【4】

 「貼り紙するようになるかもね。〝トイレでの洗い物や歯磨きはご遠慮ください〟って」

 「洗い物と歯磨きはご遠慮してほしいもんな。あとあいつ、ウェットティッシュとか除菌スプレーも常備してるし」


 「へぇー、それは知らなかった。潔癖症の人は大変だね」

 「本人もそれ、よく嘆いてたよ」


 「本人も?」

 「うん、潔癖症は金と手間が掛かるって」


 「あはっ、成程。除菌グッズ買うお金も掛かるし、手洗う時間も掛かるもんね」

 「そう、だから菌を気にしない人になりたいって」


 「あはっ、それでも潔癖症はやめられないんだ?」

 「そうみたいだな」


 「ところで、将斗君って彼女いるんだっけ?」

 「どうなんだろうな。高校と大学の頃は、ころころ彼女変わってた。別れる原因は全部、あいつの潔癖らしい」


 「へぇー、高校生の時にはもう発症してたんだね」

 「中学の頃から既に潔癖だったよ、あいつは」


 「中学から一緒だったんだっけ、凌汰君と将斗君って」

 「うん、中学の頃からあいつ、不特定多数の人が触れてる物には極力触れたくないっつってた。だから、バスの吊り革とか一切触んなかったし、図書室の本も一切借りてなかったよ」


 「図書室の本は不特定多数じゃないでしょ。特定されてるでしょ」

 「学校の人だけでも、どれだけの人が読んできたのか解らない本には触れたくないんだってよ」


 「ふーん。図書室の本もかぁ」

 「で、触れない物がどんどん増えてったらしい」


 「あっ、そういう感じなんだ」

 「物の貸し借り出来る相手もどんどん狭まっていったみたいだし」


 「打ち解けた人としか貸し借りはしたくないんだ?」

 「そう、隣の席の奴がシャーペンとか消しゴムなくしたり忘れたりしても貸さなかったし。〝あいつに借りろよ〟とか云って」


 「凌汰君とはどうなの? 貸し借りは」

 「俺とはよく漫画の貸し借りしてたよ、中学の頃から」


 「へぇー、貴重な存在だね。やっぱり凌汰君とは仲良しだから心を開いてる感じだったんだね」

 「サッカー部の補欠同士だったし、漫画の趣味も一緒だったからな」


 「でも、将斗君のお家は未開の地なんだね」

 「んー、あいつ独自の境界線があるんだろうな」


 「ふーん」

 「あいつ、洋服好きじゃん?」


 「うん、おしゃれだよね」

 「でも、試着は絶対しないらしい」


 「試着しないの? それも潔癖が原因?」

 「そう、誰かが試着したかもしれないから、買って洗濯するまで絶対に着ないらしい。ズボンは絶対に地肌に触れるから以ての外っつってた」


 「へぇー、でも、試着しなかったら失敗するでしょ?」

 「そう、パーカーがぱつぱつだったり、ジーンズがぶかぶかって事がちょいちょいあるわけ」


 「そう云えば将斗君って、革ジャンとかスカジャン、ちょっと小っちゃいの着てたよね」

 「いや、革ジャンとかスカジャンはわざとだろ」


 「えっ、わざとなの? どういう事?」

 「革ジャンとかスカジャンはああいうのなんだよ」


 「そうなの? 裾が短いのってわざとなの?」

 「うん、おしゃれ」


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