桜の旅立ち

緑のキツネ

第1話 桜の旅立ち

 桜の花びらが全て散った4月1日、朝5時半にアラームが鳴り響いた。今日は君が旅立つ日。早く行かないといけない。急いで服を着替えて家を出た。


 午前6時を過ぎた頃、駅のホームで電車を待っている君を見つけた。改札口を通って、君のところに向かった。


「おはよう!」


 君は笑顔で僕に向かって挨拶してくれた。今日が君と会える最後の日かもしれない。たった1回しか会っていないけど、1年間、君とメッセージのやり取りをしたから、君のことは何でも知っている。


 君がわがままで、少し天然な所もあるけど、小説を書くのが好きで小説家になりたい夢を持っていることも全て知っている。だから、旅立つのは仕方ないと分かっているけど、寂しい気持ちの方が強かった。


「おはよう……」


「もうすぐ、お別れだね」


「うん」


 最後のチャンスなのに、何も言葉が出てこない。風の音と踏切の音だけが聞こえてくる。


「まもなく2番ホームに電車が――」


 君が乗る予定の電車のアナウンスが鳴り始めた。君に伝えたい事が沢山あるのに、言葉が喉を通らない。


「ねえ、初めてメールした日のこと、覚えてる?」


「うん」


 初めてメールをしたのは、去年の夏の話だった。




 


2023年8月1日

改めてこれからよろしくお願いします。やっぱりゲームのチャット欄よりメールの方が緊張しますね。ソラさんの事をもっと色々と知りたいです。これから、沢山話しましょう。よろしくお願いします。ソラさんはどこに住んでますか?


 元々、ゲームのチャット欄で色んな話をしていた僕達は、お互いのことをもっと知るために、夏休みに入る前にメールアドレスを交換した。


 僕のゲームの名前がソラで、君の名前がM。お互い、ゲームの名前で呼び合っていた。


2023年8月2日

 こちらこそよろしくお願いします。僕は、花霞市に住んでます。Mさんはどこに住んでますか?あと、Mさんは、小説を趣味で描いてるんですよね?どんな小説を書いてますか?いつか読んでみたいです。


2023年8月3日

 私は隣町に住んでます。偶然、どこかで会える日もあるかもしれませんね。私は、恋愛小説をよく書いてます。でも、ソラさんに読んでもらうのは恥ずかしいです。いつか書籍化した時に是非、読んで欲しいですね。今はまだ自信が無いので……。


2023年8月4日

 恋愛小説は僕も好きですよ。Mさんの小説、読んでみたいです。いつか、絶対書籍化してください!!ペンネームとかあるんですか?どんなペンネームか教えて欲しいです。


2023年8月5日

 ペンネームはまだ決めてません。趣味で書いてるだけなので……。でも、名前はそのままで苗字を少し変えるみたいな感じに憧れてます。


 こんな感じで始まったメールは、毎日続いた。初めは、君のメールを読むのを後回しにしていたけど、次第に君のメールが待ち遠しくなっていた。


 メールの着信音が鳴ると、すぐに見て返信する。そんな日々を過ごしていた。その事を友達の翔平しょうへいに話すと、


「それって恋じゃね?」


 と言われた。まだ、会っていないはずなのに、僕は君に恋をした。それからも何気ない会話が続いた。


2023年8月22日

8月24日に地元の近くで花火大会があるらしいので、良かったらソラさんも一緒に行きませんか?ソラさんにも1回会ってみたいです。都合が合えばよろしくお願いします。


2023年8月22日

花火大会良いですね。Mさんの住んでる地域なら、すぐに行けそうな気がします。予定は今のところ無いので、是非、一緒に行きましょう!!


2023年8月23日

本当ですか?やっとソラさんに会える!!本当に楽しみにしてます。ソラさんは、屋台の食べ物だったら何が好きですか?


2023年8月23日

こちらこそよろしくお願いします!!屋台の食べ物だったら焼きそばとポテトかな。明日が本当に楽しみだわ。


 2人で初めて会う約束をしていた花火大会当日、運悪く雨が降り中止になった。


2023年8月24日

雨で中止になりましたね……。せっかくソラさんと会えるチャンスだったのに。また、会える日を楽しみにしてます。


2023年8月24日

僕もMさんに会いたかったですよ。本当に悲しいです。でも、申し訳ないのですが、これから大学受験に向けて勉強に集中したいので、合格する日までメールのやり取りを中断しても良いですか?


2023年8月24日

そっか。大学受験の方が大切だもんね。頑張ってね。合格する日まで待ってるから。終わったら絶対連絡してね。待ってるから!!


 それからメールのやり取りは中断し、大学受験の勉強に専念した。時は流れ3月10日、第1志望校の合格が決まった。


 合格が決まった時、最初に連絡したのは、先生でも友達でもなく君だった。


2024年3月10日

お久しぶりです。僕の事、覚えてますか?ソラです。やっと合格しました!!待ってくれてありがとうございます。君の事をずっと考えながら勉強を続けました。これからは、いつでも会えます。近々、どこかで会いませんか?


