第2話 察してくれ(何をですか?)

「ありがとうございます。これで回復薬が一つ作れますね。でも、もったいない気もするし、しばらく飾っておこうかな」




 アリスは真剣に花を見つめた。






「ここは静かで落ち着く場所だ。忙しい日々の中で、時々こうして息抜きができる場所は貴重だ。特に君がいると――」






「はい! 私にとってもここは特別な場所です。薬草を摘んでいると、心が穏やかになるんですよね!」




 やや食い気味に答えると、ランメルトは再び微笑を浮かべる。






 薬草摘みが面倒とか地味な作業と言う人間がいるけれど、アリスには信じられなかった。






「そう……君がここにいると、この庭が一層美しく感じる」






「私は関係ないと思いますけど?」




 アリスは彼の言葉に一瞬戸惑い、首を傾げた。






「……察してくれ」




 ランメルトは目線をはずして悲しそうに瞳を潤ませた。






 ――察する? 何をですか?




 アリスはさらにわけがわからなくなって、フクロウのように首をかしげる。






 その時、庭の入り口から歩いてくる女性の姿がアリスの目に入った。






「あ、デラニー! おはよう」




 アリスは顔を上げると大きく手を振って、同じく薬草師見習いをしているデラニー・モンフェリエに笑いかけた。






「おはようございます!」




 足早にやってきたデラニーが目を輝かせて挨拶したのは、ランメルトに対してだった。






 アリスは上げた手をゆっくりと下ろす。






「どうなさったんですか、ランメルト様がこんな所にいらっしゃるなんて。アリスが何か問題でも起こしましたか?」




 デラニーは皮肉交じりの視線をこちらに向けた。






「私、何もしていないわ。今、薬草を摘み終わって戻るところよ」






「あら。私も手伝うはずだったのに、自分の手柄だとランメルト様にアピールしているの?」




 デラニーは意味深に笑いながら、アリスを見下ろした。






「そんなことはないけど……」




 アリスは眉を寄せて困った顔になった。






 たしかに今朝の当番はアリスとデラニーだが、集合時間はとっくに過ぎている。むしろ彼女の方が遅刻だと言おうとしたが、早く回復薬の薬になる花を早く部屋に持って帰りたかったので黙っていることにした。






「アリス、ではまた。競技会、頑張って」




 ランメルトはそう言って薬草園を出ていった。






「なにその花束、もしかしてランメルト様にいただいたの?」




 デラニーは冷たい視線をアリスに向けた。






「そう……だけど」






「前に薔薇をもらっていたわね。それに比べて、ちっぽけな野草。こっちの方がお似合いだってことじゃない?」




 デラニーは鼻で笑って、籠いっぱいの薬草を一瞥してからさっさと庭園を去っていった。彼女はこの美しい花が回復薬の材料になるとは気づかなかったようだ。講義の時間も遠くからしか見ていないし、薬にするには乾燥させて煎じる必要があるので、摘みたての姿を知らなくてもおかしくはない。






「たくさんの薔薇も嬉しかったわよ。薔薇水を作ってみんなに配ったら喜ばれたもの」




 アリスは肩をすくめた。






 初めて騎士団の宿舎に回復薬を届けに行った翌日、両手でも抱えきれないほどの深紅の薔薇がアリスの元に届いた。差出人はランメルトだったが、手紙もメモすらついていなかったので、なぜこんな大層なものをもらう資格があるのかじっくり考えた。






 普通は気になる人がいれば男性から女性へ贈り物が多いこの国で、彼の場合は女性からの贈り物が毎日のようにタウンハウスに届けられると聞いた。




 だから、彼から届いた薔薇で薔薇水を作り、彼女たちに贈り物のお礼としてほしいという意味なのかと解釈し、心を込めて薔薇水を作ったのだ。ランメルトが持ってきた薔薇で作ったものだと令嬢やご夫人方に言ったら、秒で手元からなくなってしまった。






 いいことをしたと思ったのだが、その後ランメルトから「察してくれ……」と言われたきり花をもらうことはなくなった――と思っていたのだが。






「これは私の部屋に飾っておこう」




 薬草園を後にしたアリスは、ランメルトからもらった花束を部屋に飾った。




 甘い香りに包まれると幸せな気持ちになる。






「明日は頑張らないと……」




 専属薬草師になると、騎士団への薬の供給も任され、給金も一気に上がる。




 村から快く送り出してくれた母や、まだ小さい弟や妹たちにもっとたくさん仕送りができるように頑張らなければ。



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