機関銃が響くとき ー凪内 響の雑記帳ー

藍浜 蒼井

第1話 帰還

 「母さん!母さんっ!!」

 母さんが着た白いワンピースに、濁った赤が滲んでいく。握る手は、怖いぐらい冷たいのに、血が溢れている出血箇所からは、暖かい液体と寿命が流れ出ている。

 ついさっきまで両親と一緒にいた研究室内は、他国のテロリストによってグチャグチャに荒らされている。思い出も、両親の努力も、なにもかも。

 「-----。」

 ガスマスクを着けたテロリストに声をかけられ、顔を上げたことを、ワタシは直ぐに後悔することとなった。

 「うあ”!!?」

 「響!!きみ!娘に手を出すな!!」

 顔に何か液体をかけられた。痛い。熱い。

 遠くで父さんの叫ぶ声が聞こえる。名前を呼ばれた気がした。銃弾の音が増す度に、悲鳴の声が大きくなっていっている。どうしよう。痛い。辛い。怖い。死にたくない。

 「・くん!響を連れ・逃げ・!!ぼくたちのことは気にしないでくれ!響は、ぼくたちの・・・・!!」

 「~っ!はい!!」

 誰かに抱きかかえられながら、研究所を後にした。

 その後、研究所を出て直ぐ近くの公園に行き、顔を洗った。目や口に入っていなかったが、左頬に大きな跡が残った。

 

 「!!...。」

 ガタンっ!と、大きな揺れを感じ、浅い浅い眠りから目を覚ました。「揺れない」で有名なリニアモーターカーの「揺れない」は、絶対ではなかったようだ。

 車内は血と消毒液、そして火薬の臭いに塗れていて、乗り物酔いも相まって、吐き気がした。

 学園の最寄り駅まで、あと何時間だろうか。北海道と青森県の間の津軽海峡にある青函トンネルのように、気が遠くなりそうな長さのトンネルの中を、ボクたち防衛総合学園(通称:防総学園)の攻撃科 陸軍専攻の隊員たちは、移動していた。

 ボクはリュックを肩にかけ、電車の繋ぎ目に向かった。

 「うぅ...。」

 「すー...すー...。」

 座席が足りない故に、通路には様々な部分に包帯包帯を巻いた隊員たちが腰を下ろしていた。

 キズが痛むのか、呻き声を上げる者。戦場から離れ、安心したのか、幼い寝息をたてる者。と、その姿は、まさに十人十色であった。

 「ちょっと失礼。」

 出入り口のドアに寄りかかり、ドアの冷たさが何故か安心できた。 

 ドアの窓に反射して映る自分の姿を、ボサっと眺めた。左頬のヤケドの痕に、そっと手で触れ、七年前の記憶に思いを馳せた。

 「―母さん...。」

 母を撃ちぬいた男の眼は、ゴーグルの奥でギラギラと光っていた。気味が悪いくらい生き生きと。

 「...絶対に仇を討つ...。」

 リュックの中からタオルハンカチを取り出し、その中に包んでいた腕時計を取り出した。金縁に囲われた白の文字盤に、使い込まれた黒のベルト。誰かから貰ったモノ。

 "響さん。そちらを差し上げます。大切にしてあげてください。"

 記憶の中に薄っすら残る人物は宝物に触れるような声で、ボクの名を呼んでいた。

 「―アナタは一体、誰なんですか...。」



 戦場から戻ってきて、三日ほど経った。

 実家に一時帰省していた者や、防総学園の膨大な敷地内にある病院で療養していた者たちも歩けるほどに回復した頃、"帰還式 が執り行われる事となった。

 ボクは倒れてもおかしくない状態で帰還し、お医者さんや看護師さんに青褪められ、二~三日入院させられ、半ば無理矢理ではあるが、意地と根性で回復させた。

 階段型教室になっている講堂を、等間隔に整列しながら入場し、後ろの段の椅子に腰を下ろした。

 ザッと見たところ、埋まっている座席の数を数えると、出征式の時と比べて、半数しかいなかった。

 (...あの時、あー動いてたら、もっとココは、人で埋まってたのかな...。情けない。何が"凪内中尉殿"だよ。)

 自分のことを憎みながら鬱血するほど拳を握っていると、講堂の出入り口から、軍のお偉いさんなのか、明治時代の政治家を彷彿とさせる真っ白な豊かな髭を蓄えた人たちが入ってきた。左胸には、いくつもの色とりどりのバッチをつけていた。