 久しぶりに君に送ったメール……。もしかしたら、僕のことを忘れているかもしれない。不安が頭を過りながらも、パソコンの前で待ち続けた。


 その日の夜、君から3通のメールが一気に届いた。


2024年3月10日

え、、合格したの?おめでとーーー!!めちゃくちゃ嬉しいよ。私が君のことを忘れるはずが無いでしょ!!毎日、君のことを考えてたよ。本当に良かったよ。


2024年3月10日

私も実は君に伝えたいことがあるんだ。実は、趣味で書いた小説がコンテストで優勝したんだよ!!凄いでしょ!!将来、小説家デビューも遠くない話かもしれないよ。ペンネーム早く考えないといけないなあ〜


2024年3月10日

それで、大事な話があるんだけど、4月1日にこの場所から離れようと思ってるんだよね。小説の書き方をもっと勉強して、いつか書籍化出来るように頑張るよ。だから、君に会える日も少ないかも……。来週の日曜日は空いてるから、桜の木の下で会おうよ。


 君の書いた小説がコンテストで優勝するなんて……。僕よりも少し先に君は進んでいた。


2024年3月10日

来週の日曜は空いてます。13時に花霞公園で待ってます。


 それだけ送った。返事は返って来なかった。



3月17日、僕は花霞公園で君のことを待っていた。桜が満開に咲き乱れていた。風は少し強く、桜の花びらと共に、被ってきた帽子が遠くに飛ばされてしまった。


「帽子が……」


 公園の入り口に落ちてしまった帽子を取りに行こうとした時、僕の帽子を知らない女性が拾って僕に渡してくれた。


「風強いから気をつけてね」


「はい……」


 彼女は、僕の近くにあったベンチに座り、桜をずっと眺めていた。謎の空気感が漂い始めていた。もしかしたら、彼女が……。


 でも、違ったらどうしよう。彼女の方を見た時、彼女と目が数秒合った。


「初めまして。Mです。よろしくね!」


「は、、はい。僕はソラです。よ、、よろしく、、お願いします!!」


 いつものメールなら緊張しないはずなのに、君を前にすると言葉が詰まってしまう。君の姿は、僕の予想とは少し違ったけど、可愛い顔をしていた。


「桜、綺麗だね!」


「う、、うん」


「ねえ、徒桜あだざくらって知ってる?」

 

「徒桜?」


「桜って、こんなに満開に咲いてても、風が吹けば1日で散ることもある。それを徒桜って言うらしいよ。今日も桜が結構散ってるね」


「そうなんだ……。それがどうしたの?」


「人生も1度しか無いでしょ?だから、死ぬまでにやりたい事を全てやりたいんだよね。小説の書籍化も小さい頃からの夢だったし、アイドルにもなってみたいなあ」


「アイドル!?」


「生きてる限り、可能性は無限にあると思うんだよね」


「そうかもね……」


「死ぬ最後の一瞬まで、やりたい事をやり抜きたい。だから、まずは小説家になる夢を目指して旅立とうと思うんだよね」


「君は凄いね。未来がちゃんと決まってて……。僕なんか、まだなりたいものが何も決まってないよ」


「まだ先は長いから、いつかきっと良い夢に出会えるよ。コンテストで優勝できたのも、小説家の夢を叶えるために旅立とうと思えたのも全部、ソラさんに会えたからだよ」


「どういうこと?」


「私も去年の夏は、自分の夢を実現できるか不安だったけど、ソラさんが私の小説を読みたいって言ってくれたから、コンテストに向けて書くことが出来たんだよ。本当にありがとう」


「いや……僕は何もしてないよ」


「この後、用事があるからそろそろ帰るね!じゃあまた、会おうね!」


「うん……。またね!」


 帰り際、強い風が押し寄せてきて、桜の花びらが風に舞い落ちていった。人生は、徒桜のごとくはかなく短いもの。君のように何かやりたい事を早く見つけないと。


 


 そして、3月30日、君から最後のメールが届いた。


2024年3月30日

いよいよ明日だね。これから、忙しくなるからメールも出来ないかもしれないから、これが最後のメールになるかもしれません。今までありがとう。君と出会って、私の人生も変わった気がするよ。もう会えないかもしれないけど、私の人生を応援してほしい。明日の午前6時10分の電車で旅立ちます。必ず来てください。


 


 次の日、朝早く起きた僕は、急いで着替えて、君が待つ駅に走り出した。まだ、間に合うはず。君に最後の別れの言葉を伝えないと。


 君に僕の想いを伝えないと、もう会えなくなってしまう。初めてメールのやり取りをした日から、桜の木の下で会った日、僕は君の事が大好きだと確信した。


 午前6時を過ぎた頃、駅のホームで電車を待っている君を見つけた。改札口を通って、君のところに向かった。


「おはよう!」


 君は笑顔で僕に向かって挨拶してくれた。今日が君と会える最後の日かもしれない。


「おはよう……」


「もうすぐ、お別れだね」


「うん」


 最後のチャンスなのに、何も言葉が出てこない。風の音と踏切の音だけが聞こえてくる。


「まもなく2番ホームに電車が――」


 君が乗る予定の電車のアナウンスが鳴り始めた。君に伝えたい事が沢山あるのに、言葉が喉を通らない。


「ねえ、初めてメールした日のこと、覚えてる?」


「うん」


「あの日から私、ソラさんの事、好きだったよ。今までありがとう」


「ぼ、、僕もMさんのことがずっと好きだったよ。まだずっと一緒に居たかったし、色んな場所にも行きたかったよ」


「ありがとう。私、これから頑張るよ」


「ねえ、最後に君の名前を教えてほしい」


「私?私の名前は……。えっと、、徒桜美生かな」


「良い名前だね」


「君の名前は?」


「僕は北条宙ほうじょうそら。いつかプロのゲーマになってみせるよ」


「良い夢だね」


 目の前に電車が止まった。君は笑顔で手を振ってくれた。僕も笑顔で手を振った。いつか、会える日を楽しみにしてるよ。




 それから5年後、徒桜美生が書いた『徒桜』という小説が本屋大賞を受賞し、多くの人に読まれた。書店に行くと、『徒桜』が大量に並んでいた。


 その反対側の棚には、君と出会ったきっかけのゲームの最新作の攻略本が置かれていた。後ろのページには、北条宙の文字が書かれていた。

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