【書籍化決定】異世界で縛りプレイ「チートは要らない」俺は棍棒だけで魔王を倒す。〜棍棒勇者の冒険譚〜

月亭脱兎

異世界転移編〜イカれ勇者

プロローグ『縛りゲーマー』

「おい……貴様、ふざけているのか?」


 最終決戦の相手。豪奢な鎧と大剣を構えた大男、闇の剣闘王……その力強く響く声が、コロシアムに冷たい怒気を満たした。


 そんな中、一切の防具を身に着けていない――いや、ほぼ下着姿の俺が、その眼前に悠然と立っている。


「ああ、これか?」


 俺は自分の格好を一瞥し、軽く肩をすくめる。


「防具なしの『縛りプレイ』だ」


 その言葉に、剣闘王は一瞬息を詰まらせた。

 数千年を生き、数えきれない戦士たちを屠ってきたが、こんなことを言われたのは初めてだった。


「……貴様、世界最強の魔人である我を前に『縛りプレイ』だとぉ!?舐めるな!」


 剣闘王の声が轟き、地面が揺れた。怒りは頂点に達している。これまでに積み上げた威厳と恐怖を、このふざけた男に壊されようとしていることが、耐え難かった。


 しかし、俺は平然としたまま、冷静な目で剣闘王を見据えていた。


「いやいや、本気さ。防具なんて必要ないだろ?」


 俺は笑みを浮かべ、言葉を続ける。


「当たらなければどうということはない、ってね」


「貴様あぁぁぁぁっ!」


 剣闘王は激怒し、その手を振り上げた。

 暗黒の力が渦を巻き、無数の魔法陣が空中に浮かび上がる。周囲の空間が軋み、時間すらも揺らぐ。


 人間の反射速度を超えるとされる最終奥義。

 過去にこの技を避けた者は誰一人いないらしい。


「これで終わりだ!その薄汚い下着姿ごと消し去ってやるわ!」


 闇を切り裂くように放たれた攻撃は、稲妻のように速く、圧倒的な力で俺に襲いかかる。観衆が息を飲む中で集中力が最高潮に高まる。


 全身にアドレナリンが駆け巡り……心臓の鼓動が遅くなる……


 まるで俺に周囲の世界が、静止したかのように感じる――


「遅いな」


 その瞬間、俺はすでにその場から消えていた。


 まるで分かっていたかのように紙一重で攻撃をかわし、あっという間に剣闘王の懐へ飛び込んでいた。


 そして、次の瞬間、急所へ致命的なカウンターを放つ。


「な……ッ!」


 剣闘王の顔が驚愕に歪む。胸に受けた一撃は、彼の全ての防御を貫き、その巨大な体を崩壊させた。


 信じられないとでも言いたげに、膝をつきながら闇の剣闘王は断末魔の叫びを上げる。


「こんな……ふざけた奴に……」


「ふざけてなんかないさ」


 そして静かに、しかし確信を持って呟いた。


「これが、俺の本気だからな」


 闇の剣闘王はついに力尽き、地に伏した。


 静寂がコロシアムを包み込む中、俺は軽く背を向け、歩き出した。


 その背中を見送る者たちは、誰もが驚愕と恐怖、そして呆然とした表情を浮かべていた。


  

 エンディングロール


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「もう、クリアか…」


 俺は大きな溜め息をつきながら、ゲーム用ゴーグルを脱ぎベッドに大の字になった。


 購入日にゲームを最速でクリアすることは俺にとってもはや日常茶飯事だ。普通のゲーマーなら絶句する超ハードモードですら大したことはない。


 俺はどこにでもいるごく普通の高校生だ。


 学校に行き、授業を受け、部活もせず、放課後まっすぐ自宅に帰り、自分の部屋にこもってゲームを攻略…とまあ、一見そこらの普通のゲーム好きでちょっと根暗な男子なわけだが、ひとつだけ人と違う才能がある。


