【完結】転生令嬢と捨てられ王子の辺境スローライフ

竜胆

第1話 天国と地獄らしい

 「……よって!貴様との婚約を破棄する!」


 広いダンスホールに響く通る声に私は騒動の渦中にある集団に目を向ける。

 誰もが遠巻きにする中、円形に空間が出来ていた。

 その中心には六人の男女が居て、剣呑な空気を醸し出している。

 私はそれをまるで劇を観るかのような呑気な気分になりながら視線を向けて、壁際に置かれた立食テーブルの側に立った。

 私の手には取り皿、取り皿に乗っかる山盛りのご馳走は許されたい。

 滅多に食べれない柔らかな肉や魚、珍しい異国の野菜をこれまた珍しい異国のスパイスで煮込んだもの、領地に帰れば食べる機会が次いつになるやら。


 今日の午前中にこの国の王侯貴族が通う学園の卒業式がありました、今は卒業を祝う筈の記念パーティー。

 皆綺麗なドレスやタキシードに身を包んでいます、私も王都に住む母の友人である子爵夫人が母のドレスをリメイクしてくれました。

 オレンジ色のフワリとしたドレスはとても可愛くてお気に入りです、例え壁の花だとしても。


 「あら、これカレー味ね」

 つい一人ごちたのは記憶の底に沈む懐かしい記憶を刺激する口に入れた芋の味のせい。

 私にはこの世界とは違う世界で生きた記憶がある、自分の名前も思い出せないけれど。

 転生したんだなぁと気付いたのは物心ついた頃、よくある異世界転生だからラノベやゲーム世界とか思ったけど、どうも違うらしいというか、こんな話も知らない。

 なら何かあるわけでもないし、家族仲も悪くはない、むしろ仲は良い方だろうし田舎住まいとは言え一応は貴族でそこそこの身分である男爵家。

 普通に生活するのに不便はないし、そのままなるようになるさと、今に至る。

 そして貴族なら通うのが義務の学園に入学し、今日目出たく卒業となる。

 明日は母の友人の子爵夫人にお別れの挨拶に行き、王都のお店でお土産を買ったらその足で領地に向かう。

 そんなのんびりとした晴れやかな気分を害する不快な騒ぎに視線を向けた。


 皆遠巻きに見ている。

 卒業すれば立太子されると言われている第一王子と傍らには性格が悪くて有名なピンク髪の女子生徒、彼女は確か私と同じ男爵家だった筈。

 その周りに居るのは宰相の子息に魔法院の院長の子息、近衛騎士団長の子息。

 皆一様に険しい顔をしている、その正面に第一王子の婚約者候補筆頭である公爵令嬢。

 あら?これってラノベにありがちな悪役令嬢にザマァされる流れ……あ、やっぱり公爵令嬢が反撃に出たわ。

 公爵令嬢の背後に立ったのはそれぞれ第一王子の婚約者候補たち。

 まあ、高位貴族は皆特別クラスに振り分けられ校舎も違うから顔を知ってるだけで直接話したこともないけど。

 だって私弱小田舎男爵家の令嬢よ?高位貴族なんて雲の上の人々よ。

 直接話すなんてありえない。

 そう考えるとピンク髪の性格が悪くて有名な男爵令嬢はなかなかのチャレンジャーだよね。

 わざわざ特別クラスのある別棟の校舎まで通って高位貴族の子息や王子殿下と物理的密接に纏わりついていたわけだし。

 あ、国王陛下が壇上から降りて来られ……ああっ!急展開です!どうやらこの場で王子一派が放逐されてしまうみたいです。

 魔術師が呼ばれて皆が見る中王子は魔法で断種までされてます。

 あらぁ。

 雪崩れ込んできた騎士たちに連れられて元第一王子、子息たちが会場を去りました。

 ピンク頭も連れていかれました。

 大騒ぎね、まあ土産話には良いかも知れないわね。

 私は皿にまだあったローストビーフをパクリと食べ切った。


 「アベリア、こんなとこに居たのか」

 声をかけて来たのは子爵家の次男で友人でもあるビクター。

 ダークブラウンに緑の瞳、ガタイが良く見上げなければ話が出来ない。

 そんな彼も今日は正装を着ている、いや着られている?かな?

 「大変なことになったな」

 「そうだねえ、まさかこの場で処罰をするとは思わなかったかな」

 「結構前から内定はしていたらしいぞ、本人が今日やらかさなくても卒業したら処罰するつもりだったらしい」

 「ふうん」

 話しながら私の手にあった空の皿をビクターがサッと取って給仕に渡した。

 「で、お前も一曲ぐらいは踊るだろ?」

 「一人で踊れないからいいわよ」

 「だから俺が来たんだろうが」

 なんだ、踊りたいなら素直に言えばいいのにに。

 そうチラッとビクターを見上げて差し出された手に手を乗せる。

 仕切り直された会場に軽快なワルツが流れた。

 「明日帰るのか?」

 「ええ、やっとお勤めが終わったので」

 「お勤め、か」

 ダンスをしながらビクターがくつくつと笑い予定を聞いて来ますが、田舎ののんびりとした領地で育った私は前世でも閑散とした田舎町育ちだったこともあり、正直王都は人が多くて過ごしにくいのです。

 王都育ちのビクターにはわからないでしょうけど。

 「そうか、元気でな、そのうち王都に来ることがあれば寄ってくれ」

 思えばビクターには慣れない王都暮らしに随分手間をかけたかもしれません、勉強では世話した記憶しかありませんが。

 私はビクターににっこりと笑いかけて、王都にはもう来ることはないだろうと思いながらダンスを終え会場を後にしました。

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