第37話 正義の敵とは
その後、俺たちはゲストハウスのような場所に案内された。
華美ではないが、南国のジャングルの中にある自然と融合した高級リゾートホテルといった雰囲気で、さすがは王宮といったところだ。そこで俺は、アルティナに対して不満をぶつけていた。
「なあ、なんで聖王が親だって教えてくれなかったんだよ!」
「まあいいじゃない。結果的に創造神ユグドラ様に会うことができるんだから」
事前に聞かされていなかったことにご立腹な俺に対し、アルティナはサラリとした態度だ。婚約とか結納とか、そういうのは人生の一大イベントじゃないのか?もっとこう、なんていうか……あるでしょ? まったく、エルフってのはよくわからない。
美月はその様子をずっとニヤニヤしながら見ている。さっきの王宮での態度といい、このポンコツは俺が焦っている様子を面白がっているようだ。なんなんだよ、もう。ニコルは王宮に来てからずっと機嫌が悪いようだが、そんなに聖王が嫌いなら寝てればいいのに。
その時、誰かがドアをノックした。開けると、そこには将来の義兄こと剣聖ソルが立っていた。ソルは部屋の中を少し覗き、アルティナの所在を確認する。しかし、彼女はソルを一瞥したあと、プイッと顔を逸らした。兄妹も仲が悪いのかよ、面倒くさいなあ、もう。
「なあ義弟よ、ちょっと話をしたいんだが、良いか?」
「ああ、構わないよ」
俺が返事をすると、ソルは再びアルティナの方を向く。
「アルティナ! しばし婿殿を借りるぞ」
「どうぞ、ご勝手に」
アルティナは目も合わせず、そっけなく返事をした。
俺とソルは王宮の廊下を歩いた先にある展望台のようなテラスに移動した。そこからは、まるで巨大な壁のように天へと伸びる大神樹を間近で見ることができた。
「なあ義弟よ、アルティナは家族のことを何も話していなかったのだろ?」
「……まあ、聖地の家族に会うとは聞いてたけど、まさか聖王の娘とは知らなかったよ」
「まったく、あいつは昔からそうなんだ。特に親父殿、いや、聖王様とは馬が合わないようでな。そんなことだろうと思っていた」
俺はソルになら話しても大丈夫だろうと感じたので、アルティナとの出会いから、婚約者となってしまった経緯を簡単に説明した。
「なるほど、龍言の誓いか……それは強力な縛りだな。とはいえ、あのアルティナが……面白いな、君は相当に好かれているようだな」
「いや、そんな風には感じないんだけど……」
「これでも君よりはあの子と付き合いは長い。心配するな、君は大した男だよ」
そう言うと、ソルは俺の肩をポンポンと叩きながら笑った。それにしても、このRPGゲームから飛び出したような超イケメン面はなんなんだ。男の俺でもじっと見られるとドキドキするくらいだ。あの絶世の美女の兄だけのことはあるな。血筋ってすごいんだな。
「ところで君は、創造神と魔王の関係について、どれくらい知っているんだ?」
えーっと、アルティナの前では知ったかぶりしてたけど、実はほとんど何もわかってないんだよな。ソルは口が硬そうだし、ここはぶっちゃけてみるか。
「じつはね……皆目見当もついてないんだ」
すると、ソルはやれやれといった表情をして俺の背中を軽く叩いた。
「だろうとは思ってたよ。まあいい、俺が今から話すことはここだけにしといてくれるか? 義弟の面目が立つように少し知恵を貸してやろう」
「ああ、頼むよ、いや、よろしくお願いしますよ、義兄さん」
ソルの話の内容はざっとこんな感じだった。
創造神ユグドラと魔王は面識があって、現在の魔王の強さの一端は創造神との契約によるものらしい。魔王の最終目標は王国を制圧したあとに、この聖地に進軍し、大神樹を自分の支配下に置くことらしい。大神樹を支配する目的は、おそらく創造神ユグドラの力を利用するためだという。
「当代魔王とは、いったい何者なんだ? そもそも先代魔王が勇者オーリューンに倒され、聖剣に封じられたんだから、もう魔王が転生したり復活したりできないはずだろ?」
俺は前から気になっていた疑問をソルにぶつけてみた。
「……原則的にはそうなるがな、事実、魔王は転生している。君はなぜだと予想してる?」
「予想と言われても……考えられるのは、聖剣に封じられた魔王が何らかの方法で解放されたくらいしか思いつかない」
「ふむ……まあ正解でもあるし、不正解でもあるな」
ソルは意味深な言い方をして、大神樹を見上げた。
「君は、正義の反対、つまり正義の敵は何だと思う?」
何だそれは? 頓知問答か? 模範的な回答をすればいいのか。
「まあ、悪かな」
「違うな……」
そう言うと、ソルは俺の方に向き直し、目を見つめながら言った。
「正義の敵は、もう一つの正義だよ」
もう一つの正義? 相手にも、魔王側にも正義があるって言いたいのか。
「まあ、その先は創造神ユグドラ様に尋ねるがいい。俺から伝えられるのはここまでだ」
「いや、十分だよ。俺もバカじゃない、ある程度理解はできた。助かったよ」
俺が礼を言うと、ソルは微笑を浮かべ、俺の肩に手を回した。そして、さっきよりも小声で話しかけてきた。
「それと聖王様には気をつけろ。この後、君だけが密かに呼び出されるはずだ」
「え…? それってどういう」
「二人っきりになった時、聖王様の本性がわかる……決して動揺せず、誠意を持って対応してくれ」
そう言うと、ソルは俺の肩をポンと叩き、帰っていった。まったく、兄妹揃ってはっきり言わないんだな。まったく血筋ってやつは。
部屋に戻ろうとすると、部屋の前に黒いフードを被った男が立っていた。どうやら俺を待っていたらしい。こちらに気づくと、急足で駆け寄ってきて俺に片膝をついた。
「勇者拓海様、聖王様がお呼びです。このままお一人で、玉座の間の裏にある聖王様の執務室までいらしてください」
「ああ、わかった」
「では、私はこれにて」
そう言うと、黒いフードの男は音も立てずに姿を消した。うーむ、隠密の達人のようだな。
俺は言われた通り、自室には戻らず、そのまま聖王と謁見した玉座の間に行き、言われた部屋のドアをノックした。
「勇者拓海か……入りたまえ」
俺は、そこで——聖王の本性を見ることになる。
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