きっとあなたの夢を見る
きっとあなたの夢を見る
作者 天井 萌花
https://kakuyomu.jp/works/16818093084679366928
政略結婚を控える少女は不安を抱えている。吸血鬼は彼女を元気づけるために夜空を飛ぶ。少女は一時的に元気を取り戻すが、結婚の話が進むにつれて再び落ち込み、吸血鬼に夢の中に連れて行ってほしいと頼む。吸血鬼は願いを受け入れ、彼女の血を吸うことで永遠の夢を見させる話。
ファンタジー。
情景描写が美しく、キャラクターの魅力が際立っている。
吸血鬼と少女の交流が丁寧に描かれ、感情移入される。
とても悲しい。
主人公は吸血鬼。一人称、僕で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。恋愛ものでもあるので、出会い→深め合い→不安→トラブル→ライバル→別れ→結末の順に書かれている。
女性神話とメロドラマと同じ中心軌道に沿って書かれている。
吸血鬼の主人公は、夜の静けさの中で目を覚まし、月明かりを浴びながら洞窟から外へ出る。彼は人間と話してみたいと思いながらも、生活リズムが合わないために出会うことがない。
ある夜、王城の屋根に腰掛けていた彼は、壁すれすれを落下するのを楽しんでいると、窓から外を眺めていた少女と目が合う。少女は彼を助けようと手を伸ばし、翼を掴むも、逆に自分が窓から落ちてしまう。吸血鬼の主人公は抱き止め、無事に部屋に戻す。
少女は主人公に興味を持ち、吸血鬼であることを見抜く。主人公は「秘密にしててね」と言い残し、夜の闇に消える。
次の夜。再び少女の元を訪れると、眠れない夜を過ごして、再会を楽しみにしていた。主人公は「眠れない夜は、窓を開けておくといいよ。僕が君の寂しさを、忘れさせてあげるから」と約束。二人は次第に心を通わせ、吸血鬼は少女の寂しさを忘れさせるために夜ごと訪れるようになる。
少女は吸血鬼についての知識を本で学び、質問を投げかける。主人公は少女に吸血鬼の特性や生活について教え、少女は彼に夢の話をする。吸血鬼は夢を見ないため、夢の話に興味を持つ。夢を見たことのない吸血鬼に「吸血鬼さんが素敵な夢を見られますように」と少女は願いを込める。自分が寝られるよう願えばいいのにと思いながら少女の優しさに触れ、彼女の髪を撫でそうになるも、自分の手を抑える。
吸血鬼は彼女を元気づけるために夜空を飛ぶ体験をさせる。少女は体験を楽しみ、一時的に元気を取り戻すが、困ったように笑う。「……私、もうすぐ結婚するのです」
少女は十七歳。数日前に話を聞き、具体的に進んでいく。会ったこともない相手と結婚するのに不安だったが、最後に素敵な恋ができたと優しい笑顔を浮かべる少女。
「眠れなかったのは、恐らく不安だったからです。そして私はきっと――この先もずっと眠れません」彼女は眠れない日々が続き、医師からもじきに死ぬと言われていた。「あなたといると、少し楽になったんですよ。吸血鬼には、人を元気にする力もあるのでしょうか」
少女は吸血鬼に、長い夢を見せてほしいとお願いする。
「どちらにせよ、もうもたなくなる身体ですから。どうせ同じ結末ならば、最後に素敵な夢が見たいです」「お願いします。私を、素敵な初恋の中にいさせてください」
吸血鬼は少女を抱きしめ、焦がれるだけではなく結ばれる夢にしないかと提案。いいですよと答えた少女の首筋に牙を立てる。
少女は甘い夢の中で吸血鬼と結ばれることを願い、吸血鬼もまた彼女の夢を見ることを誓う。夜が明けるまで、吸血鬼は少女を離さず、彼女の最後の願い、最初で最後の夢を見るのだった。
三幕八場の構成になっている。
一幕一場の状況の説明、はじまり
吸血鬼の主人公が目を覚まし、洞窟から外へ出る。
二場の目的の説明
王城の屋根に腰掛けていた彼は、少女と出会う。
二幕三場の最初の課題
少女との再会。彼女の眠れない夜を過ごす理由が明かされる。
四場の重い課題
吸血鬼の主人公が少女のために夜ごと訪れるようになる。
