純愛と狂愛は恋を知らない。〜無自覚ストーカー女が純粋無垢な想い人と同居することになった話〜
寒なの
第1話
『今日午後7時ごろ、アイドルグループ「あなたの心の陽だまり」のメンバー、西野向日葵さんにつきまといや待ち伏せをするなど、ストーカー規制法違反の疑いで前田晴久容疑者43歳が逮捕されました。』
テレビから聞こえてくる女性アナウンサーの声。
夕食の途中に誰かが電源を入れてからそのままになっていた。
別に誰もニュースを気にすることなく、1人はソファに仰向けになって、1人はパソコンに向かっていて、テレビは虚空に話しかけている状態だった。
ソファの前でスマホを見ていた女が立ち上がる。
テーブルの端に放置されているテレビのリモコンを掴むとおもむろに赤い電源ボタンを押し込む。
「続いての」女性アナウンサーの声は途切れる。この東京で、彼女の声に耳を傾ける人間がまた1人減った。
(ストーカーなんて物騒な。有名人って大変。)
テレビの唯一の聞き手であったその女はリモコンをテーブルの上にまた置くと、リビングを出ていった。
リビングは静寂に包まれる。
誰もが目の前の機械に囚われていた。
女は後ろ手にリビングと自室を繋ぐ扉を閉めた。
女の名前は
羽那には大切なノートがある。
そして事ある毎にそのノートを手に取り、記入された文字を読み返すのが羽那の日課でもある。
羽那はノートを胸に抱え、部屋の角に背中を預けて座り込む。
「20XX年4月29日生まれAO型身長176.3cm体重53kg靴は27cmコンタクトの度数は右2.5左2.75いつも乗るのは都営○✕線○△駅午前7時50分発1号車、○△第二小学校△○中学校出身。」
羽那は小さな声で読み上げる。自分しか居ない部屋の隅で顔を赤くさせて。
「中学の部活は陸上部長距離。3年の23区大会で個人競技準優勝。7匹のグッピーを飼っていて名前は月、火、水、木、金、土、日。4つ下の弟がいるけれど兄じゃなくて弟になりたかった、理由は甘えたいから……最っ高!」
高くかげられたノートは部屋の照明と重なり火照った羽那の顔に影を落とした。
羽那は熱の冷めないまま、言葉を紡ぐ。
「私ね、舘森って苗字嫌いだったの。森にある館って、想像したら不気味でしょ?舘っていう字も習わないから珍しくてなんだか悪目立ちして嫌だったの。からかわれたこともある。でもね、君に出会って、こんなにかっこいい君が私と同じ漢字を背負って生きてるって知って、私はこの苗字で良かったって初めて思えた。」
羽那は虚空に向かって嬉々として話しかける。
まるでそこに誰かの幻想を思い描いているかのように。
「ねえ、私たちさ、誕生日もピッタリ3ヶ月違い、血液型も一緒、方面は違うけど電車も一緒。私のお母さんの地元に君は住んでる。これって運命だよね?」
彼女の黒く期待に輝いた瞳は、照明がノートに遮られているせいだろうか?光を宿してなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます