転生勇者、人生初の学院生活に臨む
上洲燈
プロローグ
第1話 生まれ変わった勇者
「これで、トドメだっ!」
「この我が、このようなところでっ……⁉︎」
勇者一行の手で魔王が討伐されてから100年。
世界は平和を取り戻した……とは言い切れないが、気軽に外を出歩けるくらいには平和な時代になった。
まだ時折魔物の被害も報告されるが、星天十二将と呼ばれる12人の騎士を中心とした王国騎士団の活躍により、セレンド王国の平穏は守られている。
「ジノ、お婆ちゃんが来たわよ!」
「はーい」
王都からは離れた小さな片田舎のカバーニュ村、そのとある家に元気な返事が響き渡る。
この日はこの村で暮らす少年ジノ・フェルトが、100歳を超える高祖母と初めて顔を合わせる日。
まだ12歳のジノは今か今かと胸を躍らせてその時を待っていると、遂に玄関のドアが開いた。
そして父が押す車椅子に乗って高祖母が家にやってきた。
「え……」
それを見た瞬間、ジノは雷に打たれたような衝撃を覚えた。
彼女と会うのはこれが初めてではない、なぜかそう感じたのだ。
根拠もなければ理屈で説明できるものでもない、だがとても大きな何かがそう言っているのだ。
そんな得体の知れぬ感覚に戸惑うジノに向かい、老婆は優しい声で言った。
「初めまして、ジノ。私はアイル・フェルト……」
アイル。
その名前を聞くと同時に、ジノの頭の中で何かが弾けた。
そして突如としてありもしないはずの記憶が蘇る。
★
『ねえねえ、おんぶして!』
『なんだよアイル、あと少しで家なんだから頑張って歩けよな』
『だって……もう足が疲れたんだもん』
『はぁ、しょうがないな……』
『わーい、ありがとう!大好き、エリオンお兄ちゃん!』
★
この瞬間、ジノは理解した。
前世の自分は目の前にいる老婆、アイル・マーグクインの兄であったことを。
そして何よりも、自分がどのような存在であったかを。
その名はエリオン・マーグクイン。
100年前に魔王を討ち倒し、この世界に平和をもたらした伝説の勇者である。
「はぁ……」
勇者であったことを思い出してから一年、ジノは二つのことで頭を悩ませていた。
「俺は、なんで生まれてきたんだ……?」
自室のベッドで横になりながらそう口にする。
生まれた意味なんて、考えるだけ無駄なのかも知れない、明確な答えがあるとは限らない。
しかしジノはただ生まれてきたのではない、勇者エリオン・マーグクインの生まれ変わりとしてこの世に生を受けたのだ。
転生を果たした以上そこには何か意味がある、そう思えて仕方がなかった。
とはいえ考えたところで答えはわからない。
或いは前世のうちに転生するための条件を満たしたり、そういった魔法をかけたりしたのかもしれないのだが。
「せめて記憶さえ戻れば、なにかわかるかもしれないのに……」
ジノは勇者としての記憶をほとんど失っていた。
思い出せたのは自分が勇者であったことと、前世の自分もかつては妹のアイルと共に辺境の村でのんびりと暮らしていたことだけ。
勇者として旅立ってからの記憶はほとんどない。
思い出せないなら調べれば良い話なのだが。
「どうして勇者の旅はこうも謎に包まれているんだ」
なぜか勇者の旅の多くは謎に包まれている。
これまで様々な文献を調べてきたが、どれも『勇者は多くの人に支えられながら仲間達と共に魔王を倒した』という結果だけが語られており、その過程や詳細については何も記されていない。
結局記録にも記憶にも勇者に関する話はほとんど残っていないのだ。
そのせいで結局のところ勇者のことは何もわからない、これがジノが抱えているもう一つの悩みだった。
なぜ自分は再び生まれてきたのか、そもそも自分は勇者として何をしてきたのか。
それらがわからない以上、普通の農家の子として過ごすしかなかった。
しかしある日、突如として運命を変える出来事が起こった。
「た、大変だ!魔物の群れがこっちに向かってきている!」
平和になった今となっては滅多に現れないはずの魔物の群れ、それがジノ達の暮らすカバーニュ村を襲撃したのだ。
発見報告を受けるとともに、村人たちは慌ただしく避難の用意を始める。
