迷いのツーリング
瞬にツーリングに誘われた。今回も取材ツーリングだ。そりゃ、行きたいけど取材ツーリングなら遠慮しとこうかな。出雲街道ツーリングの時みたいにお邪魔虫になったら良くないじゃない。
「なに言ってるのだよ。マナミと出会ってマスツーの楽しさの虜になってるのに」
それはマナミも同じだ。もっとも大集団マスツーはゴメンだ。つうか、瞬とのマスツーが最高なんだ。でも、
「今回も取材ツーリングで悪いけど、マナミには是非一緒に来て欲しいんだよ」
なるほどお泊りツーリングだから野郎の一人旅は避けたいか。でも取材なら瞬だけの方が、
「それはね・・・・」
うぅぅぅ、それはマナミも行きたい。夢みたいなものじゃない。本当に迷惑にならないの?
「なるはずないだろ。マナミと一緒なら二倍取材できる」
瞬には勝てないよね。これこそ惚れた弱みかもしれない。
「よし決まりだ。準備もバッチリしとくよ」
ああ、それはマナミが・・・一泊でも泊りだから着替えとかが必要なのだけど、それも瞬がすべてしてしまう。旅慣れてるのもあるから、これがまた実に手際が良いのよね。だから手が出せないのよ。
そして出発の朝、スタンドでガソリンを満タンにして出発だ。今回は六甲山トンネルになる。ここも何回も登ってるうちに慣れたかな。いくら慣れたってモンキーが非力なのは変わらないけど、
「マナミはどうだ」
実はプラグを変えたんだ。瞬のお勧めだったんだけど、なんか調子が良い気がする。低速トルクもなんとなくアップしてるし、六甲山トンネルの登りもなんとかく程度だけど力強い感じがする。もっともそんな気がする程度だけど、非力なモンキーにはありがたい感じだ。
六甲山トンネルを越え、六甲北有料道路を走り抜け、ウッデイタウンを通り抜けていたんだけど、神鉄の高架の信号のところで、
「左に曲がるよ」
あれっ、こんなところでどうして? 走って行くと、
「ここに入るから」
へぇ、こんなところにモーニングを食べられるところがあるんだ。見るからにハワイ風だけアロハ・カフェ・パイナップルって言うのか。店内も広々して良い感じだ。えっと、トーストとサラダと卵ペーストとパイナップルまで付いてるじゃない。
朝からパイナップルとはハワイ風かもね。でもこれだけ付いてコメダより安いって驚きだ。お味も悪くないもの。よくこんな店を見つけたな。コーヒーを楽しんでから生理現象も済ませて出発だ。
そこからは前に春日にツーリングに行った道と同じだ。篠山を過ぎ、鐘ヶ坂トンネルを抜けたら少し冷えるな。冷えるのは六甲山トンネルを抜けた時が一番感じるけど、だいぶ北の方に来てるものね。
黒井の桜は綺麗だったし、道の駅のランチも良かったな。でもここから先はマナミにとって未知の領域だ。このまま福知山まで国道一七六号で行くのかと思ってたのだけど、
「右に曲がるぞ」
ここを曲がるの? ちゃんと右折ゾーンもあるけど、なんにも道路案内がないんだぞ。だいじょうぶかなって思ったら、またすぐになんにも道路案内が無い四つ角で、
「ここは左だ」
なんか真っすぐの道だから農免道路とかなのかな。さらに走って行くと橋を渡ったところで突き当りだ。
「ここは右だ」
ここも何にも道路案内がないけど、瞬はこの道を走ったことがあるのかな。もっとも道自体は走りやすい。ちゃんと二車線あるし、左右は田んぼで見通しも良いし、なにより空いてるものね。
道は山に向かってるから峠かな。う~ん、登りは登りだけど、これぐらいならモンキーでもノープロブレムだ。そうそう瞬のモンキーにも乗せてもらったことがあるんだ。マナミの方が新型だけど、基本スペックは殆ど一緒のはずなんだ。だけど微妙に乗り味が違うんだ。
そうだね。瞬のモンキーの方が、低速トルクがある感じかな。それと四速なのが関係あるかどうかはわからないけど、シフトのカバー範囲が広い気がした。瞬も似たような感想を言ってたな。
山道が終わったらまた田舎道だ。ワインディングって訳じゃないけど、適度にカーブがある感じ。急カーブじゃないけど、これぐらいカーブがある方が好みかもしれない。果てしない感じの直線が嫌いいじゃないけど、なんか操縦してるって気分になれて楽しいかな。
なんか案内が出るけど、えっ、ここから京都府で福知山だって。わぉ、ついにマナミのモンキーも千年の都のある京都府に足を踏み入れたぞ。とは言うものの、この風景に京都らしさを求めるのは無理あるな。
「京都と言っても丹波だからな」
おっ、久しぶりに道路案内を見た気がするけど、あの信号でクロスするのが国道九号なのか。直進が綾部ってなってるけど、綾部ってどこなんだ?
