第58話

「ユウカ…ごめん」


 ボクは何をしているんだ。ユウカは何も悪く無いというのに。つい、彼女を避けてしまった。去り際の彼女の傷付いたような表情を思い出し今更罪悪感に苛まれていた。


 言い訳になるがユウカとの再会を待ち望んでいた。ユウカが虚ろの庭ホロウ・ガーデンでの訓練をしていたようにボクも虚ろの庭ホロウ・ガーデンで訓練して一年振りにユウカに会う。胸が躍らない訳が無かった。だって訓練中、ずっとユウカに会いたかったのだから。ユウカを守る為に強くなろうと全力で訓練に挑んだ。ノワール殿の訓練は厳しい物だったが彼女を思えばどんな訓練でも耐えられた。むしろ、彼女と共に歩む為に強くなれるなら嬉しかったのだ。


 だからこれはボクの問題だ。夫婦生活というものに対しての意識が少し変わった。それだけだ。


 切っ掛けは訓練の休憩時間にノワール殿に夫婦生活について大切な事を聞いた。ノワール殿は


「やはり伴侶を信頼出来るかが大事だな。それと夫婦間の会話や触れ合いも必要だ。疑念は溝を生み出す。その溝が深くなれば疑心暗鬼になり全てを信じられなくなる。そうなれば終わりだ。そうならぬように日頃から自身の気持ちを伝え、相手が気持ちを伝えられる信頼関係が重要だ。その為には日頃からの会話や触れ合いが大事になってくると言う訳だ。何気ない日常に感謝の気持ちを忘れず相手に伝える事だな。記念日にはちょっとしたプレゼントを送るのもありだ。いずれにせよ結婚生活は小さな積み重ねによって成り立つもの。それを欠いてはいずれ破綻する」


「ふむふむ、なるほど。やはり普段からのコミュニケーションは大切だな」


 ここまでは良かった。ボク自身が重要だと思っていた事だ。改めてユウカに感謝を伝えて行こうとそう感じた。ただ、次の言葉が問題だった。


「後は夜の相性だな」


「…?夜の相性?」


「勿論、夫婦間の営みである性交渉の事だ。自分勝手なやり方では嫌われると聞く。魔力の相性は身体の相性に比例する。アルバートとユウカ殿の魔力の相性は最高だが独善的な行為は夫婦生活にヒビが入る一因となる事を心得よ」


「夫婦間の営みか…。ボクは経験が無いからな。どうすれば…」


「まぁ、何事も経験だ。最初から上手くいく訳では無い。それこそ最初は手探りになるだろう。ただ、相手の意思を尊重するのは重要だ」


「分かっている。ユウカを傷付けるつもりは無い」


「ふむ。…では提案だが我の記憶を見せようか。我の転生体であるアルバートはいずれ一つになる。それが早いか遅いかの違いでしかない」


「…ちょっと待ってくれ。記憶を見せるというのはまさか…」


 嫌な予感がした。ここで会話を止めていれば。


「勿論ルミエールとの営みだが。とはいえ流石に映像を見せる訳にはいかんからな。音のみだが」


「断る!どうして他所の夫婦の営みを聞かせられなければならんのだ!」


「ハッハッハ。流石に冗談だ。我もルミエールとの蜜月を知られたくは無いからな。代わりにそうだな。初夜を迎えた際に緊張で動けなくならんようにそっちの訓練もしておくか」


「…?訓練ってどうやってだ。言っておくが、ユウカ以外の女性を抱く気は無いぞ」


「勿論、そんな不誠実な事はしないしさせるつもりも無い。ただ、ちょっとしたテクニックを教えるだけだ。どうする?」


「……」


 普通なら断ったかも知れない。でも正直ボクもそう言う事には興味がある年齢だ。だから魔が差した。


「…教えて貰えるか?」


「うむ。正直でよろしい。では教えるとしよう」



 こうして誘いに乗ってしまった。ためになったがユウカを意識し過ぎたあまりユウカの顔を直視出来なくなったという訳だ。我ながら身勝手な理由だ。落ち着いたらユウカに謝罪をしよう。そう思っていたのだが


「アルバート様!ユウカさんを避けた理由をお聞かせください!」


「アルバート様…」


 ユウカが二人執務室に入ってきた。正確には一人はルミエール殿が依り代とした分身だが。


 ルミエール殿と思われる方は少し怒ったような表情だ。ユウカの方は複雑そうな表情をしていた。どちらの表情もボクの身勝手なせいだ。ちゃんと話せとノワール殿から言われていたというのに。


「…すまない。ルミエール殿。少しユウカと二人きりにして貰えないか?」


先ずはユウカと話そう。愛おしい婚約者と。

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