第四章

4-1

 東京都立丸沙日(まるさび)大学と言えば知らない人はいないだろう。

 ここで教授として働いていたのが僕の母親だった。

 名前を、御処野 姫子(ごしょの ひめこ)という。

 母親は東京都の歴史の中で激動の時代とされる革命期の歴史について研究を行っていた。

 ちなみに、祭事については専門外であり、デッドバーストふれあい祭りについての研究もしていなかったようである。もしもしていたら、私は母親の研究ということで論文の一つや二つは目を通していただろうし、オーパーツ集めに役立つ情報を仕入れていたことは間違いない。

 母親が優秀な研究者であったこと、そして東京都も革命期の歴史について詳しく調査し情報を残すべきと考えていたことから、東京都は母親に強く期待をするようになる。そのため、ほかの研究室にはない特別な予算を別に作ってもらい組み込んでもらっていようだ。

 母親はありがたいとは思っていたそうだが、それ以上に東京都の意図を考えていた。母親の視点で見れば、東京都の動きは何の断りもなく始まった恩の押し売りそのものだったわけである。それから少しして、研究からある結論を導き出した。それは東京都が革命期の歴史的資料を破棄していた可能性である。

 結果から言えば、これは間違った結論だった。

 東京都は母親の研究に期待をしていた通り、革命期のあらゆる資料の保全に力を入れていたし、母親も今現在ではなく過去そのような行動をしていた少数派がいたと後に訂正を行った。

 あくまでアカデミックな範囲で終わるはずだったのである。

 問題だったのは、その内容を勘違いした理解のない人間が騒ぎ出したことである。

 研究結果やその後の対応及び背景を一切読み取らず、自分たちの意見を代弁してくれていると勘違いを始めたのだ。彼らが東京都というものに不満を持っていたことは間違いない。しかし問題なのは、血の滲むほどの努力をする誰かの横にいることで、自分の能力や権力までもが底上げされたと勘違いする輩が多く潜んでいたということである。

 母親は利用されたのである。

 東京都は悪いものだ。

 東京都は最悪だ。

 東京都は腐っている。

 東京都は滓だ。

 東京都は塵だ。

 ただ、そう言いたいだけ。

 思慮が浅く物事をまともに考えられない人間たちに、母親は東京都と戦うシンボルとして担がれたのである。

 非常に困惑したそうだ。

 別に東京都を攻撃したい意図があったわけではないし、史実からそのように読み取ることも可能であると方向を示しただけなのである。別にベクトルではないのだ。

 ただ東京都としても母親を認めるわけにはいかない。当然だ。東京都は都という名を冠しており、そこには責任がある。簡単な理由で頭を下げるのは東京都の力を半減させてしまうことに繋がり結果として都民の利益を減らすことになる。

 それでも東京都は母親の優秀さを知っていたし、革命期研究の第一人者として成長することを望んでいた。そのため特別に増やしていた予算の額を僅かばかり減らしたものの引き続き支援を行うことを決定したのである。そもそも額が大きかったのは事実であり、母親からも減額の意向が伝えられたそうだ。

 しかし。

 部外者は何も知らないのに叫びだした。

 東京都に歯向かった研究者が予算の額を減らされた。

 これで熱を帯び始めてしまう。

 東京都にも東京都の立場があり、母親にも母親の立場がある。何もかもが完璧に上手くいっていたとは言い難いし、そこに計算がなかったとも言い難い。けれど、その時は問題なく、過去のために、現在のために、未来のためになる研究が進んでいたのだ。誰も損をせず、誰も大きく得をせず、しかし長い目で見れば誰もが大きな利益を得られる未来が生まれていたはずだった。

 何も知らない人間が、どちらが被害者で、どちらが加害者かを勝手に決めつけるまでは、である。

 大きな渦になる。

 止めることはできない。

 皆、距離をとることもできずに巻き込まれていった。別に意見など表明したくもないのに無理やり表明させられ、それによって矛盾だ、賛成派だ、反対派だ、裏切り者だ、事なかれ主義だ、と全く無意味で進歩を妨げるだけのレッテル貼りだけが進んだ。

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