封筒と赤い文字の話
汐二
封筒と赤い文字の話 前編
僕とその
高校を卒業してから一度も連絡を取り合っていなかった友人の井口から、「話したいことがあるんだが、久し振りに会わないか」と。
電車に
マルチ商法や宗教勧誘の
だが、井口に限ってそんなことはないだろう――ないと思いたい。
となると、話したいこととはいったいなんなのだろうか。
「これどう思う?」と井口が持ってくる話題は、なかなか興味深いものであった。今考えると馬鹿らしいことばかりだったが、特別な視点でものごとを考えている。悪く言えば、
壺を売られる覚悟をほんのひと
十日後の夜、ここに住む誰もが知っている待ち合わせスポットに向かった僕は名前を呼ばれた。こういう
「おお、井口。久し振り」
「久し振り」
だが、晴れやかな笑顔が浮かんだ僕とは対称的に、井口は申し訳なさそうな表情を見せてきた。
「すまんな、急に」
「
そして、酒の話。思えば十八の春から話していない僕たちは酒を交えたことがない。僕は弱いものでも一、二杯飲めばかなり気持ちよくなってしまう
「あそこの日本酒、ええのがそろってるんやけどな」
「すまんね」
人通りとキャッチを
「お客さんいっぱおるのに、カウンターやなくてええの?」
「カウンターやと他人の目があるからな」
首を傾げそうになる。不特定の人間に聞かれたくないほどの内緒話なのだろうか。
ひとつ過ぎったのが、いわゆるグループ――先述した僕たちの友人の話ではないかということだ。誰かが結婚したとか、はたまた亡くなったとか、あり得ない話ではない。しかし、だとすると用件が書かれてなかったメッセージという謎が残る。それくらいなら文字にしてもいいはずなのに、結局最後まで教えてくれないままだった。
席に着いて、井口は生ビールを、僕はレモンサワーを頼む。
「ビールは苦手なんや」
「俺も最初に飲んだ時はなんやこれと思ったけど、仕事し始めてから味が
「しゃあないやろ。苦すぎるし」
数年間のブランクがあったとは思えないほど、意外と話すネタに尽きない。乾杯に始まり、おつまみを
井口から話題を変えさせるのも
「それで、話したいことってなんなん? そろそろ教えてくれ」
「ああ……」
妙な間。
何故だか、このまま話さずに解散できればよかったのにと思っているように、僕は感じてしまった。
井口は決心したような表情を見せ、鞄を探る。そこから取り出したのは一枚のクリアファイルだった。茶色の何かが挟まれている。それを僕に渡してきた。
「ダイレクトメール……?」
A4紙を縦に半分にしたくらいの茶封筒だった。料金
「裏返してくれ」
「裏?」
おもむろに反対を向けると、赤い模様が目に飛び込んできた。文字のようだ。
「なんやこれ……? こ、こ、か、ら、だ、し、て……?」
ここからだして。
ここから、
だして。
僕は「なんやこれ」と繰り返し、その七文字を改めて確認する。
配列は整っているとも
いずれにせよ明らかなのが、これが機械で
赤いインクで……?
「どう思う?」
井口のひと言で現実と一瞬の過去が重なり合う。あの頃の井口はこうやって僕たちに問うてきたのだった。とはいえ、気の
「判らん。中身を出して読んでくれということか?」
「その送り主がか?」
確かに有名企業がそんなことをするはずがないだろう。もし発覚すれば大問題だ。
「なりすましかもしれん」
「手が混みすぎや」
だが、そうではないとなると、
「いたずら? 誰かがポストの隙間から
誰がわざわざこんなことを――などと反論を受けると思っていたが、井口は意外にも、
「俺もそうやと思ったんや」
そして、再び鞄に手を入れた。
「一回だけならな」
同じようなファイルがもう二つ、僕に手渡される。さっきとはまったく別もので、サイズや色も異なっている。だが、やはり裏面には、
ここからだして。
赤い文字で。
「それが最初のから三週間後、そっちがさらに二週間後に届いてたやつや」
「三週間後と二週間後?」
ならばと思って月並みな推測を
「今日はもう三週間すぎてる。カウントダウンみたいになってたわけやない」井口はかぶりを振る。「それよりも問題は犯人や。ただのいたずらやとしたらおかしなことになるやろ?」
「おかしなこと」
「まず、犯人がこの封筒を作ったわけやないことは認めてくれ。やとすると、犯人は封筒が
井口は僕に挑戦状を叩きつけてきた。だが、これくらいは朝飯前だ。
「犯人は一ヶ月以上ずっと井口の家のポストを見張ってたということになる」
「ああ。いたずらというよりこれはもうストーカーや。だが、ストーカーが犯人だと考えると、今度は『ここからだして』というメッセージに違和感を覚えるやろ?」
「仮に井口のストーカーだとして、封筒に赤い文字を書くだけというのも妙な話やな。他に――封筒以外に接触があったわけでもないんやろ?」
ここでないと言われれば、無理矢理にでも理解不能な愉快犯として片付けることができていたのかもしれない。しかし、井口は
「……何かがおるような気がするんや」
「何か?」
言葉づかいに引っかかりを覚える。
「実はな、三ヶ月前に引っ越したばかりなんや。しばらく名古屋の方に勤めてたんやけど、転勤に伴ってこっちに戻ってきた。まあ、一人暮らしが長いんで、実家には戻らんことにしたけどな」
「そんで?」
「赤い字の書かれた封筒が届き始めたの、引っ越してからなんや」
「それが、何か関係してるのか?」
いや、何かが関係しているかもしれないから言っているのだろうが、残念ながら僕には繋がりが判らない。
「何かが引っ
「……気味の悪い話や。まるで井口らしくない」
「そうか。だが、俺はもう、このことと封筒の件とが何か関連があるとしか思わなくなってしまってる。あのアパートに何かが
もともとそこまで飲んでいないのもあるが、急な話の展開に酔いはすうっと
「井口、本当にらしくないぞ? 幽霊なんて信じるような性質じゃなかっただろうに」
「おかしいのは判ってる。だからお前に聞くことにしたんや。久し振りに会って話したかったのは
「助けるって……」
「俺だって幽霊を信じたいわけではない。やけど、あの部屋がそうさせてくれへんのや。お前には幽霊なんていないと俺を納得させて欲しい」
頼む――と、井口は繰り返した。
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