まっすぐ弓を引いて

まっすぐ弓を引いて

作者 利他

https://kakuyomu.jp/works/16818093083328350253


 高校の弓道部に所属する周防は、同じ中学だった白石がいった、高校は「所詮中学の延長」の言葉に引っかかる。白石はかつて美術部で絵を描いていたが周囲の圧力で諦めた過去がある。周防はもう一度絵を描いてほしいと願い、自分の弓道の動画を送る。白石はその動画を見て感動し、再び絵を描く決意をする話。


 現代ドラマ。

 五感を使った表現がうまい。

 弓道の練習風景や高校生活のリアルな描写、弓道を通じて好きを諦めないと友達に伝える姿は素敵だった。


 主人公は高校の弓道部に所属している周防桜理。一人称、俺で書かれた文体。後半の一部には白石万桜の一人称、私で書かれた文体がある。自分語りの実況中継で綴られている。


 絡め取り話法の中心軌道に沿って書かれている。

 主人公の周防桜理(すおうおうり)は高校に入学し、弓道部に所属している。弓道の練習を通じて、彼は心を落ち着け、集中力を高めることができる瞬間を楽しんでいる。弓道場での練習は彼にとって特別な時間であり、四季の移ろいを感じながら心を整える場所だった。

 学校生活では友人の白石万桜(しらいしまお)との会話が彼に影響を与える。七月、ある日のお昼休み。白石は高校生活を「中学の延長」と表現し、その言葉が周防の心に引っかかる。白石万桜は七月生まれで三姉妹の次女。中学での部活は美術部。彼女の絵は本当に上手かったが、強制されるのが嫌で、「私の道はここだけじゃないかなって。逃げるが勝ちってゆーじゃん?」といって美術部をやめてコンピューター部へ。

 自分に対してすごく適当な彼女が「所詮中学の延長」というのは納得がいくものの、弓道を通じて自分の成長を感じている周防は彼女の言葉が頭の中で回ってイライラする。

『おまえ 前高校のこと 所詮中学の延長線って言ってたけどあれ どういう意味?』周防は白石にその言葉の意味を尋ねるメッセージを送るも返事がない。彼はその言葉の意味を考え続け、もやもやとした気持ちを抱えながらも、弓道の練習を続ける。

 周防桜理は、毎朝同じ電車に乗る白石とほとんど会話を交わさない。しかし、ある日の放課後、白石が文化祭の小説を書こうとしていることを知り、彼女との距離が少しずつ縮まる。

 彼女の言葉は、思わず口から出た言葉だった。

「所詮高校、じゃなくてあれは所詮私の人生は、だった。周防君に言われるまで忘れてたけど。ごめん、気にさせたよね」

 高校にはデザイン科学科があり、強制的に美術部に入る。対して普通科にある美術部では絵の指導がないという。

「もう一度やろうとしたときにはできなくなっていた。好きなことを諦めたら嫉妬などが混ざって純粋で好きでいられなくなる」 

 白石はかつて美術部で絵を描いていたが、親や周囲の圧力で絵を諦めた過去がある。

 周防は白石に好きなことを、もう一度絵を描いてほしいと願い、部長には射形をみたいからと伝えて許可をもらい、自分の弓道の動画を送る。白石はその動画を見て感動し、再び絵を描く決意をする。

