第36話 聖王と王女

「ま、いいわ——。で、聖王の護符はもらったのかしら?」


 アルティナさんの切り替えの速さにはいつも驚かされる。クールなのか、感情が乏しいのか、それとも単にエルフの特性なのか。


「これかな、うん、くれたよ」


 俺は聖王の護符らしきものをアルティナに手渡した。


「まだこんな面倒くさいことやってるのね、あの男は」


「あんまり聖王の悪口は言わない方がいいよ。さっきの人もその辺にまだいるかもしれないし」


 アルティナはそんなのどうでもいいという感じで護符を確認すると、簡単な呪文のような言葉を発しながら、表紙に書いてある小さな魔法陣に触れた。すると、護符が眩い光を放つと同時に、空が明るく輝き、遥か前方にまるで天空を貫くような巨大な神樹が現れた。


「うはぁ……すげえ!まるでゲームのイベントみたいだな!」


 俺が感動しながら大神樹を眺めていると、アルティナが聖域の仕組みについて教えてくれた。クエルクス聖地の中央には12本の神樹があり、それぞれに新樹を守るエルフの里があるらしい。本来、大神樹へ訪れるためには12本すべての神樹を巡回し、12の守護獣に祈りを捧げ認めてもらう必要があるそうで、その後にやっと護符をもらえるということだ。


「じゃあ俺たちは、巡回しなくても良くなったってこと?」

「そうね。でも私や、たぶんこのニコルも、元々聖地の人間だから巡回しなくても、この護符をもらうことができるのよ。」


「あ、そうなんだ。じゃあ俺だけテストされたってことか」

「……私がいればテストなんて要らないんだけど、単に聖王の趣味ね」


 おいおい、趣味で俺は殺されかけたのかよ。いや、あの剣聖ソルに殺気はなかったから、何かしらの指示でああしたのかもしれないな。


「そういや、ニコルは守護獣なのになんで聖地の外に出てたんだ?」


 俺は起きているニコルに素朴な疑問をぶつけてみた。


「んぁ?わちきか?聖王が嫌いじゃから仕事を放棄したんじゃ!たぶん誰ぞが代わりをやっとるでな。きゃはは!」


「……どんだけ緩いんだよ、聖地って」


 ◇◇◇◇


 俺たちはその日、エルフの里に一泊した後、大神樹の麓にある聖都に向かって出発した。目印となる大神樹があまりにも巨大なので、迷う奴はまずいないと思う。なんのトラブルもなく、2日ほどで聖都の入り口に到着した。


 聖都の壁は、まるで光を放つように輝いている。その上には、緑豊かなツタが絡みつき、自然と調和するエルフの独特のセンスが感じられる。


「ここが聖都か……」


 俺はその荘厳さ美しさに見惚れてしまった。


「前にも言ったけど、ここから先、何が起こっても、エルフの家臣や聖王に何を言われても、私に任せてくれる?」


「うん、まあ俺にも思うところはあるが…ここはアルティナに任せようと思ってる。」


 まったく思うところなんて無いので、この提案は大変ありがたい。厄介ごとはアルティナに丸投げだ!だって聖王のこともよくわからないし。


「うん、そう言うと思った。さすがね」


 アルティナが先導して門の前に進むと、守衛たちが深々と頭を下げて道を開けた。どうやらアルティナのことをよく知っているようだ。門をくぐると、中にはさらに壮大な景色が広がっていた。エルフの住む家々は木々と一体化しており、まさにファンタジーな美しい都市が広がっている。


「この街、すげぇな……あのアニメの、空に浮かぶ城みたいだわ」


 あまりの絶景に俺は感嘆の声を漏らした。


「ここは、聖王が住む聖都であり、大神樹を守護する神殿でもある、つまり聖地の要ね……私たちの目的地は大神樹の根元にある聖王の宮殿よ」


 アルティナが歩きながら説明する。


 街の中心には、巨大な神樹がそびえ立っていた。近くで見ると大樹というより山みたいに見える。その根元には、エルフの宮殿があり、その美しさは言葉にできないほどだった。建物はすべて自然の素材で作られており、まるで自然そのものが形を成したかのようだ。


