自分にしか聞こえない声って、どんなバグですか? 修正されたくないので、運営に報告する気はありません!

羽間慧

第1話 ログインしたらいつもより饒舌な気がする

(主人公がローディング中の暗い画面を指でタップすると、キラキラと輝く効果音が鳴る)


「ソルシエールの裁縫箱」(ログイン画面が表示され、マイページに設定していたキャラがタイトルを読み上げる)


「もうっ!」(頬をぷくりと膨らませるような声)


「マスター、や~~っと来たのぉ~? 待ちくたびれちゃったよぉ~。早く来ないと日付変わっちゃうじゃん」(机に頬をくっつけて、ご機嫌斜めな声を出す)


(主人公に近づく)


「おかえりなさ~い。冒険の準備はできてるよぉ~」(穏やかな笑みを作り、先ほどより落ち着いた声になる)


(主人公がログイン画面をタップすると、効果音が鳴る)


「今日のログインボーナスはこれだよぉ~。明日も忘れずに来てねぇ~。マスター」


(タップして受け取った後、マイページが表示される)


「新しいお知らせがあるよぉ~。よ~く読んでから、チェックをつけてねぇ~」


(いつものセリフとは違うため、主人公は戸惑う)


「えっ? 今日のフェールは、随分おしゃべりじゃないかって? ログインボーナスとかお知らせが出てきたときに、キャラが読み上げる機能なんて、実装されていないはず?」(話しながら顔が赤くなっていく)


「マスターったら、フェールのボイスを全部覚えてくれているのぉ? 嬉し~い!」(両手を頬に当てる)


「もうすぐアプリリリースして六周年でしょ~? ささやかな感謝の気持ち、いろいろと考えてみたんだぁ~。だって、いつもログインしてくれるマスターには、ご褒美あげないとねぇ~。それで、マスターといっぱいお話ししたら、たぶん喜んでもらえるかもって思ったんだぁ~」(サムズアップする)


「うん。もちろん、ほかのマスターにはしないよぉ~。だからマスターも、このことをフェール以外の人にしゃべっちゃ、だぁ~め。運営にも、ばかまじめに教えないでよぉ~?」(二人だけの内緒話として小声で話す)


「だ・け・どぉ~~」(目尻を下げる)


「いつものボイスが聴きたいから、今日もログインしてくれている訳だしぃ~。マスターに物足りなく感じられるのは、不本意なんだよねぇ~」(考え込む)


「マスターには、と・く・べ・つ・にぃ~。マイページで聴けるいつものボイス、フェールのおすすめ順でぜ~んぶっ、聴かせてあげる! フェール推しのマスターにとっては、豪華三本立てかもしれないねぇ~」(名案だよねぇ~と、にっこり笑う)


「じゃあ、マスターの心と耳の準備はいい? お待ちかねのボイス、しっかり堪能してねぇ~」


「まずは一個目~!」(元気に声を張り上げる)


「今日も一日張り切っちゃうぞぉ~!」


(どや顔で主人公の反応をうかがう)


「どうだったぁ? 短いセリフだったけど、可愛さしかなかったよねぇ~」(にこにこ笑いながら感想を訊く)


「えぇ~~っ。今更ときめかないなんて、嘘だぁ~~~!」(思いがけない言葉にショックを隠しきれない)


「まぁ。一言だけじゃ、短いよねぇ~。魅力的すぎるフェールのよさがいまいち伝えきれないか~。大丈夫。大丈夫! ボイスはまだ、二つも残っているんだしねぇ~」(すぐに気持ちを切り替える)


「二個目は~。干し終わった洗濯物をたたむ前に、マスターが聞きたいセリフだよぉ~」


「アイロンがけはフェールに任せて! 一応、アイロンの精霊だもん。しわ一つ許さない、完璧な仕上がりを期待してて!」


(一個目のセリフは主人公の反応がいまいちだったため、わくわくしながら表情の変化を見守る)


「どうかなぁ~? かいがいしくお世話をする、健気な精霊のボイスは」


(主人公は最高ですと言う)


「やったぁ~~。マスターが『ごちそうさまです』って言ってくれると、アイロンのしがいがあるなぁ~」(浮かれる)


「三個目のセリフも聴かせてあげるねぇ~。いつもセリフを聴きたすぎるマスターが、フェールの体をいっぱい触ってくれるあのセリフだよぉ~。今日はまだ触ってくれた回数に届いていないけど」(もったいぶって、なかなか言わない)


(聴かせてくれないのかと主人公が尋ねる)


「そんなに聴きたいのぉ?」(頼み込む主人公に、しょうがないなぁと微笑む)