 帰りの電車内で、周防は白石に動画の礼をいわれる。弓が好きなのが伝わり、「もう一回、絵描く」と彼女は告げる。

 一生の宝物はどこにでも、誰にでもある。自分にとっては弓道だと思う周防だった。


 三幕八場の構成になっている。

 一幕一場の状況の説明、はじまり

  弓道の練習風景と主人公の心の平静。

 二場の目的の説明

 昼休み、友人白石との会話と高校生活の描写。

 二幕三場の最初の課題

 白石の「高校は中学の延長」という言葉。

 四場の重い課題

 弓道の練習を通じて、彼女の言葉の意味を考える。

 白石にメールを送るが返信は来ない。

 五場の状況の再整備、転換点

 周防と白石の関係性が描かれる。

 六場の最大の課題

 白石の過去と現在の葛藤が明らかになる。

 三幕七場の最後の課題、ドンデン返し

 周防が白石に弓道の動画を送る。受け取った白石は親や周囲の圧力からやめたことを思い出し、描きたい思いを強くする。

 八場の結末、エピローグ

 自己満足で最後の一文はキモかったとしながらも『白石、俺 白石の絵好きだよ』と送る周防。帰りの電車で、白石が再び絵を描く決意の言葉「もう一回、絵描く」を聞く。


 好きの謎と、主人公たちに起こる様々な出来事の謎が、どう関わり、どのような結末に至るのか気になる。


 動きとともにきれいな描写と、物語性のある書き出しがいい。

 非常に興味が惹かれる。

 遠景で「射場に立った瞬間、視界がひらける」(行動と視覚)描写をし、近景で比喩を用いた表現で息を吸い(思考と行動)、心情で「この瞬間が一番好きだ」と(感情)語る。

 なにかが起こる、期待をもたせる書き出しに興味が日あれてる。

 さらに具体的に「四季の移ろいと共に花鳥風月を感じられるこの場所」説明し、また比喩を用いた表現で息を吐いて背筋を伸ばすド動作を描く。

 感情と動き、五感描写をくわえた表現で、臨場感を感じられる。

 深く息を吸うには、その前に吐かなくてはいけない。だから最初に息を吸うのではなく、吐く描写が来たほうがいいのではと考える。考えるけれど、主人公は弓を初めて三か月だから、まだ身についていないのかもしれないから、気にしないでおく。


 主人公は弓をしている。所作や動きを型どおりに行っていく感じがする。主人公の主観でありながら客観的な感じに書かれていて、導入として世界観に引き込んでいるところが良い。

「弓を引く。この時間が好きだ」

 美徳に感じ、共感を抱いていく。


 昼休みの食事風景。

「冷えたごはんは今日炊いたばかりだというのに硬くて、グミを食んでいるような気分になった」この表現が実感がこもっていていい。

 こういう弁当のご飯を食べたことがある人は追体験するし、昼休みの時間を思い浮かべるだろう。

 

「今日も今日とて友人と何個かの机を分け合って食べてる。何となく、小学校の時の林間合宿でやったマイムマイムを思い出す格好だった」

 言いたいことはわかるけれど、「何個かの机を分け合って食べてる」がわかりにくい気がした。

 ようするに、仲の良い友達同士が机を突き合わせて固まって食べていて、教室全体を見るとその様子がマイムマイムを踊っているように輪になって見えたという感じかしらん。


 暑さから弓道場の心配をする主人公、それに対して母親は弁当の心配をする。それぞれが、自分の分野で気にしていることを口にしている。主人公が「そこ?」というのは、同意してほしかったのかなと思った。


「文芸部の天井に穴空けてさ、忍び込めるようにしたら面白そうじゃない?」といったのは、主人公によれば、実行しかねないから本気で止めなければならないとある。

 退学になってもいいと思っていて、高校は中学の延長だという、同じ中学からのつき合いの彼女。

 のちに、中学時代に親や周囲の影響から好きな絵を諦めなくてはならなくなったことが明かされていく。でも、二人の関係性が今ひとつ、フワッとしている。

 高校で席が前後になったとき、アメコミヒーローのような顔を創って「似てない?」と下手なナンパをしてくる新一年生として出会っている。「実際、白石は変な奴だった。初めて話した時みたいな軟派なやつかと思ったら、以外にも内向的なタイプで驚いた。でもまた軟派な雰囲気を出してくる、いい加減なやつだった」と彼女の性格を知ったのも高校のグループワーク中。

 中学時代ではただのクラスメイトで、親しくなかったのかもしれない。


 長い文のところもある。基本は五行までで改行。句読点を用いて一文は長くない。長いのは、白石が自分のことを話した台詞。一応三つに分割されている。台詞の間に地の文で、彼女の動きを書いて挟めばいいのではと考える。