 それがゲームだ。


 俺は小さい頃から大抵のゲームをほぼ初見でゲームオーバー無しでクリアしてしまうという特異な才能があった。


 最初はみんなそんなものだろうと思っていたのだが、オンラインをやるようになってから、ゲームの仲間から「異常だ」「チートだ」「特異体質だ」と騒がれ、自分の異常性を自覚するようになった。


 俺は勉強もスポーツも人並みかそれ以下なのだが、ことゲームとなると並外れた集中力、理解力、応用力を、異常なレベルで発揮することができる。


 なにより、それを可能にする、特殊な『異能』を持っている。


 それがどんな能力なのかは、まあ…後々話すとして…


 俺の愛するゲームスタイルは、ゲーマーが辿り着く最後の境地『縛りプレイ』だ。


 ゲームをもっとスリリングに楽しむために、俺はあえて自分に不利な条件を課す。

 ノーダメージクリア、アイテム使用禁止、低レベルクリア、片手操作、目隠しプレイ――日を追うごとに挑戦内容は過激になり、ついには常人にはクリア不可能な超絶縛りプレイへと突き進んでいく。


 その達成感と興奮こそが俺を満たす。そう、俺は困難であればあるほど燃える男。

 きっと世間では俺みたいなのを「刺激ジャンキー」とか言うんだろうな。


 そんな退屈知らずの日々を送っていた俺に、新たな刺激が舞い込んできた。


 その名も――「クエルクス・ワールド」。


 これは最新のフルダイブ型RPG、つまり超リアルな仮想現実のゲームだ。

 だが、ただのゲームじゃない。徹底してリアリティを追求したこの作品、設定の細かさも尋常じゃないし、攻略の幅は無限大。

 敵のAIは恐ろしく賢く、戦略的に技やパターンを組み合わせて襲いかかってくる。


 はっきり言って、今までのどんなファンタジーRPGよりも圧倒的にハードだ。難易度高すぎだろ、これ。


 でもな、それが最高なんだよ!


 しかも俺は、この超難関ゲーム「クエルクス・ワールド」を、なんと初期装備だけでクリアするという無謀すぎる『縛りプレイ』に挑戦している。


 誰もが「正気じゃない」「絶対ムリだ」と言い放ち、挙句の果てには「真正どMか?」と笑われた。でも、俺は引き下がらなかった。


 そして今日――ついに、その目標のクリア目前!ラスボスの魔王にまでたどり着いた。

 俺を嘲笑った連中!ざまぁ!


「さすがのラスボス魔王もそろそろ限界のようだな」


 リアル追求型のクエルクス・ワールドは、リアルな喧嘩や格闘のように、相手の攻撃を正確に見切ることで、回避も反撃も可能だ。つまりどれだけ実力差があっても回避に成功すれば最悪負けはしない。


 そこで俺が攻略の糸口としたのが「あたらなければどうということはない」戦法。

 もはやシューティングゲームの攻略法だが、勝てばいいのだよ勝てば。


「次で魔王の体力を削り切れるはず!」


 俺は、地面を走る魔王の強力な斬撃が迫ると集中力が最高潮に高まり、全身にアドレナリンが駆け巡る……


 同時に、俺の心臓の鼓動が遅くなり、世界が静止したかのように感じる。


 ああ、この瞬間がたまらない——俺は今、生きていることを実感している。


 魔王の攻撃をギリギリで回避すると同時に、カウンタースキルを乗せた渾身の攻撃が見事にヒットした。


 だが——その瞬間、電源が落ちたように画面が消え、視界も真っ暗になった。


「なんだよ、まさか停電か?!」


 驚きと焦りと怒りが混じる中、目の前に奇妙なメッセージが浮かび上がった。


 ——あなたは勇者として召喚されました——


 俺がその意味を理解する間もなく、瞬く間に体が光に包まれ、誰かが意識の中に話しかけてきた。


「君にはこれから我が世界を救う勇者として転生してもらう」



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