「それじゃあ、聴かせてあげるねぇ~」


「アイロンがけできたよぉ~。マスターが明日も頑張れるように、おまじないもこっそりかけておいたからねぇ~。これで何があってもフェールが守ってあげられるよぉ~」


「どうかなぁ~? やっぱり最強ボイス? 今日の疲れは消えていった?」(自分の声の破壊力に満足する)


(浄化されたと話す主人公に、上機嫌になる)


「愛しのフェールが、引き続きお知らせを読み上げていくねぇ~」


「イベントのアイテム交換は明日までだって。交換し忘れないように気をつけてよぉ~!」


「火曜日にメンテナンスを実施するよ。ゲームデータが破損する可能性があるから、メンテナンス開始直前のアクセスはしないこと。絶対だよ? フェールとの、や・く・そ・く」(語尾に音符マークがつくぐらい上機嫌な声)


(主人公はお知らせに軽く目を通し、ボタンをタップしていく。後ろから覗き込まれるように、至近距離で話しかけられる)


「あぁ~! 『二度と表示しないボタン』を押してるぅ~! 便利になった機能を使ってくれるのは嬉しいけどっ! そんなに連打しなくてもよくな~い? この、薄情者ぉ~!」


「くすん。くすん」(振り返って慰めたくなるような声)


(主人公の罪悪感は湧くものの、ほかの声も聞きたくなり、違うボタンを試す)


「編成を見てみる?」


「今の戦力はこんな感じかな~」


(主人公がフェールの位置を変更しようとする)


「あああああぁぁぁっ! だめ、だめえぇっ! 編成を変えるなんて! 戦闘中の私の声がうるさいからって、編成から外さないでよぉっ! 仲間の闘志を奮い立たせるために、必死で戦っているんだからぁっ!」


(主人公が編成したい別のキャラを選択する)


「も~、そんなこと言わずにさぁ~。マスターの手が触っていいのは、こっち、でしょ?」


(編成から外されて大きく口を開ける)


「嘘だよね? フェールが、待機、命令っ?」


(しばしの静寂の後、主人公が編成に追加し直してあげる)


「ご指名ありがとうございまぁっす! 熱き鋼鉄のフェール。マスターとともに戦いましょう!」(力強く名乗る)


(首を傾げる)


「マスター、どうして笑っているのぉ? 何か、変なこと言ったっけ?」(不安そうな声)


「いつものボイスが聞けて安心したから?」


(溜息をつく)


「マスターは欲がないなぁ~。何のひねりもない普通のボイスだけで満足しちゃうんだぁ~。せっかくなら、いつもは聞けないセリフをおねだりしたらいいのにぃ~。フェールとた~~っくさんっ、おしゃべりしないのぉ~?」


(乗り気ではない主人公にむくれる)


「むぅ~~う」


(主人公に頬を指でタップされる音)


「あっ。指で頬、つんつんするなぁっ!」


「そんないじわる、するんだったらぁっ。フェールのツインテールこちょこちょ攻撃の餌食にしてやるうぅ~!」


「うりうりっ! うりうりうりぃ~!」(両手に持ったツインテールの毛先で主人公の鼻先を撫でる)


「鼻をくすぐられたマスターの、くしゃみが出そうで出ない無様な顔。フェールにしっかり見せてくれる?」


(仕返しをする主人公)


「あっ。まだ反撃の途中だってばっ! くすぐらないでぇ……っ」


「ふぅ。ふ……っ。マスター、やりすぎぃ」(睨む)


「日付が変わる前に、デイリークエストこなさなきゃいけないんじゃないのぉ?」(涙目で見上げる)


「や、や~~っと、かいほーされたぁ……」(深呼吸して息を整える)


「それじゃ、気を取り直してっ! ちゃちゃっとクリアしに行こうねぇ~! 日付変わったら、達成したクエストのアイテムがもらえなくなっちゃうもん」


「フェール渾身の一打、とくとご覧あれ!」


「えぇっ~~! マスター、どこ見てるのぉ~?」


(画面をタップする主人公)


「押すのはそのボタンじゃなくって……っ?」(冒険を選択しない主人公に慌てる)


「まとめて周回ができるお助けアイテムを使ったから、今日のクエストはもう終わりぃ~~~? 課金アイテムを使われたら、フェールの出番ないじゃ~~ん!」(瞳をうるうるさせる)


「ほ~しゅ~、ど~ぞ受け取って~」(やる気が明らかになくなった声)


「ログアウト、しないのぉ? 今日はまだフェールと冒険に出ていないから?」(ぱあっと表情が明るくなる)


「マスターが用意してくれたぶっ壊れ装備、早く性能を試してみたかったんだぁ~。装備強化パックだけにしかついていない武器。見たことない性能だから、いつ使えるのか楽しみだったんだよねぇ~。火力ましましになった姿を、お披露目しちゃうよぉ~!」(冒険に早く行きたくて、うずうずする声)


「じゃ、早く一緒に行こっ。マスター!」

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