 起立・礼・着席を繰り返し、色々な人たちが話をした。

 (―軍人言葉、難しい...。)

 未だに慣れない軍人言葉を必死に解読していると、帰還式が終わりを告げていた。

 

 攻撃科棟二階、一番手前にある2-A教室。今日からここが、ボクが通う教室になる。

 「...はぁ。」

 また戦場へ駆り出される前提でコトが進んでいく。

 黒板に貼られた座席表を見て、廊下から二列目の、後ろから二番目の席に座った。黒板に書かれた時間割を見ると、一から三時間目は帰還式と書かれていて、四時間目は学活と書かれていた。

 帆布ショルダーを机の横にかけ、筆箱を取り出し、胸ポケットに入れていた雑記帳にメモをし始めた。

 【2-A。生徒数:二十五名。担任:都筑(遠距離専門)】

 (ザッとこんなもんか。)

 すると、担任の都筑先生が入ってきた。ガタイが良く、筋肉質で、柔道経験者。攻撃科生徒の憧れの存在とも言える人だが、ボクには人の良し悪しが分からないため、学園内にあるファンクラブとやらが、よくわからない。

 「席座れー。はい、じゃあ、この組の担任です。まず、軽く自己紹介から始めようと思いまーす。」

 と言い、出席番号順に自己紹介が行われた。A組は、きまって陸軍専攻者が集まる組となっていて、どの面々も列車内で一度は目にしたことがあった。

 「次ー、十三番。」

 ボクの番だ。黒板前に立ち、一呼吸おいてから声を発した。

 「―凪内 響です。大体の武器は扱うことが出来ます。陸軍中尉をさせていただいています。...よろしくお願いします。」

 最後にお辞儀をし、再び席に座った。

 そこからは、みな流れ作業のように事をなしていった。

 (お腹すいたな...。)

 日々の足りない食事に対しての我慢が、そろそろキツくなってきた。

 腕時計に目線を落とすと、丁度、秒針がテッペンを指した。

 "キーンコーンカーンコーン キーンコーンカーンコーン"

 「はーい終了ー。ピッタシ終わったことだし、今日の授業はここまで。各々、学食で昼メシを済ますよう。」

 マシンガンのように一方的に話を切り上げ、都筑先生は教室を去って行った。

 帆布ショルダーを右肩から斜めにかけ、教室を去ろうとしたとき、ある言葉が聞こえた。

 「凪内って、あの"戦場の死神"?」

 「そうそう...。戦場では、ずっと血走った眼をしていたとか。」

 「怖い...。怒らせないでおこ。」

 先に訂正を述べると、ボクは隊員たちに何もしていない。カツアゲとか、脅しとか、そう言った類のことは、何もしていない。

 (...ウワサ話、みんな好きだよね。)

 少しグレついた心で教室を出ると、海軍専攻者が多いB組前に、人だかりができていた。その人だかりは、攻撃科生徒(イケメンに目がない女子)で構成されていた。

 肝心の誰が囲まれているのかというと、平均的な身長の女子よりも背が高い男性教諭だからか、誰か直ぐに分かった。

 「な、凪内さん~...。」

 少し困った爽やかな微笑みを見せ、綺麗なテナーの声をしているこの男性教諭は、名波 渡(ナナミ ワタリ)という名をしている。工学科を担当している教師で、男女問わず人気のある人だ。気が付けば、この防総学園に入学した中等部一年の頃からの付き合いになっていた。

 「は~い、ちょっとゴメンよ。その人にボク、用があるんだ。」

 手刀母さん!母さんっ!!」

 母さんが着た白いワンピースに、濁った赤が滲んでいく。握る手は、怖いぐらい冷たいのに、血が溢れている出血箇所からは、暖かい液体と寿命が流れ出ている。

 ついさっきまで両親と一緒にいた研究室内は、他国のテロリストによってグチャグチャに荒らされている。思い出も、両親の努力も、なにもかも。

 「-----。」

 ガスマスクを着けたテロリストに声をかけられ、顔を上げたことを、ワタシは直ぐに後悔することとなった。

 「うあ”!!?」

 「響!!きみ!娘に手を出すな!!」

 顔に何か液体をかけられた。痛い。熱い。

 遠くで父さんの叫ぶ声が聞こえる。名前を呼ばれた気がした。銃弾の音が増す度に、悲鳴の声が大きくなっていっている。どうしよう。痛い。辛い。怖い。死にたくない。

 「・くん!響を連れ・逃げ・!!ぼくたちのことは気にしないでくれ!響は、ぼくたちの・・・・!!」

 「~っ!はい!!」

 誰かに抱きかかえられながら、研究所を後にした。

 その後、研究所を出て直ぐ近くの公園に行き、顔を洗った。目や口に入っていなかったが、左頬に大きな跡が残った。

 