「ここは直進で」
綾部って方に行くようだ。道は相変わらず快調なんだけど、山間の道って感じだな。山間と言っても低い山で峡谷なんて雰囲気はまったくないけどね。それでもまた山に向かってるけど、ありゃりゃ、道が狭くなったな。
う~ん、一車線半もあるかな。幅員狭小って書いてあるからもっと狭いかも。道路案内にこの先が突き当りになって、なんかややこしそうな道路図が書いてあるけど、
「道なりに走ればだいじょうぶだから」
国道一七三号に乗れるみたいだけど、陸橋みたいなところを渡り、右と言うか直進を走り、かなり狭いな。こんな道、いつまで続くんだと思っていたらいきなり二車線の道に入れた。これが国道一七三号のはず。
というかさ、国道一七三号ってどこ走ってる道なんだ。たしか綾部、舞鶴って書いてあったけど、舞鶴まで行けば日本海だぞ。しばらく国道一七三号を走ってたんだけど、大きめの川の橋を渡ったところで突き当りだ。
「右に行くよ」
このクロスしているのが国道二十七号ってなってるけど、国道二十七号もどこを走ってる道なんだよ。京丹波って方に行くとはなってるけど、京丹波もどこなんだよ。
「さっき渡った川が由良川です」
だからわからないって。マナミは方向音痴ではないつもりだけど、そんな地名を覚えてるほど地理に強くない。つうか、そこまで覚えてる人間ナビみたいなやつの方が珍しいだろ。だいたいだぞ、国道一七六号から外れてからマナミの脳内ナビは空白地帯に突入したままだ。
でも楽しい。もっとも楽しいと言っても瞬が道を知ってるからだ。こんなものソロツーでやらかしたらただの迷子だ。ただのお気楽やってるだけなだけど、こうなったら、しょうがないだろ。
ツーリングの楽しみ方はそれこそ千差万別だけど、共通しているのは見知らぬ初めての道を走ることで良いと思う。これはクルマのドライブも同じだと思うけど、バイク乗りのディープなのになると、そこまでやるかはいるのはいる。
この辺はクルマより車幅が小さいからはあるけど、それこそ目に付いた道にフラって感じで入るみたいな走り方。そんな事をすれば行き止まりになったり、通行不能になったりするけど、そこはバイクだからクルマよりターンが遥かにやりやすいんだよね。
その手の一番過激派は林道探索みたいなやつ。それこそ地図にも載ってるか、載っていないか程度の林道に果敢に突っ込んで行くんだよね。さすがにオフロード車でやるのが多いけど、モンキーでやってるのも見て驚いた。
「それ見たことあるぞ、川を遡ってるのもあったよ」
マナミも見たことある。もっともモンキーじゃなくてオフロード車だったけどね。あんなとこ良く走れるもだと思ったもの。マナミはそこまでディープじゃないけど、今日みたいな安心保証付きの迷子状態も楽しい。もっともだけど、裏道と言うか抜け道過ぎて休憩するのも大変だった。
定番のコンビニ休憩をやりたくてもコンビニどころかお店屋すら見かけないんだ。そりゃ、休憩なんて適当にバイクを停めればどこでだって出来るけど、それでは体は休憩できても生理現象の解消が出来ないのよ。
実はそろそろヤバイ。今すぐじゃないけどヤバくなってきてる。ここは国道だからコンビニぐらいあっても良さそうなものだけど、ありそうな気配すらない。気配と言ってもああいうものは突然現れるものだけど、刻一刻とヤバさだけが迫ってくる。当たり前か。
恥もヘッタクレもないから瞬にも伝えてるのだけど、無いものは無いものね。最終手段として民家に駆け込むのもあるけど、嫌がられるだろうな。そりゃ、得体のしれないバイクの二人組が突然そんなお願いをしたら面食らわない方がおかしいだろ。ホントにヤバさが深刻になった時に、
「右のコンビニに入るぞ」
右ってガソリンスタンドじゃないかと思ったけど、その敷地続きみたいなところに神のコンビニがあるじゃないの。救われた。それでもホッとしてジュース休憩。ここまでになった生理現象の解消は爽快だ。
実はバイクの振動で少しチビった。いやだいぶチビった。これも困るな。濡れて気色悪いのもあるけど、マナミは自分の下着さえ洗わせてもらえてないんだ。つまりはチビってしまったのがモロバレになってしまう。
チビってしまった下着対策は後で考えるにして、コンビニは信号のところと言うか、信号を少し越えたところにあるのだけど、ここからはその信号を曲がるようだ。
「後一時間ぐらいかな」
そこまで来てるのか。なんか今回のツーリングは今のマナミみたいに思えてきた。瞬に完全に守られたツーリングじゃない。瞬を信じて付いて行ってるのだけど、瞬が選んだ道に不安を感じたのは白状しておく。
でも瞬は正解の道を知ってるし、そこに着々と近づいてる。迷っているのはマナミだけ。でもさぁ、瞬が選んでいる正解の道で本当に良いのか迷いが出てしまってる、瞬が求める正解ってなんなのだろうって。
瞬の正解ってマナミのペット化なの。それとも前妻の反動で選んでしまった後悔なの、後悔からマナミを実は切り捨てたいとか。目に見えて、心と体で感じてる瞬の愛を本当に信じて良いの?
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