#5:Encounter.

修学旅行から帰ってきたワタシは、あの素敵な出来事は全部夢だったんじゃないかと、どこか上の空で過ごしていた。


買ってきたお土産は、家族からも、咲子さんと瞳さんからも好評だった。そのことは嬉しかったけれど、勝手に恋をして勝手に失恋したことは、ワタシだけの秘密にしておきたかった。


「私、飛行機に乗るのが怖くて、沖縄には行ったことが無いんですよ」 意外な共通点があることを、咲子さんが話してくれた。


年上なのに、ワタシに対して敬語で接してくれる彼女のスタイルも、プロとしての流儀らしい。


「ワタシも飛行機は怖かったんですけど、意外と大丈夫でしたよ」


そう伝えたけれど、『いや〜』とか『でもな〜』と言う咲子さんは、最後は『飛行機はどうやって飛んでいるのか』なんてことを考える人だった。


「沖縄になら、フェリーでも行けるよ〜」


瞳さんは色んなことを知っていて、こうやって咲子さんの悩みを解決してあげることがよくあった。二人は高校時代からの友人で、お互いのことを『サキ』『ヒトちゃん』と呼び合う、唯一の親友と言える存在らしい。


「お二人は、修学旅行はどこに行ったんですか?」


「たこ焼き美味しかったね〜」 という咲子さんに、


「答えになってないじゃん。私たちは大阪と京都に行ったよ〜」 と瞳さんがツッコミを入れる。


そんな二人の姿は微笑ましくて癒された。


「ヒトちゃん、しばらく関西弁で喋ってたよね」


「やめてよ〜恥ずかしいな〜。サキだって〝はんなり〟ってずっと言ってたじゃん」


「私は今でも〝はんなり〟ですけどね」


咲子さんは、いつもパンツスタイルだったけれど、確かに着物が良く似合いそうだった。三十路が近い彼女たちの関係性は、高校時代に生まれ、今も変わらずにずっと続いている。ワタシには無いものを持っている二人の姿が、羨ましくて眩しかった。


「そういえばはなちゃん、進路はどうするの?」


瞳さんに言われて、ワタシは固まってしまった。『進路』なんて考えてもいなかった。高校を卒業したら、大学に通うものだと思っていたワタシの人生設計は、咲子さんにスカウトされたあの日から、動きを止めていた。


「考えてもみませんでした…」


ただ漠然と、モデルとして生きて行きたいとは思っていたけれど、いざ『進路は』と言われると、真剣に考える必要があるなと思った。咲子さんや瞳さんと、出来るだけ長く一緒に過ごしたい。その想いだけで進む路を決めてしまって良いのか、正直分からなかった。


「咲子さんは、どうしてこの仕事を選んだんですか?」


瞳さんは『モデルの道を諦めてカメラマンになった』という話を聞いたけれど、咲子さんがどんな経緯でモデル事務所のマネージャーになったのかは、聞いたことがなかった。


「私は、ヒトちゃんが撮る作品に関わりたかったんですよ」


咲子さんは辺りを見回して、周囲に誰も居ないことを確認してから小声で続けた。


「〝私、実は高校を卒業してすぐに結婚したんです〟」


「えーーーーーッ!!!!」


予想を遥かに上回る告白に、驚いて声が出てしまった。シーッと口に人差し指をあてる咲子さんに、頭を下げて話の続きに耳を傾ける。


「でも、ハタチになる前に別れちゃいまして。結構『遊んじゃう人』だったみたいで」


若気の至りです、と笑う咲子さんの言葉に反応して「アイツだけは許せない」と言う瞳さんの顔は、本当に怒っていた。まぁまぁ、と瞳さんを宥める咲子さんは、嬉しそうで誇らしげだった。


「そんな時に、ヒトちゃんが撮影を見に来なよって誘ってくれたんです」


離婚してしまった事よりも、衝撃的な出来事だったかのように咲子さんは話を続けてくれた。


「なんだか取り残された気持ちにもなったんですけど、いいなぁって思ったんです。モデルになることを諦めたヒトちゃんが、モデルさんの写真を撮っている姿がカッコ良かったんですよね」