 「!!...。」

 ガタンっ!と、大きな揺れを感じ、浅い浅い眠りから目を覚ました。「揺れない」で有名なリニアモーターカーの「揺れない」は、絶対ではなかったようだ。

 車内は血と消毒液、そして火薬の臭いに塗れていて、乗り物酔いも相まって、吐き気がした。

 学園の最寄り駅まで、あと何時間だろうか。北海道と青森県の間の津軽海峡にある青函トンネルのように、気が遠くなりそうな長さのトンネルの中を、ボクたち防衛総合学園(通称:防総学園)の攻撃科 陸軍専攻の隊員たちは、移動していた。

 ボクはリュックを肩にかけ、電車の繋ぎ目に向かった。

 「うぅ...。」

 「すー...すー...。」

 座席が足りない故に、通路には様々な部分に包帯包帯を巻いた隊員たちが腰を下ろしていた。

 キズが痛むのか、呻き声を上げる者。戦場から離れ、安心したのか、幼い寝息をたてる者。と、その姿は、まさに十人十色であった。

 「ちょっと失礼。」

 出入り口のドアに寄りかかり、ドアの冷たさが何故か安心できた。 

 ドアの窓に反射して映る自分の姿を、ボサっと眺めた。左頬のヤケドの痕に、そっと手で触れ、七年前の記憶に思いを馳せた。

 「―母さん...。」

 母を撃ちぬいた男の眼は、ゴーグルの奥でギラギラと光っていた。気味が悪いくらい生き生きと。

 「...絶対に仇を討つ...。」

 リュックの中からタオルハンカチを取り出し、その中に包んでいた腕時計を取り出した。金縁に囲われた白の文字盤に、使い込まれた黒のベルト。誰かから貰ったモノ。

 "響さん。そちらを差し上げます。大切にしてあげてください。"

 記憶の中に薄っすら残る人物は宝物に触れるような声で、ボクの名を呼んでいた。

 「―アナタは一体、誰なんですか...。」



 戦場から戻ってきて、三日ほど経った。

 実家に一時帰省していた者や、防総学園の膨大な敷地内にある病院で療養していた者たちも歩けるほどに回復した頃、"帰還式 が執り行われる事となった。

 ボクは倒れてもおかしくない状態で帰還し、お医者さんや看護師さんに青褪められ、二~三日入院させられ、半ば無理矢理ではあるが、意地と根性で回復させた。

 階段型教室になっている講堂を、等間隔に整列しながら入場し、後ろの段の椅子に腰を下ろした。

 ザッと見たところ、埋まっている座席の数を数えると、出征式の時と比べて、半数しかいなかった。

 (...あの時、あー動いてたら、もっとココは、人で埋まってたのかな...。情けない。何が"凪内中尉殿"だよ。)

 自分のことを憎みながら鬱血するほど拳を握っていると、講堂の出入り口から、軍のお偉いさんなのか、明治時代の政治家を彷彿とさせる真っ白な豊かな髭を蓄えた人たちが入ってきた。左胸には、いくつもの色とりどりのバッチをつけていた。

 起立・礼・着席を繰り返し、色々な人たちが話をした。

 (―軍人言葉、難しい...。)

 未だに慣れない軍人言葉を必死に解読していると、帰還式が終わりを告げていた。

 

 攻撃科棟二階、一番手前にある2-A教室。今日からここが、ボクが通う教室になる。

 「...はぁ。」

 また戦場へ駆り出される前提でコトが進んでいく。

 黒板に貼られた座席表を見て、廊下から二列目の、後ろから二番目の席に座った。黒板に書かれた時間割を見ると、一から三時間目は帰還式と書かれていて、四時間目は学活と書かれていた。

 帆布ショルダーを机の横にかけ、筆箱を取り出し、胸ポケットに入れていた雑記帳にメモをし始めた。

 【2-A。生徒数:二十五名。担任:都筑(遠距離専門)】

 (ザッとこんなもんか。)

