she小説

she小説

作者 kanimaru。

https://kakuyomu.jp/works/16818093077839076105


 クラスメイトの彼女から「私の小説を書いてよ」と頼まれ放課後の時間を共に過ごし、卒業式の日、彼女が亡くなったことを知る。彼女との約束を果たすために書いた小説を墓前に供える話。


 三点リーダーはふたマス云々等は気にしない。

 現代ドラマ。

 切ない。

 詩的な表現、描写の美しさなど感動的な作品。


 主人公は、男子高校生。一人称、僕で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。現在、過去、未来の順に書かれている。


 それぞれの人物の想いを知りながら結ばれない状況にもどかしさを感じることで共感するタイプの中心軌道に沿って書かれている。

 九月二日。高校生の「僕」は、クラスメートの「彼女」から突然「私の小説を書いてよ」と頼まれる。放課後の時間を共に過ごし、彼女との会話をノートに記録する日々が続く。卒業式の日、彼女が亡くなったことを知り、彼女の意図や言動の意味を理解する。

 彼女の墓前で好きだった紫の花を備えると、風が花びらを舞わせる。彼女が「ひこうき雲」になったことを感じ、彼女との約束を果たすために書いた小説『ひこうき雲みたいな君へ』の上に、花びらが落ち、ノートの上で優しく微笑みかけていた。。


 四つの構造で書かれている。

 序盤は彼女との出会いと小説を書く依頼。

 中盤は放課後の時間を共に過ごし、彼女との対話を記録する日々。

 終盤は卒業式の日に彼女の死を知り、彼女の意図を理解する。

 結末は墓前で彼女との約束を果たし、彼女が「ひこうき雲」になったことを感じる。


 月とひこうき雲のどちらが綺麗かという謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どう関わり、どんな結末に至るか気になる。

 台詞からの書き出し。

 遠景で、「君は月とひこうき雲のどちらが綺麗だと思う?」聞かれ、近景でどのような声が教室の沈黙を切り裂いたかを描き、心情で意味のない問いだと知っていることが語られる。

 はじめから哲学的なやり取りが始まっている。

 本作は、そうした物語ですよと読み手に伝えているところから始まる。しかも、彼女の問は二択。しかも主観的な問いかけなので、答えなどない。どちらでもいい。

 にもかかわらず、主人公は、「……比べることが間違いだよ。本質がまるで違う」と言い切る。「永遠と、刹那と。自然と人工じゃないか」

 物事の本質、意志や意図を読むことは、生きるうえで大切なことである。主人公に非常に共感を持てる。なんとなく面白い。

 彼女はそういうことを求めていたわけではないだろうけれども、「君はやっぱり面白いね。つまらないことを言う」という。

 このときに、どうして小説を書いてと頼んだのか、自分の気持ちを彼なら気づいてくれるかもしれないと思ったかもしれない。


 長い文ではなく、数行で改行。句読点を用いて一文も長くない。

 ときに口語的で、登場人物の性格がわかる会話文。主人公の内面の葛藤や感情が詳細に描かれている。美しい比喩や描写が多く、詩的な文体が特徴的。 彼女との会話が哲学的であり、深い意味をち、関係性が深く書かれていて共感を呼ぶところが良い。生と死、永遠と刹那、自然と人工などのテーマが哲学的に描かれている。 

 五感を使った詳細な描写が豊かで、情景が鮮明に浮かぶのもよかった。視覚は教室の風景、彼女の黒髪や瞳、グラウンドの野球部の姿、卒業式の様子、墓前の花束や花びら、ひこうき雲などが詳細に描写されている。

 聴覚は秒針の音、彼女の笑い声、チャイムの音、春の風の音などが描かれている。触覚は春の風が耳を撫でる感覚、花びらがノートに着地する感覚など表現。嗅覚は、線香の香りが鼻腔を刺激する描写。味覚は特にないが、感情の味わいが豊かに表現されている。


 主人公の弱みは、自己評価の低さ。

 自分を「暇人」と称し、国語や読書が得意でないことを自覚している。ただ、真面目である。

 その真面目さも、臆病から来ているのかもしれない。彼女に対して本当の気持ちを伝えられない、質問をためらうなどの臆病な一面がある。

 その性格が、孤独にさせている。

 彼女が亡くなった日、「教室全体も、彼女のことを気にかけている様子はなかった。それよりも、友人との思い出に浸る方が先決だったのだ。僕にはそんな友人はいないのだけれど」と書かれている。

 主人公には友達がいないのだ。

 彼女が唯一、友人と言える存在だったのだろう。

 だから、彼女が亡くなったとき、彼女との関係が特別であることに対する孤独感が描かれている。

 墓前に供える展開は、すこし予想外でもあった。臆病だった主人公が行動に移している。小説を書くのは約束だったからはもちろんだけれども、主人公の中では大きくなっていたことだろう。


 擬人化の花びらが、哀愁を誘ってくる。「花びらはその文字を気に入ったかのように、ノートの上で優しく僕に微笑みかけていた」「風が墓前に置かれた紫の欠片を飛ばした。まるで意志を持つかのように悠然と飛んでいくそれを見上げた時、視界にひこうき雲が入った」

 視界に見えたひこうき雲から、そちらを選んだかと思う。そして主人公が選んだのも、ひこうき雲。一瞬の美しさを選んだのだ。

 彼女の短い命とその中での輝きがふさわしいと思ったのかもしれない。

 また、ひこうき雲は人工的なもので、彼女自身の存在が人工的(病気やその治療)なものに依存していたことを示していた、あるいは、ひこうき雲は自由に飛ぶ飛行機が作り出すものなので、自由や解放の象徴とも捉えられる。

 病気から解放され、自由になった、そんな思いもあって、ひこうき雲を選んだのかもしれない。


 彼女は、病気で命が短い自分のことを知っていた。そんな存在を残したかった。主人公を選んだのは、彼との絆を築きたかったのかもしれない。彼に小説を書かせることで、自分の内面を感じ、共有し、理解してもらうことを望んだ。さらに、友人のいない主人公の成長を促すためもあったかもしれない。小説を各経験を通じて、新しい視点や価値観をみつけること期待していた可能性も考えられる。

「今度はちゃんと聞くよ、僕を選んだ理由。だから、答えを用意しておくように」

 あぁ、切ない。

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