五場の状況の再整備、転換点
吸血鬼についての知識と、夢について。
六場の最大の課題
夜空を飛ぶ体験、少女の一時的な元気回復。
三幕七場の最後の課題、ドンデン返し
結婚の話が進む中での少女の苦悩。
八場の結末、エピローグ
吸血鬼が少女の願いを叶える。
静かな夜の謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どう関わり、どのような結末に至るのか気になる。
主人公が吸血鬼で、読者からすると作品全体は非日常なファンタジー。だけれども、吸血鬼にとっての日常からはじまり、人間と出会って仲良くなる非日常が描かれていくところは、日常から非日常へ入って日常へ帰還する、行きて帰りし物語の型を踏襲している。
とはいえ、ラストは帰ってこない。
よく映画には、トンネルの中に入って彷徨うものと、抜け出るもの、二種類があるといわれる。本作は前者になるのかしらん。
遠景で目を覚まし、近景で外はすっかり暗くなっていたと描き、心情では洞窟の中、つまらないと寝起きの足を動かし外へ出るとある。
行動、思考、感情を経て、外へ出る行動へと繋がっていく。動きのある書き出しで、「人間が朝、陽光を浴びて気持ちがいいと思うように。僕は寝起きで浴びる月明かりの優しさが、何より心地いいと思っている」から、主人公は人間じゃないんだと伝え、「己の翼を広げる」から、吸血鬼かなと思わせるけれどまだわからない。
わかるのは、姫を助け「……あなたは、何者なのですか?」と問われて、「さぁ、何だろうね?」適当に返したのに「――吸血鬼」と言い当てられるところで、ようやく分かる。
それまでは、夜に起きて、月明かりが気持ちよく、空を飛んでは人間と話してみたいと思って街を見下ろす、
主人公は一人で孤独、それでいて空も飛べる魅力もある。
人間と話したいと思いながら、翼を見たら逃げ出してしまうと思い、悲しくもなんともないとしながら、面白くもないに違いない。なんだか人間味も感じ、これらから共感を抱く。
屋根の端から落下しては空を飛ぶ。
「城の壁際すれすれを落下するのは、結構楽しい。それに……この瞬間が一番、空気を感じることができる」
鳥が高いところから飛び降り、風を受けて飛ぶような感じ。
一種の遊び。
そんなとき、少女に出会い、手を伸ばして翼を掴んで落下。彼女を助け、出会い、話をする。
主人公の願いがかなってしまう。
「――秘密にしててね、お姫様」
帰っていく主人公。気分が良かったに違いない。
不思議に思う。
そんな夜遅くに、どうして起きているのだろうと。
そして主人公は再び、会いに行く。
以前は朝日とともに起きていたけれど、現在は眠れないという少女。「夜の街は誰もいないみたいで、寂しくならない?」
主人公は、
「……なりますよ。本当は、寂しくて寂しくて仕方ありません。そんな時あなたに出会えて――嬉しかったんです。私だけじゃないんだと、安心してしまいました」
そう答えると少女は笑みを浮かべる。
口説き文句みたい。
少女にしたら、空から落ちてきた人を助けようとしたら助けられ、しかも翼の生えた吸血鬼。だけど襲うでもなく、優しく接してくれる。イケメンだったら、惚れてしまうだろう。
「ううん、おかしくないよ。可愛い」
少女は「笑うと口の端に牙が覗くのが、素敵だなと」と返し、
「褒め言葉として受け取っておこうかな」といえば、「褒めてるに決まってます!」と少女。
そんな彼女に主人公は「……眠れない夜は、窓を開けておくといいよ。僕が君の寂しさを、忘れさせてあげるから」というのだ。
口説きにかかっているだろう。
吸血鬼さん、手慣れてる。
長い文ではなく、こまめに改行。句読点を用いた一文は長くない。短文と長文を組み合わせてテンポよくし、感情を揺さぶるところもある。とにかく柔らかく、詩的な表現が多い。情景描写が豊富で、繊細で感情豊かな描写が多い。物語の世界に引き込んでいく。
