彼と彼との百合物語

HerrHirsch

その出会いは唐突に

 あめ。この時期にはそう珍しくも無い梅雨前線からの贈り物を、彼はぴちゃぴちゃと鳴る地面を踏みしめながら弾く。

 草花はその恵みを存分に受け取っているが、我々にとっては有難迷惑、彼女のプレゼントには返送先が書いていないから、致し方なくご近所さんへお裾分けする次第だ。


 水無月にあって、彼の心は抑鬱的な情景ばかりを訴えてきている。この長く伸びた薄紅色の髪も、湿気に苦情を言っている。

 今日ばかりは、水溜まりを避けられまいと、長靴にしてきたためにいつもの革靴も嫉妬しているだろう。

 皆の自分勝手さに、少しだけ苦笑いを浮かべて、彼はいつも通りの通学路を歩いていく。



 その雨水は、彼女の二束の三つ編みに絡み付いて、アスファルトの隙間へ滴り落ちる。道路に小さな鏡面を作り出したそれは、彼女の白い体躯を煽情的に映し出す。

 この雨中にあって、彼女の右手にあるビニール傘はくるくると回され雨水を飛ばすばかりであった。


 遠くフィリピンの地からやってきた白髪灼眼の美少女は、退屈そうな溜息を一つ吐いて、しっとりと濡れた頭上の生糸を舞わせ、まだ数度も通っていない公園の敷地へと入ることにした。




 このように文学的に描写してみるのもまた一興ではあろうが、それは我々の趣旨には合わないだろう。兎にも角にも、その2人の人間が雨雲の下に道を往く。そして、その出会いは唐突に起こった。


 1人の学生、それはである。最初に述べた、薄紅色の髪をした、女性のように見えるは、黒のパンツに半袖のワイシャツ、そして赤いリボンという実に性別のはっきりしない服装を纏っていた。

 何を隠そう、彼はいわゆるであって、そのために敢えてどっちつかずの恰好をしているのである。

 彼は通学路の途中の公園を横目にした時、鬱々とした気分を晴らす先を見つけることになった。


「鹿さん…?」


 その先に居たのは、一匹の牡鹿おじか。立派な角を生やした、白い斑点が薄茶色の毛にアクセントを加えている、くりくりとした目の鹿に他ならなかった。

 彼女は、その牡鹿のもとへ興味本位で近付いていく。それは彼女の陰鬱を吹き飛ばすためだったかもしれないし、あるいは単純に彼の可愛いものが好きという後天性の嗜好が働いたのやもしれない。


「なでなでしてもいいですか?」


 目線を下げて、傘を左手にしながら右手をゆっくりと伸ばす彼。すると、牡鹿はゆっくりと寄ってきて彼の右手に頭頂を擦り付ける。


「はわわわ…積極的な鹿さんですぅ…」


 怯えながらに牡鹿を撫でる彼。その顔は、みるみるうちに恍惚とした官能的な表情へと移ろっていった。


「きゃわわわ…ずっとこうしていたいですぅ…」


 その感触を右手に焼き付けて、彼が惜しみながらも別れを告げようと立たんとした時、


「うげっ…」


 という、何とも間抜けな、しかし可憐な嘆きが彼の耳に届いた。


「およ?」


 そのまま動作を止めずに牡鹿から手を離して立ち上がると、そこには、彼と同じワイシャツに袖を通した、水が物理的に滴っている美少女、と言っても彼より20cmばかし背は高い白髪灼眼の天使が、そこで片足を無造作に上げて――


「ちょ、パンツ見えてま――」


 紺色のスカートは捲れ上がり、その下の純白の下着に


「……ち〇こ……???」


「え?」


 ……これが、二人の出会いであった……。

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