 すると、担任の都筑先生が入ってきた。ガタイが良く、筋肉質で、柔道経験者。攻撃科生徒の憧れの存在とも言える人だが、ボクには人の良し悪しが分からないため、学園内にあるファンクラブとやらが、よくわからない。

 「席座れー。はい、じゃあ、この組の担任です。まず、軽く自己紹介から始めようと思いまーす。」

 と言い、出席番号順に自己紹介が行われた。A組は、きまって陸軍専攻者が集まる組となっていて、どの面々も列車内で一度は目にしたことがあった。

 「次ー、十三番。」

 ボクの番だ。黒板前に立ち、一呼吸おいてから声を発した。

 「―凪内 響です。大体の武器は扱うことが出来ます。陸軍中尉をさせていただいています。...よろしくお願いします。」

 最後にお辞儀をし、再び席に座った。

 そこからは、みな流れ作業のように事をなしていった。

 (お腹すいたな...。)

 日々の足りない食事に対しての我慢が、そろそろキツくなってきた。

 腕時計に目線を落とすと、丁度、秒針がテッペンを指した。

 "キーンコーンカーンコーン キーンコーンカーンコーン"

 「はーい終了ー。ピッタシ終わったことだし、今日の授業はここまで。各々、学食で昼メシを済ますよう。」

 マシンガンのように一方的に話を切り上げ、都筑先生は教室を去って行った。

 帆布ショルダーを右肩から斜めにかけ、教室を去ろうとしたとき、ある言葉が聞こえた。

 「凪内って、あの"戦場の死神"?」

 「そうそう...。戦場では、ずっと血走った眼をしていたとか。」

 「怖い...。怒らせないでおこ。」

 先に訂正を述べると、ボクは隊員たちに何もしていない。カツアゲとか、脅しとか、そう言った類のことは、何もしていない。

 (...ウワサ話、みんな好きだよね。)

 少しグレついた心で教室を出ると、海軍専攻者が多いB組前に、人だかりができていた。その人だかりは、攻撃科生徒(イケメンに目がない女子)で構成されていた。

 肝心の誰が囲まれているのかというと、平均的な身長の女子よりも背が高い男性教諭だからか、誰か直ぐに分かった。

 「な、凪内さん~...。」

 少し困った爽やかな微笑みを見せ、綺麗なテナーの声をしているこの男性教諭は、名波 渡(ナナミ ワタリ)という名をしている。工学科を担当している教師で、男女問わず人気のある人だ。気が付けば、この防総学園に入学した中等部一年の頃からの付き合いになっていた。

 「は~い、ちょっとゴメンよ。その人にボク、用があるんだ。」

 手刀を人と人の間に入れ、人混みの中に割って入った。その瞬間、今までの黄色い歓声が、ウソのように静まり返った。名波先生の右手を握り、とっとと、この場からおさらばすることにした。


 攻撃科棟を抜け、長椅子や使用禁止になったエレベーター、ただの階段と化したエスカレーターがあるロビーに辿り着いた。バッテン印にテープが貼られた窓からは、春の暖かな日差しが差し込み、ロビーにバッテン印の影を均等に落としていた。

 (あったかい...。良い事だ。春は過ごしやすい。)

 「―いさん。」

 (戦場は寒かったな...。)

 「―ぎないさん。」

 (お腹すいたなぁ...。今日の学食、なんかあるかな...。)

 「凪内さんっ!」

 グイッと手を引っ張られて目が覚めた。

 「...凪内さん、大丈夫ですか?」

 「あ...はい...。ダイジョブ、です。」

 安心したのか、名波先生は息を吐き、ボクの手を離した。

 ロビーの出入り口は北側にあり、南側に攻撃棟、東側に看護棟、西側に工学棟がある。学園の中心にあるため、敷地内を移動するのには、一度ロビーに戻って、地図を確認した方が早い。だからか、常に人が誰かしらいる。それが、防総学園のロビー。

