見習い薬草師はイケメン騎士団長からの察してくれアピールを察せない

宮永レン

第1話 見習い薬草師とイケメン騎士団長

 王宮の一角にある薬草園は朝露に輝き、緑の葉が太陽の光を浴びてきらきらと輝いていた。




 薬草師の見習いであるアリス・ルフェーブルは、柔らかな風に揺れる花々の間をそっと歩きながら、手に持った籠に丁寧に薬草を摘み入れていく。植物の香りに包まれながら静かに作業をするこの時間が、彼女にとっての癒しだった。






「早く立派な薬草師として認めてもらいたいなあ」




 王宮にはここの他にもう一つ、王室薬草園という所がある。そこは回復薬や劇薬の元となる植物が栽培されているため、正式に薬草師となった者や王族など身分の高い者などしか立ち入る許可が出ていない。






「――早く希少な花を見たい、触りたい、扱ってみたい」




 アリスはうっとりとした表情で、呟いた。






 暇さえあれば、ご飯も忘れて一日中薬づくりに没頭するくらい、薬草作りが好きなのである。幼い頃から薬草や自然に興味を持ち、村で評判の薬草師である母から知識を受け継いでいた。王宮には珍しい薬草や花があると聞き、アリスはなんとか見習いとしてここに置いてもらっている。






「明日の競技会で一位にならないと」




 アリスは独り言を呟き、ぐっと胸の前で拳を握った。






 年に一度開かれる薬草師の競技会では、もっとも優れた回復薬を調合した者が見習いを卒業し、王宮専属薬草師としての資格を得ることができるのだ。




 夢中で薬草を摘んでいると、足音が背後から近づいてきた。






「アリス、おはよう」






 柔らかい声に振り返ると、そこには騎士団長であるランメルト・ルーセル公爵の姿があった。




 彼は28歳という若さでありながら、王立騎士団を率いている騎士団長だ。短く整えられた艶やかな黒髪に、凛々しく麗しい見目は多くの女性たちを魅了している。






 深い藍色のビロードのジャケット、深紅の裏地の重厚なマント、白いシャツと黒いブーツに完璧にマッチしており、まるで貴族の肖像画から抜け出してきたかのようだ。






「おはようございます、ランメルト様。早朝訓練ですか?」




 アリスは少し驚きながらも、にっこりと微笑んで返事をした。






「いや、今日は君にこれを渡したくて。明日は競技会だろう? 頑張っているアリスを応援しているよ」




 その言葉よりも早く、アリスの目は彼が手にしている小さな花束に向けられていた。






「こ、これって……早朝にしか咲かない水晶花とヴィオルナの花、エーテルブルム、クリスタルブラクシス、ロマンスリーフまで……」




 色とりどりの花や緑の葉は、この薬草園ではお目にかかれないもので、先輩の薬草師が講義で見せてくれた時と標本でしか見たことがない。






「はは、本当に君は薬草に目がないんだな」






「だって明日の競技会では、まさにこれを煎じたものを使うんですよ。こ、これ、本当に私がいただいてもいいんですか?」






「ああ。君のために許可を得て貰ってきたものだから」






 おずおずと手を差し出すと、花束を受け取る瞬間にランメルトの指先が手に触れる。剣を振る大きな手だと思いながらも、すぐに目線は花に向く。






「わあ、甘くていい香り。それにこっちは朝露に濡れると虹色に光るのね、綺麗……」






「百本の薔薇を贈った時より喜ばれるのは複雑だな……」






「え?」






「いや、なんでもない」






 夢中になって花を見つめていると彼が何か呟いたような気がしたが、問い返してもランメルトはにこりと微笑を返しただけだった。




 彼と話していると、たまにこういう無我の境地みたいな顔をするのはなぜなのだろうと、アリスは首をひねる。


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