3-2
背中から生えていた羽は地面に降りるとすぐに消えてしまった。もう一度羽を出してみようと力んだが特に何も起きない。何か条件があるのか分からないが、とりあえず目立つ容姿ではなくなったのでそこは安心した。
意外にも神葬区画の検問はスムーズに通過できた。
神のための区画なわけであるからして、セキュリティはしっかりとやっておいたほうがいいのではないだろうか、とお節介にも思ったりした。
神葬区画の中はオレンジ色の砂の地面であり、大理石の塔のようなものが並んでいた。
歩いている人たちは皆、男女問わずスキンヘッドで白く大きな布を体に巻き付けて服としている。足元はサンダルのようなものだが、時たま白いブーツのようなものを履いている人もいる。
皆、こちらを少しだけ見て軽く頭を下げるが必要以上の接触はしてこない。この点は花街区画と全く同じだが、神葬区画は気にかけてはいるがさほど興味はないという感じである。所作が上品であることも印象深い。
六頭の白い馬が目の前を走っていく。しかし不思議と砂埃がたつことはない。背中にはそれぞれ人が乗っており腰には剣があった。
「で、オーパーツはどこにあるんだよ」
「ここにあるオーパーツは、オーパーツらしいオーパーツではないんです」
「オーパーツ、オーパーツ、オーパーツうるせぇよ」
「未来の夕景という景色なんです」
「景色がオーパーツなのか」
「はい。ですから、僕たちの持っている携帯でその夕景を撮ることができれば、これでオーパーツゲットです」
「なんか、張り合いがねぇな」
「未来の夕景が生まれた切っ掛けは、とある画家の描いた風景画です。その画家は病弱であったため外に出たことがなく、また目も悪かったそうです。画家の描いた風景画がとあるコンテストで賞をとったのですが、あくまで画家が想像で描いたこの世に存在しない景色でした。人によっては、盲人の妄想であると批判した人もいたそうですが、それゆえにこの絵には魅力があるという意見が多数を占めたのです。つまりは、その画家の人生も込みで認められたということですね。そして、その画家が亡くなって数年後、神葬区画で大きな地震が起きました。多数の犠牲者を出したといわれていますが、その時にとある住居の窓から見えた景色が、その画家が描いた風景画と全く同じだったのです」
「めっちゃ面白いな、それ。なんか、その画家が時間旅行して、その景色を見て描いてきたみたいな話だな」
「そうなんです。まぁ、身もふたもないことを言えば、ただの偶然なんですが」
「そっかぁ。なるほどなぁ。でも景色なんだよな、物じゃねぇんだよなあ」
「オーパーツの定義からは外れていますね」
「だよなぁ」
「つまり便宜上オーパーツとしている、というだけです。撮影する度に増えるわけですから、増殖するオーパーツと言えるのかもしれませんね」
「まぁ、考えてもしょうがねぇ。おし、撮ろうぜ。で、待ち受けにしようぜ」
「えぇ、そうしましょう」
ただ、その夕景を見られるまでまだ時間がある。
神葬区画は観光地としての価値が低く食べ物も美味しくなければ、未来の夕景以外に見る価値のあるものもない。大きな神殿と厚い信仰心を持った人々とオレンジ色の砂。それ以外は一切ないのである。
「旅のお方よ」
いつの間にか僕と小雀の隣に腰の曲がった老婆が立っていた。
白髪をオールバックにしており、鷲鼻で眼鏡をかけていて黒い杖を持っている。
いかにも、というような老婆である。
「お暇かね」
「えぇ、まぁ、そうですね。実は未来の夕景を撮影しようとここに来たのですが、まだ時間があるものですから」
「ほうほう、なるほど。時間を潰したいならいいところがある」
「と、言いますと」
「神に会いたいとは思わんかね」
「神ですか」
「大丈夫、大丈夫。多額のお布施を払わせようなんて話ではないよ。入信させる気もないし説教をする気もない。ただな、この神葬区画に来たのであれば神を一目見ても悪くないのではないかと思ったからねえ」
「確かに興味はあります」
「東に真っすぐ進むと大きな神殿がある。中に入るときに幹部の人間に呼び止められるが、相手の目を見てこう言いなさい。いいかい、よく聞き取れるようにはっきりと言うんだよ。ケイヒャルックセピ」
「ケイヒャルックセピ」
「神殿の中を覗いてきてごらん」
老婆はどこかに行ってしまった。
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