獄中だからこそ夢をかなえるチャンス
すどう零
第1話 夜の海の夢をみた
夜の海へ行きたい。そして漆黒の波の間にまに身を沈めることができたら。
誰か私をさらって、夜の海まで連れていって。
そして静かに眠ることができたら。
なんて考えちゃいけない。
死ぬのはいつでも可能だけど、取り合えず私は、この世に生かされているという使命を果たさなきゃ。
ふと目が覚めると、そこはやはり夜の海ではなく、ひんやりと冷たい風の吹く現実でしかなかった。
真っ暗な空間ではなく、ほのかな電燈が私を照らす。
私は、昔は獄中のなかでふと思ったものだ。
ここで、命を断つことができたら、どんなにラクだろうか。
でも天国に行けるなんていう確証はどこにもない。
地獄の火のなかで焼かれるのが、関の山でしかない。
この獄中をスタート地点として、私は生きていくしかない。
いつか、中島おじさんのような小説を書くことが私の夢なのだから。
私はまだ、幼い頃からの夢である物書きを諦めていないわ。
今は、こんなところにくすぶっているけれど、私の書いた作文や小説が、褒められたときの快感が忘れられない。
私の名前は理沙っていうの。
幼い頃は理沙ちゃんって言われ、両親からも可愛がってもらった。
私の父親はサラリーマンで、母親は専業主婦。
欲しいものは、洋服でもブランド物のバッグでもなんでも買ってもらった。
しかし、勉強嫌いで、敬語も使えない私は浮いていた。
まあ、生意気に見えたのだろうか。
中学二年頃から、ヤンキーでもないのに、ヤンキーとして見られ、友達は出来なかった。
母親は私を塾に個人塾に通わせてくれたおかげで、勉強の方は少しできるようになったが、一度はられたヤンキーのレッテルはそうはがせるものではなかった。
また私はそれに甘んじて、努力をしようともしなかった。
もしあのとき、勉強を頑張り、目上の人の敬語を使っていれば私の人生も変わっていたかもしれない。
ようやくの思いで入学した私立女子高校は、授業についていけず、一年の一学期で中退せざるを得なくなってしまった。
十七歳のとき、母親が調理師学校に通わせてくれることになった。
そこで当時、都市銀行をリストラされたばかりの四十歳過ぎのおじさんに出会った。
相変わらず(?!)私は自分の父親世代の中島さんに敬語を使わず、ほかの生徒は中島さんと敬語を使っていたのに対し「おーい、中島」などと、コミック調で呼んでいた。
今から思えば、赤面するほど非常識で、恥ずかしい行為であったことには違いない。
しかし不思議と、中島おじさんは苦笑しながら「こらっ」と言うだけで、本気で怒ったりはせず、むしろ私に読書する楽しみを教えてくれた。
今まで本というと、イラストが気に入ったという理由だけで、マンガしか読まなかった。
しかし、中島おじさんは、青春を小説を貸してくれ、自ら執筆した小説まで読ませてくれた。
中島著の小説は、起承転結がはっきりし、人の心理分析が施され、キャストの行動の前後に必ず、本人の心情が描かれている。
しおりには、いつも十字架のイラストがあった。
私は昔から、十字架に神秘的なものを感じていた。
だからセクハラなど罪を犯したキャストも、なぜか憎む気にはなれない。
罪を犯すには、その人なりの恵まれない劣悪な環境が背景にあるからである。
私は中島著の本に出会ってからは、人間に対して好奇心を持つようになった。
罪を憎んで人を憎まずというが、人は誰でもエゴイズムをもっている。
このエゴイズムが存在する限り、どんな人でも犯罪を犯す危険性はあると書いてあったことが深く印象に残った。
「人はみな罪人です」(聖書)と記されてあったが、私のこの言葉の意味を中島おじさんに聞いてみた。
「罪人って、前科者のことなのかな?
まあ、少年院出だったら、前科ではなく前歴でしかないというが」
中島おじさんは、意外なことを口にした。
「罪というのはエゴイズムのこと。
残念ながら、人は神に逆らった時点から、エゴイズムが芽生え、罪人になってしまったんだ。
神が宇宙と地球を創造し、六日目に人類を創造されたんだ。
まず神は混沌とした宇宙から
一日目に光と闇を分け(昼と夜)二日目に水圏(海、川の類)と気圏を分離し、
三日目に陸を形成し、生命体である植物を創造し、四日目に太陽と月星を創造し、
五日目に水中動物(魚)空中動物(鳥)を創造し、六日目に陸生生物である動物と人間とを創造し、七日目に休息された。
これが天地創造だよ。神は一日目から五日目までの間に、人間が住みやすいように、環境を整えて下さっていたんだよ。
たとえば、ペットを飼う時、それにふさわしい環境を整えるだろう。
小屋やエサを用意し、ペットが暮らしやすくなるようにするだろう。
神様もそれと同じ。どんな人でも、神様はお見捨てにはならないんだよ」
私は中島おじさんの話を、ただただ感心し、なかば感動しながら聞いていた。
中島おじさんは、真剣な顔で言った。
「女性受刑者、まあ昔は女囚と言ったが、全員が男がらみ、半数が既婚者だというね。このことは、少年院でも同じだよ」
そうかあ、悪い男にひっかかっちゃいけないというのは、こういうことを言うんだなあ。
まあ、ロクでもない男ほど、すぐ声をかけるというがね。
また中島おじさんは言った。
「十戒にあなたは姦淫してはならないとある」
私は思わず
「なに、それ、昔、中森明菜「十戒」という歌謡曲が流行ったが、それと関係があるの?」
中島おじさんは言った。
「十戒というのは、聖書のなかで神が人間に下した十の戒めのことだよ。
この戒めを守らないと、刑に罰せられたり神の恵みから外れ、不幸になってしまうよ。だから僕は、十戒を破らないように、いつもメモして持ってるんだ」
中島おじさんは、そのメモを見せてくれた。
「十戒」
一、主が唯一の神であること
二、偶像を作ってはならないこと(偶像崇拝の禁止)
三、神の名をみだりに唱えてはならないこと
四、安息日を守ること
五、父母を敬うこと
六、殺人をしてはいけないこと(汝、殺す勿れ)
七、姦淫をしてはいけないこと
八、盗んではいけないこと(汝、盗む勿れ)
九、隣人について偽証してはいけないこと
十、隣人の家や財産をむさぼってはいけないこと
中島おじさんは続けて言った。
「十戒の一から四までは、神と人間との関係だが、五以降は、人間社会に関する戒めだよ」
なるほどな。まあ、最もらしいことが書かれてあるけど、私にとっては初めてきく言葉があった。
「姦淫ってなんのこと?」
中島おじさんは答えてくれた。
「古臭いと思われるかもしれないが、姦淫とは結婚前の性交渉のこと。
同棲もそうだし、たちんぼなどの売春もそうでなんだよ」
私は思わず、エエーッと驚きの表情を浮かべた。
「たちんぼは最初から金目当ての売春だけど、同棲は愛があるからじゃない。
同棲の末、結婚したカップルだっているしね」
中島おじさんは、冷静な表情で言った。
「確かに結婚にまで至ったケースもあるが、すべてはそうじゃない。
女性が妊娠した途端に、逃げ出す男性もいるよ。
それは珍しいことじゃない。
だいたい男性というものは、性交渉がクライマックスであり、それを超えるとなぜか、女性に飽きてしまうものなんだ」
私は目を丸くして聞いていた。
「まあ、わかるような気もするわ」
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