
「でも、ユティアーヌは……」
見ての通りである。先ほどよりは幾分かマシになったとはいえ、とても聖女の仕事なんてできる状態ではない。
しかし、ユティアーヌは布団を剥いで、身を起こそうとした。侍女たちが慌てて止めに入る。なかば寝台に押しつけられた体勢で、ユティアーヌはカグレスを見上げた。
「い、行けます! あたし、行けるわよ、お父さま」
「ならぬ」
「でも、ベルンハルトの婚約者はあたしよ!」
「一時的に、代理を派遣するしかあるまいよ」
父の言葉に、ユティアーヌが黙った。レミレルーアと同じ紫水晶の瞳。それが、ゆっくりとレミレルーアに向けられる。
カグレスも同様に、レミレルーアを見ていた。
それで察した。理解してしまった。
この状況で、ユティアーヌがどうして輿入れにこだわったのか。意地でも三日後に嫁ぐと言い張ったのか。
「レミレルーア、おまえが行きなさい。ユティアーヌが回復するまでの間、ベルンハルトの聖女として」
こうなることが、わかっていたのだ。
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