 宮殿の入り口には、美しい彫刻が施された巨大な扉があった。その扉には、エルフの神話が描かれており、見るだけでその歴史が伝わってくる。


 アルティナが呪文を唱えると、扉がゆっくりと開いた。中には、さらに壮麗な宮殿が広がっていた。広い廊下を進むと、ついに聖王の間にたどり着いた。


 そこには、威厳に満ちたエルフの聖王が座っていた。雰囲気はアルティナや、前に会った剣聖ソルと似ているが、美しく飾られたローブや、その全身から放たれるオーラのような独特の雰囲気は、さすが聖王といった感じだ。


 その威風堂々とした佇まいに俺は、一瞬息を呑んだ。しかし、アルティナは臆することなく堂々と前に進み、一礼した。


「父上、アルティナ、只今戻りました。」


(え?!父上……って言った?)

 俺は心臓が飛び出るほどの驚きを悟られないように、ゆっくりアルティナを見つめた。さすがだ、いたって冷静である。ていうか、やられた……この展開はまったく予想していなかった。


「そして、この人が私の……婚約者フィアンセ、拓海です。」


 あー言っちゃった、アルティナがさらりと言っちゃったよー。どうしよう!何もお土産とか粗品とか持ってきてないんだけど……ていうか聖王の娘ってことは王女ってことなの?どうなっちゃうの俺。


 聖王は俺をじっと見つめ、やがて微笑んだ。


「よく来たな、勇者拓海。まさか、我が娘が勇者と結ばれるとは夢にも思わなかったぞ。」


「あ……えっと。はい!不束者ですが、お手柔らかに」


「………お主、面白い男よの」


 聖王の言葉にアルティナはわずかに苦笑いした。


「父上、勇者拓海は私が人生で出会った中で、最も優秀で、優しい人です」


 聖王はその言葉に少し顔をしかめたが、すぐにニコニコと笑顔を戻した。


「まあ、まああれだ……アルティナちゃ、いや、娘が幸せならそれでよいのだ。だが……君は、このアルティナの幸せとは何だと考える?」


「……幸せとは、私が決めることではありません」


 俺はまったく答えを用意していなかったので、とりあえずはぐらかした。時間をくれ!さすがにこれじゃ無策すぎる。


「……ほう、ほう……相手の思うところに答えありとな……では娘よ、幸せか?」


「はい、とても幸せです」

「本当に幸せか?」

「はい。本当に。」

「その本当は本当にか」

「…間違いなく本当です」

「でも、勘違いかもしれぬぞ」

「私が間違えると?」

「いや、そういう意味ではない」

「であれば問題ありませんよね」

「怒ったのかな?」

「怒ってませんが?」


 なんか聖王とアルティナが、冷静にコントみたいなやりとりをしてるのだが、これはエルフ流の儀式かなにかなのかな?こんな時は俺はどうすればいいんでしょうか。さっきからずっとハニワみたいな顔になってるんですが。


 その時、背後から聞き覚えのある声が響いた。


「父上、この男、剣聖である私よりも、はるかに高い能力を持っておりました。」


 振り向くと、剣聖ソルが立っていた。彼は冷静な眼差しで俺を見つめた。


「このような頼りになる義弟が出来て、私は誇らしいぞ妹よ。」


(え?義弟……剣聖ソルはアルティナの兄ってこと?)

 俺は情報が増えすぎてさらに混乱した。


「おいおい、義弟よ。そう心配するな。私はお前の気持ちをよくわかってる。


 そう言って剣聖ソルは肩をすくめた。


 ソルの話を聞き、聖王はようやくアルティナとのコントみたいな儀式を終えたようだ。もうなんなんだこのエルフ一家は、何を考えてるのかさっぱりわからん。


「あの父上、創造神様にも婚姻のご挨拶に伺いたく思うのですが——大神樹へと入る許可を頂けますか?」


 アルティナは、真面目な顔でそう言い、聖王に深々と頭を下げた。

 俺もよくわからないけど、真似して同じように頭を下げる。美月も真似して下げているが、顔が半笑いなのはなぜだ。


 アルティナの提案に対して、聖王は少し何かを考えたようだったが、微笑を浮かべ「構わぬ」と承諾した。


 俺たちは一同は、聖王に深く一礼し、アルティナと一緒に謁見の間を後にした。


 ねえ、アルティナさん、いったいこれは何なのよ。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る