ブレイン
@nodoamekinkan
第1話 木
想像力は、あればあるほどいいってもんじゃない。
ふわりと浮かんできた、静かな確信。試しに、僕が物心つく前にいなくなった両親のことを想像してみる。父と母は、なんでいなくなったんだろう。周りには僕みたいに親がいない子供はいっぱいいるけど、いなくなった理由が分かってることはほとんどないし、みんな知ろうともしない。
想像は、行ってはいけない方向に進んでいく。例えば二人は何かの陰謀に巻き込まれて、僕だけをどうにか逃がしてくれた、とか。それならどんな陰謀なんだろう。この世界の巨大な裏の部分に関わってて、知ってしまったら消されてしまう。それで、その裏の部分っていうのは……。
視線を感じて顔を上げると、背の高い青年がこっちを眺めていた。親の顔より見た顔だ。彼の姿を見ていると、ふと別の想像が頭をよぎった。彼もいつかその何かの陰謀に巻き込まれて、僕の目の前から姿を消してしまうんじゃないか。その時僕は何をしているんだろう。何も知らず、呑気に昼寝なんかしてて……。
こうやってどんどん空想は広がっていって、鮮明になっていく。気づくと、その空想はいつも吐き気がするほどのバッドエンドで終わる。こんな憂鬱な想像なら、「あればあるほどいいってもんじゃない」というよりむしろ、いっそのことできない方がいい。誰かがきれいに拭い去ってくれればいいのに。
でも、僕にとって悪い想像をしてしまうことよりも、もっと恐ろしいことが他にあるのは確かだ。
「また何か考え事か?」
彼が歩み寄る。僕に問いかける。軽い口調。
「どうすれば考え事しないようにするか考えてる」
僕は寝ころんだまま答えた。
「また変なこと言ってるな」
彼はそのまま僕のそばに腰を下ろす。
「君が考え事しないなんて無理だ。君からその面白い発想とか、物語とか作る力を取ったら何も残らない」
「それは褒めてるのか?」
確かに僕は「考えること」しかできないとは思う。全てが人並み以下の僕にとって、唯一「持っている」と思えるもの。でもその「考えること」さえ、僕に特別な力があるとは思っていない。たいていの人は僕の話を聞いた後は、「君って変だね」とか「だから何?」とか言って、あるいは何も言わずに離れていく。
でも彼だけは違った。なぜか初めて会った日から、いつも、とは言わないが、「面白い」と言う。少なくとも向き合って、熱心に話を聞いてくれる。
「この世界に闇の部分ってあると思う?」
僕は灰色の空を見つめながら尋ねた。
「そりゃあ、あるだろう。要は、僕らが知らないことは全部闇だから」
「そうじゃなくて、僕らの生活とかを脅かす悪の組織みたいな」
「……それもあると思う。例えば、『教徒』とか」
彼は意外な言葉を口にした。
「君は『教徒』の存在を信じてるのか?」
「そんなに熱心に信じてるわけじゃないけど、逆に君がなんでそんなに楽観的なのかが分からないね。人の『空想』とか『ひらめき』を奪う、悪魔みたいな集団だ。君が真っ先に狙われそうだけど」
「僕は狙われるほど特別じゃない。それに、実際にあったなんて聞いたこともないから。他には?」
彼は腕組みして空を見上げる。
「確かに『教徒』の信憑性は薄いな。他は、悪の組織かどうかは分からないけど、例えば『人さらい』がだいぶ有名だ」
「『人さらい』って?」
「知らないのか? 学業で特に優秀な人は、どんな歳でも突然連れていかれて、特別な教育を受けさせられる。で、結局『研究者』になるって話」
少し考えて、僕はまた彼に尋ねる。
「それなら別に、突然連れていく必要はなくないか? 」
「一応本人の了承を得て連れていくし、親族には後から説明はあるらしい。分かってないのは、どんな団体がやっているのかってことで……」
彼が声を潜める。
「『人さらい』がそれほど表面化しないのは、連れていかれるのが、頭がおかしいほど優秀な人だけだから、らしい。周りが持てあまして、どこかへ消えていって欲しいなんて思っちゃうほどに」
「へえ。じゃあ君も危ないだろ」
「さあね」
彼は僕のそばに座ったまま、どこか遠くを見つめている。僕は目を閉じた。
冷たい粒が一つ、頬を打った。僕は目を開く。ふいに彼が立ち上がって、僕を見下ろす。
「じきに雨が降るって言いに来たんだった。帰ろう」
僕も立ち上がって、先を行く彼を追いかける。視線を上げると、彼が見つめていたであろう一本の木が遠くに見えた。
いや、違う。
僕は立ち止まる。あれは「木のようなもの」。なぜか確信が持てなくて、無意識に目を凝らしていた。しかし目を凝らすほどに霞は重なり、その境界がぼやけ、灰色の背景と混ざりあっていく。僕は諦めて目をそらし、歩き出した。遠ざかる彼の背に心の中で問いかける。
今まで、あんなものあっただろうか? さっきまで、君は何を見ていたんだ?
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