day15 岬(それがある場所)

 夕飯を食べた後、朝恵ともえは両親とテレビを見ていた。

 テレビの中には、朝恵が今までに見たことのないものが映っている。背の高い、光る建物だ。その建物はどこまでも届きそうな光で、遠くまで照らしている。


「おとうさん、おかあさん。あれはなに?」


 朝恵はテレビの中に映るその建物を指差した。


「あれか? あれは、灯台というものだよ」


「とうだい? それは、なにをするものなの?」


「灯台は、遠くを照らすのがお仕事なのよ、朝恵」


 そういう建物なのか。――変わった、建物だ。


「わたし、とうだいを見てみたいな」


「灯台をか? このあたりには無いものだからなあ……」


「そうね。大きくなったら、きっと見に行けるわよ、朝恵」


 また、大きくなったらだ。この世には、大きくならないと出来ないことが多すぎる。朝恵は自分の小さな手を見つめると、肩を落とした。


 ――灯台は、どこにあるんだろう。父が言うには『このあたりには無いもの』のようだが。

 明日、お兄ちゃんに聞いてみよう。真雅しんがならきっと、灯台のある場所をしっかりとわかっていると思うから。

 そう決めた朝恵は、これ以上両親には何も尋ねなかった。





 そして、翌日。


 学校から帰った朝恵は、まずその日の分の宿題に一所懸命取り組んだ。この日の宿題は、漢字テストの復習だ。しっかりと漢字が書けるようになるためには、頑張らないといけないことだ。


 宿題を終えると、本を読みながら夕方になるのを待った。真雅は夕方頃になると、裏に出てくることが多い。打ち水をしたり、郵便受けを確認に来ているのだ。そこで聞くのなら、真雅の仕事の邪魔にもならないだろうと朝恵は考えたのだ。


 夕方になったので、朝恵は裏口から外に出る。

 そこには予想に違わず、真雅の姿があった。バケツを持って、道路に打ち水をしている。


「おにいちゃん、こんにちは」


「こんにちは、朝恵ちゃん。――今日はどうした?」


 何か俺様に聞きたいことがあるんだろう、と真雅は朝恵に視線を向ける。――どうしてそれがわかったのだろう?


「おにいちゃんって、まほうつかいだね」


「俺様が魔法使い? また何故だ」


「だって、ききたいことがあるのかって、わたしはなにもいってないのにおにいちゃんはいったよ?」


 朝恵の発言を聞いて、真雅は低い声で声をたてて笑った。目を細めて、それは愉しそうに。


「それくらい、見ればわかるぜ? で、何を聞きたいんだ」


「あのね、おにいちゃん。わたし、とうだいがあるばしょをしりたいの」


「トウダイ? ――まさか、大学じゃないだろうから……あの、遠くを照らす灯台か?」


「うん、それ。わたし、とうだいを見てみたいんだけど、おとうさんは、このあたりにはないっていうの。どこにあるのか、おにいちゃんならしってるでしょう?」


「知ってるぜ。灯台のあるところなら」


「ほんとう? どこにあるの? わたし、とうだいを見てみたいの」


「そうか。――それなら、半島か岬に行かないとな」


 真雅はバケツを道の端に置くと、朝恵と視線を合わせた。


「はんとうか、みさき?」


「そうだ。――灯台というのは、海を行く船のために存在する建物だ。遠くまで照らす光は、船のためのものだな」


「そうなんだ。だから、このあたりにはないんだね」


「その通りだ。ここの近くには、海は無いだろう? それでお父さんは、この辺りには灯台は無いと朝恵ちゃんに言ったんだぜ」


 そう丁寧に説明されると納得できる。朝恵の住んでいるこの一帯には海は無いから灯台は無くて、海は遠いから一人では大きくならないと行けないのだろう。


「わたし、とうだいが見たいの。いつになったらいけるかな?」


「そうだな。――ご両親の許可があれば、俺様すぐにでも朝恵ちゃんに灯台を見せてやっても構わないが。車を走らせれば、岬の灯台まで行けるからな」


「ほんとう?」


「ああ。色々知りたいと思えるのは大事なことだ。俺様、そういう好奇心は満たしてやりたくてな」


 夕焼けの光の中で、真雅は鮮やかに笑んだ。朝恵の好きな笑顔だ。


「おとうさんとおかあさん、見にいっていいっていってくれるかなあ」


「それは、朝恵ちゃんの説得次第だろうな」


「わたし、がんばる。とうだい、見たいもん」


「そうか。……なら、頑張ってくるんだな。ご両親の説得が出来たら、俺様に言ってくれ。約束通り灯台まで、連れて行ってやるぜ」


 健闘を祈る、という真雅の言葉に送られて朝恵は店の中に戻った。


 ――さあ、どうやって両親を説得しようか?

 頭を悩ませる、朝恵であった。

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