 放課後、白石は教室でノートと睨み合い、主人公は白石の座る席の前の席に腰掛け話してきた。その間は、状況がわかるようによく書かれている。でも長台詞のところはそうではない。「白石は、蛇口から水が出るのと同じに流れるようにすらすらと話し出した」とあるけど、なんの動きもなく語らないと思う。

 それだけ重々しく、感情を荒立てないで落ち着いて話していたことを表したいのかもしれない。声のトーンや息遣い、どういう姿勢だったのかしらん。

 彼女にとっては言いにくいことで、胸の内では昔のことを思い出して、嫉妬やドロドロした感情が湧き上がっていたかもしれない。顔を伏せたりそらしたり、正面に対峙されるのを嫌って体を横に向けたり、手や足を組んだりすると思う。誰かに話したこともない内容だったはず。それを、中学から仲の良かった主人公に話すのだ。どこかしら態度に現れるはず。書かれてないと、読みてはわからない。

 ところどころ口語的。基本周防の一人称視点で、主人公の内面描写が豊富に書かれている。 シンプルで読みやすい。会話が多く、キャラクターの内面、心の動きがよく描かれている。

 高校生活のリアルな描写。日常の中での小さなドラマとして、周防と白石の成長が丁寧に描かれている。感情の変化が細かくなされているのが特徴。夢を諦めないことの大切さが伝わる。

 弓道の練習風景や昼休みの描写などが、五感を使って詳細に描かれているところがいい。感情と五感の組み合わせによる描写が、臨場感を感じさせているのもいい。

 視覚は、射場に立った瞬間の視界の広がり、四季の移ろいと共に感じる花鳥風月、的前に立った時の景観の鮮やかさ、電車の中や学校の風景、弓道のシーンなどが具体的に描かれている。

 聴覚は、弦音が手から放たれる音、校舎の裏側で聞こえるテニス部の音、袴の擦れる音、「カアン」という矢が的に当たる音、外れた安土に刺さった音、電車のアナウンスや弓道の音などが描写されている。

 触覚は、弓の重さと手に馴染む感触、袴の重み、スマホ画面のタップする感触、矢を握る手の感触、白石の肩を叩くシーンや弓の感触などが描かれている。

 嗅覚は、雨の匂い、更衣室に染みついた汗の匂い

 味覚は、冷えたごはんの硬さとグミのような食感、おかずのから揚げの胡椒の効いた味が描かれている。また、退屈で辛そうな興味のない顔でいった白石の「延長だ」に対しての心情、口に広がる苦味にも描かれている 


 主人公の弱みは自己疑念。白石の言葉に振り回され、自分の価値観に自信が持てない。そのために、コミュニケーションの苦手なところがあり、白石に直接聞けず、メールで尋ねている。しかも、返信がないことに対して取り乱している。

 苦手さがあるだけで、電車内でみかけた彼女の肩を二回叩いて「おはよ」と声をかけている。

 それでも結局、知りたいことは聞き出せず、自分の気持ちを伝えるのが苦手。それは周防だけでなく、白石も同様。


「神様は三年前に絵を描くのを止めろ、って言ったんだよ。いつまで夢見てるの、って」「確かに、君の神は言わないかも。けどうちの神は言うのだよ」「……でも私はできなかった。神は神だった。私には全知全能に見えた」

 親を神にたとえの表現は、関係性を感じさせている。上手い表し方だと思う。

  

 絵を描くことを辞めさせられて、代わりに文芸部に入ってお話を考えている白石の「新生活」の表現は言いえて妙。主人公は「普通と違う使われ方をした単語はしっくりときた」とあるけれど、彼女にとっては望まない新生活だったはず。