吸血鬼と人間の少女という異種族間の交流がテーマ。夜の静けさや孤独感が強調されながら、吸血鬼と少女の対話を中心に進行し、内面的な感情の変化が丁寧に描かれているのが特徴。
吸血鬼の主人公と少女のキャラクターが魅力的で、感情の変化が丁寧に描かれ、共感を引き起こしているところがすごくいい。
月明かりや夜風、王城の描写が美しく、夜空を飛ぶシーンや少女の涙など、五感に訴える情景描写は五感の描写に感情を組み合わせ、臨場感がある。
視覚は、月明かりに照らされた洞窟や夜空、街の景色、王城の白塗りの壁、少女の藍色の瞳や金髪、夜空を飛ぶシーンや、少女の涙、星空のように輝く瞳など、視覚的な描写が豊かで臨場感がある。
聴覚は翼を広げる音「バサッという音とともに風を感じる」、瓦が立てる小さな音、少女の鈴を転がすような声、羽ばたく音、風の音など、聴覚的な要素が物語に深みを与えている。
触覚は、岩肌の上で寝るときの身体の痛み、冷たい夜風、少女の柔らかい肌、吸血鬼が少女を抱きしめる感触、少女の細い身体、金色の髪を撫でる感覚など、触覚的な描写が感情を引き立てる。
嗅覚は、物語中には嗅覚に関する具体的な描写は少ないが、夜の空気の冷たさや涼しさ「今日の空気は、いつにも増して冷たい」が間接的に感じられる。
味覚は、吸血鬼の食料が人の血であること「食料が人の血というのは、まあ本当。他の物も食べられるけどね」が言及され、吸血鬼が少女の血を吸うシーンで、口の中に広がる甘さが描写されている。
他の五感の描写に比べて嗅覚や味覚の描写が少ないので、もう少し追加してもいいのではと考える。
とはいえ、嗅覚や味覚は食事につながる。
少女を食べたい、血を吸いたい、そう思っていない吸血鬼なので、表現を控えているのかもしれない。
主人公の弱みは孤独。
人間と生活リズムが合わず、孤独を感じている。人間と直接会ったことがなく彼らの反応、未知への恐れがある。
それなのに、少女に語りかける甘い言葉は手慣れた感じがする。どこで身につけたのかしらん。吸血鬼の会話では普通なのかもしれない。
吸血鬼は少女の願いを受け入れるまでに迷いがあり、決断力に欠ける面がある。
吸血鬼が血を吸うのは、食料だから。
「まあ本当。他の物も食べられるけどね」
夜に目覚めた吸血鬼は、食事をしていない。
少女から血を吸うことなく、話をしたり、空を飛んだりしていたのは、人間と話したい、という気持ちや欲求が強かったからだと考える。
でも、お腹はすかないのかしらん。少女と別れた後、食べに行くのかもしれない。
二人が仲良くなったとき、少女は眠れない理由を明かす。
「何気ないことのように、ぽつりと衝撃的なことを口にした。手の力が緩んで、僕より少し小さな手を離してしまいそうだった」とあり、主人公はかなり驚いている。
相手に会ったこともなく、数日前に聞かされた。
「初恋もまだなのに結婚なんて、おかしいと思いませんか? だから嫌だったのです」
やめるわけにはいかないのは、国同士の誓約、政略結婚だからだろう。
結婚前に恋ができたから、吸血鬼に言う少女。
その後訪れると、椅子に腰かけた少女が、小さなテーブルに顔を伏せていた。相手と合わなかったことに絶望しているのがわかる。
素敵な初恋の中にいさせてと、長い夢を見ることを願う少女に、吸血鬼は「焦がれるだけの夢じゃなくて、結ばれる夢にしない?」と答え、血を吸う。眠りについた少女の側を、夜が明けても居続け、彼も最初で最後の夢をみる。
とても悲しくも切ない。
とはいえ、吸血鬼や少女の背景についてもう少し詳しく描写することで、キャラクターの深みが増す気がする。
読後。タイトルを見ながら、二人は夢の中で結ばれただろうかと思いを馳せる。
全体的に上手い。夜の静けさや孤独感が強く伝わり、吸血鬼と少女の交流が心温まるものとして描かれていた。二人の関係が非常に感動的で、少女の苦悩や吸血鬼の優しさが響いてくる。夜空を飛ぶ場面は二人がとても楽しそうで、良かった。
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