day17 半年(とても先の予定)

 学校で、クラスの友人と話していたときのことだった。


「あのね。このまえすごくたのしいところにいったんだよ」

「そうなの? どんなところ?」


 すごく楽しいところ。朝恵ともえにとって楽しいところと言うとまず清遊堂せいゆうどう――真雅しんがのところが思い浮かぶわけだが、一体友人の言う楽しいところとは、どんなところなのだろうか。


「おひめさまのいるおしろがあってね。ボートにのってたんけんできるところもあるの。よるにはピカピカひかるパレードもあるんだよ」

「いいなー! あのテーマパークにいったんだ」

「そうだよ。とてもたのしいところだった!」


 あのテーマパーク――それは朝恵も名前だけは聞いたことのある、人気の大型テーマパークのことだった。


 友人たちの話はどんどん進んでいく。今は予約で一杯で、なかなか行けないところなのだとか。そんな貴重な経験をしてきたとのことで、友人は皆の羨望の声を浴びていた。勿論、朝恵も例外ではなく、声をあげていた。


 ――わたしも、いってみたいな。

 帰ったら両親にお願いしてみよう。声には出さずに、朝恵はそうしてみることに決めたのであった。





「おとうさん、おかあさん。ただいま」

「お帰り、朝恵」


 ミヤコ屋に着くと、タオルを首からかけた父が出迎えてくれた。


「あのね、おとうさん。おねがいがあるの」

「朝恵のお願いか。どんなことなんだ?」

「あのね。……わたし、あのテーマパークにいってみたいの」

「あのテーマパーク? ――まさか、あの予約しないと行けないあの大型テーマパークじゃないな?」

「……そこ、だよ。……だめ?」


 父はうーんと唸って腕を組んだ。――これはどうも、雲行きが怪しそうだ。


「あのな、朝恵。よく聞いて欲しい。父さんと母さんは、ミヤコ屋をやっているな」

「……うん」

「ミヤコ屋の休みは、朝恵の休みとはあまり合わないのも知っているな」

「……うん……」

「朝恵があのテーマパークに行きたいのはよくわかった。――でも、ミヤコ屋の休みと朝恵のお休みが合って、なおかつ予約が何とか取れそうな時期となると――多分半年は時間を見ないといけないんだ」


 半年――! 想像以上に長い時間だ。目の前がくらくらしてくるようだった。


「半年時間を見ても、実現出来るかはわからない。何せあそこは、何もかもアプリを駆使しないといけないらしいからな。――それだけわかってくれるなら、父さん、実現出来るか努力はしてみよう。それでいいか?」

「……うん」

「よし。いつも朝恵はいい子だな」


 朝恵の父はその手で朝恵の頭を撫でた。――何故だろう。そうされてもあまり嬉しくないのは。


「……わたし、しゅくだいをしてくるね」


 朝恵は重い足取りで、奥の部屋へと引き上げていった。





 テーマパークは、無理なのかな――。

 いつも通り宿題をしながらも、朝恵の気分は晴れなかった。

 父の口ぶりでは、なかなかテーマパークに行くのは難しそうに思えた。半年という時間も、朝恵にとっては長すぎる。


「はあ……」


 珍しく、大きなため息がその小さな唇から漏れた。

 いつもほど宿題をするのに気乗りがしなかったので、宿題が終わった頃にはもう夕方近い刻限で。時間がたくさん過ぎてしまったことで、朝恵はまたため息をつく。


 なんだか今日はすごくつまらない――大好きな読書をする気にもなれなかったので、朝恵は外に出た。

 夕焼け空が真っ赤に燃え上がっている。その鮮やかな色も心を揺らさなかった。普段なら、こんなことはないのに。


「――どうした、朝恵ちゃん。今日は随分とつまらないといった様子だな?」

「……おにいちゃん……」


 いつものロングブーツよりも楽で涼しげなサンダルを履いた真雅は、朝恵の隣に立つと空を見上げる。


「一体何があった? 俺様でよければ、話を聞くぜ」


 隣をそっと見上げると、真雅と目があった。鋭そうに見える、でもとても優しい瞳と。


「……あのね、おにいちゃん。はんとしって、ながいね」

「半年か? ――まあまあ、長い時間だな。それがどうかしたか?」

「わたしね。テーマパークにいきたかったの。でもおとうさんが、はんとしはじかんを見ないとっていうの」


 話しているだけで、うっすらと透明なものが瞳に滲んできた。それを目にした真雅は、さっとハンカチを取り出すと滲んできたものを拭ってくれる。


「テーマパーク――というと、あの大型テーマパークか。あれは、最近になって行き辛くなったらしいぞ」

「……そうなの、おにいちゃん?」

「ああ。ランの娘があのテーマパークに行くのが好きでな。前はふらっと行っても入れたのに、今はそうではなくなってしまったと、丁度この前ぶつぶつ言っていたなと」


 あの大型テーマパークは、そういう場所だったのか。朝恵が考えていた以上に、行きにくい場所のようだ。――でも、前はふらっと行っても入れたというのは、ちょっと羨ましい。


「どうして、いきにくくなっちゃったの?」

「俺様はテーマパークの事情はよく知らないから、これはランの話していたことなんだが――混雑緩和をはかった結果らしいな。それで何をするにもアプリが必要になって、事前の予約が大事になってと煩雑になったらしい。――俺様からすると、せっかくのテーマパークに行っても、ずっとスマートフォンの画面を開いてアプリを見ているというのは、なかなか妙な光景だと思うがな」


 テーマパークというのもよくわからない世界だ、と真雅は肩をすくめた。


「ご両親には希望を伝えてみたんだろう? なら、半年待ってみるんだな。――もし万一、それでもどうにもならなさそうだったら、俺様、ランに頼んでみてやろう。ランならテーマパークにも慣れているし、朝恵ちゃんを連れて行っても構わないと言うだろうからな」

「……いいの?」

「ああ。あれはなかなか、楽しいところだというからな」


 真雅を見上げると、鮮やかな笑みが返ってきた。少し元気が出てきたな、といった感じの。


「おにいちゃんはテーマパーク、いったことある?」

「俺様は無いぞ。たまに、半年先の予定を組んだりはするが、それはテーマパークでは無いからな」

「……おにいちゃんも、はんとしさきのよていって、きめるの?」


 どんな予定を真雅は決めるのだろう。とても先の予定を。


「商店街の予定に――あとは、骨董市とか古本市だな。要は、店関係以外は趣味の予定だぜ?」


 真雅の趣味は、骨董と本のようだ。――趣味が仕事だったのか。またひとつ、真雅のことを知れた。


「はんとしって、おにいちゃんでもまちどおしい?」

「そうだな。……待ち遠しいと言えば、そうかも知れないな……」


 気付けば、一番星が空に輝いている。

 暮れゆく空を眺めながら、朝恵は真雅としばし、語り合ったのであった。

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