さすがに村の駐屯兵だけでは群れには対処できず、王国騎士団もここまで到着するにも時間がかかる。
もはや村が荒らされるのは避けられず、避難に少しでも手間取ってしまえば命を落とす危険すらある。
ジノの家族も急いで必要な荷物だけをまとめ、家を出る準備をしていた。
その時のことであった、ジノが何の前触れもなく頭痛に襲われたのは。
「う、これは……」
脳裏に蘇るのはこれまでどう頑張ろうと思い出せなかった勇者としての記憶。
★
『お兄ちゃん、早く逃げないと!』
『でも、でもそうしたら俺たちの家は!』
『そんなこと言ってもどうしようもないよ!それより早くしないと私たちだって死んじゃう!』
『そうかもしれない。けどこのまま逃げて家も畑も失ったら、結局僕たち家族は食べるものお金も無くなってしまう。そうなるくらいなら!』
★
それは今とよく似た状況だった。
100年前、エリオンとアイルの住む村は魔物の群れに襲われた。
そしてエリオンは村を守るため、一人群れに立ち向かった。
「なんで今この記憶を……まさか……」
何かに気づいたジノは、記憶の中のエリオンをなぞるように家を飛び出す。
「ジノ!?なにしてるの!」
母親の呼び止める声も聞かずに外に出ると、辺りをぐるりと見回す。
そして魔物の群れを視界に捉えた瞬間、そこに向かってまっすぐに走り出した。
「そっちに行ってはダメ!」
走りながらもジノは次々と新たな記憶を取り戻していた。
当時のエリオンはただの村の子どもであり、戦った経験もなければ武器も持っていない。
ただ『家や畑を失えば遠からず家族が飢え死ぬのは間違いない、それだけは避けなければならない』という一心だけで、手近にあった鍬を手に戦いに臨んだのだ。
「はぁっ……はぁっ……そして俺は」
村の外に出たところでジノは足を止める。
するとリアルな痛みを伴いながら、再び記憶が蘇る。
脳裏に浮かび上がったのは、襲い来る魔物の群れとそれに立ち向かう一人の少年の姿。
特別な血統も育ちも持たないはずの片田舎の村に住む少年は、その戦いの中で秘められていた才能に目覚め、一人で魔物を倒してしまった。
それは全ての始まり。
後に世界を救った勇者が生まれた日の記憶。
「ははっ、やっぱりそうだ」
そう言ってジノは笑った。
「思い出すには何かきっかけが必要なんだ」
アイルと出会ったことで妹と過ごした日々のことを、村で暮らすうちに勇者として旅立つ前の暮らしのことを。
そして今、村が襲われたことによって初めて戦った日のことを思い出した。
自分が何かに直面した時、それとよく似た勇者としての記憶を思い出せる。
つまり勇者としての記憶を取り戻すには、何かしらのきっかけが必要になるのだ。
それに気づいたジノの表情はやけに晴れやかだった。
ふと振り返ると村の入口からは両親が『戻ってこい』と叫んでおり、その声を掻き消すかのように魔物の足音が迫ってくる。
村は魔物に襲われている、助けは来ない。
そしてここには自分が、勇者がいる。
ならばすべきことは一つ。
「カバーニュ村は、俺が守る」
ジノはニヤリと笑いながら燃え盛る炎を右手に宿す。
もう魔法の使い方は思い出している、昔ほどではなくても戦うことはできる。
ジノの両親は息子が教えていないはずの魔法を使っていることに驚いたが、真に驚くべきはその次のことであった。
「勇者の力、その目に焼き付けろ」
勇者として戦った日の記憶を取り戻したジノは、その記憶をなぞるように魔物の群れへと突っ込んでいく。
そして勇者エリオンがそうしたように、魔法だけで魔物を殲滅してしまった。
やがて騒ぎを聞きつけて村人達が集まった頃には既に魔物は死体となって地面に転がっており、ただ一人ジノだけがその場に立っていた。
それは勇者が生まれた日と全く同じ光景。
この日、100年前に終わったはずの勇者の物語が、再び動き出したのであった。
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第一話をお読みいただきありがとうございます!
転生した勇者が主人公の王道学園ファンタジーものの作品となっております。
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