 「凪内さん、お腹すきません?もしよろしければ、一緒に食堂に行きませんか?」

 「いいですね、それ。行きましょう。海軍カレー、すっごく美味しいんですよ。」

 名波先生の提案により、校舎を出て百メートルほど先にある食堂へと向かった。食券のため、売り切れになるのも時間の問題だ。急がなければ。

 「先生、走りましょう!このままでは間に合いません!」

 ロビーを出ると、既に大勢の生徒が食堂へと足を速めていた。

 「...凪内さん。」

 「はい。」

 「...ジブンのこと、おぶって走れますか...?」

 一瞬、自分の耳を疑った。

 確かに、大荷物を背負いながら戦火を潜ったこともある。自分よりも背丈がある瀕死の男性隊員を背負いながら逃げたこともある。だから、やろうと思えば、いくらでも出来る。

 「できます。」

 馬鹿真面目にそんなことを言うと、先生は笑いを声に出し、「冗談ですよ!!」と言って走り出した。しかも、この先生、足が速い。

 (布地が厚くて重いことで有名な白衣を着たまま全速力で走る。...いや、スゴ。)

 最近、あまり栄養のあるモノを食べていなかったからか、脚が怠重く感じてしまう。困った。

 「せ、先生!ちょ、ちょっと待っ...いや、はっや!!」

 そんな事を言っているうちに、名波先生は食堂に入って行ってしまった。



 少し肩で息をしながら食堂内に入ると、食券機は人でごった返していて、使える状況では無く、この調子なら、もう直ぐ食券が切れてしまうだろう。

 昼食にありつけないことを察しながら、名波先生を探すと、食券と食べ物を交換する列に並んでいた。あっちもボクに気付いたのか、手招きをしていた。

 「名波先生っ!食券、買えたんですか!?」

 「ええ。それも、二人分!」

 食券を二枚見せ、自信満々の表情で答えてくれた。

 「先に席に座ってて下さい。あ、あと水の用意もお願いできますか?」

 「了解です。」

 指示通り、プラスチックのコップに水を入れ、防弾加工されたガラス壁に一番近い二人掛けの席に着いた。景色も日当たりも良くて、食事をするには絶好の場所だ。

 "明るいところで食事は、やっぱり良いですね。"

 「!?...今のって...。」

 誰かの言葉が頭の中に流れた。

 でも、二つ分かることがある。一つは、その時の食事は、とても美味しかったこと。そして二つ目は、今の言葉を言った人は、とても優しい声をしていたこと。

 (...で、誰なんだ?一体。)

 忘れてしまった過去を思い出す度に、心が掻き乱され、頭が痛くなる。分からないことだらけで、不安なことも山のようにあるが、考えたって仕方ないので、脇にでも置いておくことにした。

 「お待たせしました。さ、いただきましょう。」

 名波先生とも合流し、昼食を摂ることにした。

 さっきまで青空が見えていた空には、だんだんと雲が生まれてきていて、ガラス壁からは白飛びした光が差し込んできた。

 「あ...スミマセン。食券、いくらでしたか?払います。」

 「いえいえ、気にしないで下さい。生きて戦場から帰って来てくれた祝いです。」

 「では、お言葉に甘えて。」

 さっきの会話を覚えていてくれたのか、名波先生は海軍カレーを買ってくれたようだ。

 だけど、白米を手に入れること自体が難しく、サツマイモや麦が混じった米に、カレールーがかけられていた。同じ炭水化物だから、空腹感は紛れる。だけど、やっぱり白米が食べたい。

 「...そう言えば、戦場では何を食べていたんですか?」

 問われてから考えた。

 自分は何を食べて空腹を満たしたのか、何を飲んで喉の渇きを癒したのか。

 「―...そこら辺に生えた草を煮たモノを食べていました。」

 「...カレーのお替りいりますか?」

 「大丈夫ですよ。お気になさらず。...ふぅ、ごちそうさまでした。」

 「え?もう食べたの??ちゃんと噛んだ?」

 あまりの驚きだったのか、名波先生は裏返った声になっていた。

 「ちゃんと噛みましたよ?それに、カレーは飲み物って言いますし。」

 「なにその理論...。」

 腕時計を確認してみると、食事開始から十分ほど経っていた。戦場では、この半分の時間で食事を済ませていた。それほど必死だった。

 水を少しづつ、ゆっくりと飲んだ。戦場に行ってからだろうか。水を飲むことが怖くなっていた。

 "腹が...腹がぁ...!!"

 "馬鹿野郎!!泥水を飲んだのか!?"

 泥水をすすってでも生きる。という言葉がある。でも、戦場では、酒と泥水を飲んだ者から死んでいった。

 「...出ましょう。少し歩きません?」

 

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