 周防は自己評価の低さも弱みとしてあるのでは、と考える。

 自分の行動が自己満足に過ぎないと感じているから、「白石さ、あの時部活でいじめられてたんじゃないか? 親と、上手くいってないんじゃないか? ずっと何か我慢してるんじゃないか? 言いたいことはいっぱいあるけど、全部は暴かない。友達だから。これも本当は暴かなくていいこと。だけど俺はあの言葉の意味が知りたくなってしまったから。答えろ、答えてくれ」と思って「ラインさ、読んだ?」と聞く。

 中学の延長と周防は思っていないが、思っていた可能性もあるかもしれない

「いや、俺だって学校は好きって程じゃない。行きたくないと思う日の方が多かったりするし、部活がなかったらいってない。それでも、ここを手放したくないって気持ちはあるし、最低限好きと言える。でも白石の顔にそれはなかった」

「初めて弓道を見て、先輩が弓を引いているところ見てから、弓道やりたい! と思ったあの時から三ヵ月経って初めて的前に立った」

 つまり、弓道に出会わなければ、主人公も白石と同じように感じていたのではないか。

「確かに高校は中学の延長線上にある。けどそれはあくまで延長線上であって、高校は階段を一段上がる。俺はそう思っている」といえたのは、弓道という好きなものに出会えたから。

 好きなものがなければ、白石のように延長だと思ったかもしれない。頭ではなく感覚で気づいたから、ラインの返事を聞いて、なんとか力になりたいと思ったのだろう。


 好きなものを諦めた彼女に、自分が好きなものを見せて、もう一度好きな絵を描く気持ちにさせる。

 主人公の周防の行動は、まっすぐでわかりやすい。

 でも、白石にはその展開は予想外だったからこそ、「意味が分からなかった。何故弓を引く? 何故それを私が見る? 文脈がつながっていない」と驚き、「私に分からなくても、彼なりの理由があるんだろう」と動画を見て複雑な感情が起こっていく。

 読者にしても、好きを諦めなければならなかった白石に自分の射形をみせる展開には驚きと興奮を覚える。

 白石というキャラクターがどういう人間なのかをわかってもらうためにも、この場面だけ、白石視点で描かれる意味がある。彼女に感情移入できるから。

 できるなら、彼女が見た彼の射形を読者も想像できるように描いて欲しい。本作は基本、周防の一人称視点で書かれているので、彼の射形の様子を客観的に描けるのはこの場面だけだから。

 三人称で書かれているたら冒頭で周防の射形を客観的に描くはずなので、現在の白石が見た描き方でもいいのかもしれないのだけど。

 白石がもう一度、描きたいと思わせてくれた彼の姿を眺めながらの言葉や共感が、読み手の共感となって深く伝わってくる気がする。

 なにより、美術の心得がある彼女。そんな彼女だからこその描写も見てみたかった。

 

「もう一回、絵描く」

 といった彼女の「今度はしっかりと俺の目を見た。逸らさずに見てからアメコミヒーローみたいな顔で笑った。その笑顔は制服が変わっても変わらない笑顔だった」のところは、オチとしていいと思う。

 また、彼女の決意に驚き「マジ!?」「まじー」のあとで、電車が停まる状況描写もよかった。

 彼女が絵を描く道に戻ったことを表すのと同時に、好きなことをする路線にいること、二人の仲が戻ったことも表しているのだと感じた。


 ラストの、周防による詩的なモノローグで終わるのもいい。物語の締めとして、客観的に総括している。一生の宝物は大切で、自分にとって弓道だと。

 

 読後。タイトルが良かった。弓道の話だとわかるのと、白石にもう一度絵を描くこと、諦めかけた好きを取り戻させた射形の姿が込められている。周防と白石の関係性や成長が非常に魅力を感じた。白石が再び絵を描く決意をするシーンは感動的。

 世の中には、たくさんいると思う。

 経済的か受験か、親や周りに言われたからか、やっかみを受けたからか。一度は好きを諦めたことのある読み手の心に届き、もう一度好きになってみようと行動を起こさせるきっかけになるかもしれない。そんな素敵な作品だった。

 

 

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