私を愛したのはあなただけでした
波多見錘
戦争の代価
第1話 始まりの憂鬱
アインス・ベル236年―――キリスト暦1900年代から始まる世界大戦が終結した。
平和を謳いながらも、民間を殺し続け失うものを失うだけの地獄の戦いは、第九次までもつれ込み、最後には何も残らずに終わった。
それまでに装着型決戦兵器『ゼロ』が第二十四世代まで開発され、第八世代の時点で核爆発や放射能を無効化するまでに至り、もはや過去の遺物ともいえる核兵器は、戦場にとって児戯に等しいものとなっていた。
しかし、世界大戦は第四までと第五から先で勃発の理由が違った。
第四までは領土や国家単位での小競り合いに等しかったが、第五次から戦争の意味そのものが変わった。
世界が、月の命ともいえる『ルナタイト』―――それに秘められたエネルギーを求めて争い始めた。
ルナタイトはキリスト暦の間に行われた月面探査国より、月の地下から発見された石のことだ。それを採取した代わりに月は光を失い、数年の時をかけて崩壊した。
最初は気候変動などの危惧があったが、採取されたルナタイトが地球を守るように輝きを放った。地球が今のままを維持できるとわかった瞬間に、人々は安堵した。しかし、それから数年も経たずに戦争が起こる。
ルナタイトが惑星一つを守れるだけのエネルギーを秘めていたことが問題だったのだ。
そんな戦争はたった一手で終わった。
私が生み出した『カプリチオ』によって、敵国を―――いや、自分がよく見えるようにするのはよそう。私の住まう国以外のすべてを焼き払い、戦争は終結した。
だが、その威力は世界を―――いや、もう自国しかないか。国民を恐怖で抑圧することになった。
それではいつか反乱を起こしてしまう。
そんなことは想定していた。特に、これの生みの親である私と前国王は使用に反対していた。それでも強硬派はルナタイトを我が物にするために、国王を暗殺―――私も後ろ盾がいなくなり、カプリチオの最終調整をする以外になかった。
そんな私の末路は―――
「死ねー!」
「あんたのせいであたしの家族は!」
「悪逆非道の科学者め!」
磔にされ、罵詈雑言を浴びながら石を投げられている。
今の私にかけられている罪は、戦争犯罪―――私は、カプリチオを生み出したことで大量の人間を虐殺したとのことだ。無論、発射のスイッチを押したのは俺ではない。
だが、誰もその言葉を信じない。
開発者が俺であることは明確な事実であるし、それだけが問題なのだろう。
そりゃ、他国に家族がいるものもいただろう。焼き消した国の中には何の罪もない中立の国もあっただろう。
だが、その怒りは失った民衆の意思。ぶっちゃけてしまえば、その程度なら数年で事後処理は完了する。
やはり、最大のミスは強硬派の怒りを買ってしまったためだろう。
まあ、後悔はしていない。あの茹蛸のような無様な顔を見れたのは、少し自分の留飲を下げる結果になった。奴らのせいで、私は大事な人を失っているしな。
なにをしたかと言えば単純だ。
奴らが抱えていたルナタイトをカプリチオの発射地点―――地球の衛星の一つに置いてきた。
それも、宇宙へ出る手段をなくしてから。
ルナタイト設置後、国内にあるマスドライバーをシステム的にも物理的にも破壊。他国のものは無論国ごと焼き払っている。
事実上他国の技術者もいなくなり、強硬派がルナタイトを回収する手段を失った。それが奴らの逆鱗に触れたのだ。何度も死にたくなければルナタイトを回収して来いと言われたが、私はこの世界に何の未練もない。
もうこの国が―――この世界がどんな末路をたどるかは大体わかる。
結果のわかった未来に―――大事な人を失った世界を生きるなんて考えられない。
だから、戦争犯罪の汚名も甘んじて受け入れよう。たしかに殺戮兵器を作ったことに変わりはない。
罵声を浴びせられながら石を投げられる。それを丸一日続けたのちに、俺に銃口が向けられた。だが、国の頭たちはまだ俺に話があるみたいだった。
民衆に聞かれてはまずいのか、現国王が俺のそばに寄ってくる。
「死にたくないなら早くルナタイトを返せ」
「……悪いが、あれはあんたらの―――人類がどうこうしていいものじゃないんだよ」
「貴様!せっかく生き残れるチャンスを!」
「いいんだよ。私はお前たちと違って愛に生きた。その愛を受け取ってくれる人は、もう死んでしまった。お前たちのせいでな」
「なにを言っている?あれはクーデター……」
「いいんだよ。死に際に猿芝居なんて見たくない」
私の言葉に国王が顔を真っ赤にして、私の頬を殴ってくる。
それと同時に、後ろの射撃帯に命令を出し、現国王自ら処刑用の銃をとった。
「民よ!この男が先の戦争でのカプリチオを作った戦争犯罪者だ!これより、私の名のもとにこの男を処刑する!これが、私の最初の仕事だ!」
「「「うおおおおおおおお!」」」
私を擁護する者はいない。どのみちいたとしても反逆者として殺されるだけだが。
民衆の歓声が聞こえ、それかき消された銃声によって私の人生は幕を閉じる。
(ああ、王女殿下。申し訳ありません―――私は、科学で誰も笑顔にできませんでした……)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
私の名前はアシュレイ。姓はない。
この世界に生まれて、もう6年。悪逆非道の科学者と呼ばれていたのが懐かしい。
いい思い出ではないが、そこは気にすることではない。
確かに私はあの処刑で死んだ。だが、次に目覚めたときはこの世界にいた。
人々に憎悪の感情を向けられていたのに、急に布一枚の女が目の前に現れた時には驚いたものだ。
あまりに驚くことが多すぎて自分の置かれている状況を把握するのに2時間もかかってしまった。おそらく、私は生まれ変わったのだろう。こんなことが起きると、神を信奉しない私でも、神はいるのではないかと考えてしまう。
もしかしたら、神が私にやり直すチャンスをくれたのかもしれない。
生まれ変わってからおおよそ2か月で言語は理解できるようになった。読み書きも1年あれば覚えられた。齢1歳にして言語能力は、この世界で文官ができるまでになった。
まあ、生まれ変わる以前の知能がある。両親もある程度文字が読めて、その分の本がいくつかある。家庭環境に恵まれていたおかげで、そこらへんに苦労はなかった。
だが、あまりにも言葉を覚えるのが早く、両親に少し奇妙な目で見られるのはここだけの話だ。
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