さっきまで怒っていた瞳さんの頬が、照れくさそうに緩むのがわかった。


「そこでヒトちゃんから、ウチの社長を紹介してもらったんです。この子は絶対に良い子を見つけて来てくれますよって」


そこから、マネージャー兼スカウトとしての人生がスタートしたらしい。


「私たちって好みが似てるからね〜」

「花ちゃんも、その一人ですよっ!!」


そう言われて、彼女たちの絆の中にワタシが存在できていることは、最高に幸せだなと思えた。




高校生活最後の夏休みに入ったワタシは、久し振りに実家の手伝いをしていた。


同級生たちが、受験に向けて夏期講習に精を出していることを尻目に、ワタシはモデルとしての路を進む覚悟を決めていた。


父も母も賛成してくれていたし、咲子さんも瞳さんも、サポートしてくれると誓ってくれたことが、何よりも心強かった。


「すみませーん」


店の入口から聞こえた声に応えるため、読んでいた文庫本をとじた。たまたま父も母も配達に出ているタイミングでの来客は、少し面倒だなと思ってしまった。


「いらっしゃいませ、何かお探しですか?」


営業スマイルは完璧だったはずなのに、反応が無かった。


「あの〜…」 お客さんの顔をのぞくと、見覚えのある顔がそこにはあった。


「うそっ…!!」 両手で鼻と口を隠してしまった。


本当にビックリした時、人間はドラマや映画で見たことのある『リアクション』をするんだなと思った。


沖縄の、砂浜での素敵な想い出、海に残して泡になって消えてしまった、ワタシの初恋と失恋。


こんな奇跡があるのだろうか…?


彼は再び、ワタシの前に現れたのだ。


「あれっ?沖縄の?」


彼も相当に驚いていて、上手く言葉に出来ていないみたいだった。


お互いが『どうしてココに居るの?』という疑問符を抱えていると、妹が奥から出てきた。


「お姉ちゃん……かれし?」


見つけてしまった!みたいに、悪戯っぽくワタシと彼の顔を見比べながら言う。


「ちっ違う!!お客さん!!」


あっちに行ってなさいと言うと、つまらなそうな顔をして戻って行った。


「ごめんなさい、妹が失礼なことを言ってしまって」


いえいえと言う彼は、少し残念そうな顔をしていた。


ワタシは改めて「あのっ、何かお探しですか?」とココに来た理由を尋ねると、彼はヒマワリの種を買いたいとのことだった。


『まきどき』には遅いと思ったけれど、さいわい取り扱っていたので、手に取り差し出した。


ラブレターを渡すようで気恥ずかしかった。


裏面の説明を読んでいる彼に、念の為に伝えておくことにした。


「あのっ、今からだと育たずに腐っちゃうかもです」


そうだねと言って、来年チャレンジすると宣言した彼の横顔は、やっぱり眩しくて、あの日のことを思い出してしまう。


「あの時は、本当にありがとうございましたっ」


ローファーを助けてくれたことと、ワタシに素敵な想い出をくれたことへの感謝を伝えた。


「こちらこそ、ありがとう」


なんでワタシが感謝されたのか、その時は分からなかったけれど、聞きたいことは他にもあった。


「夏休みで東京に来たんですか?」そう言うと彼は、首をかしげた。


「いや、東京に住んでるよ?」


沖縄から引っ越して来たのかなと思ったけれど、彼もワタシと同じ『東京生まれ東京育ち』で、修学旅行で沖縄に居たということだった。


「ワタシも修学旅行だったんです!!」


思ってもみなかった彼との共通点に、心が躍った。


聞けばワタシたちは同い年で、ワタシの住んでいる『清澄白河』には『東京都現代美術館』に、トトロの森を描いた人の個展を観に来ていて、帰りにたまたま寄った花屋が、ワタシの家だったらしい。


あの砂浜に居たのも、その人が描いた作品がキッカケだと話してくれた。


こんな偶然があって良いのかなと、ほっぺたを抓りたかったけれど、申し訳なさそうに言う彼からの言葉に動揺してしまった。


「あっ…あのっ、やっぱり、その…彼氏さんが居るの?」


さっきの妹の言葉を『真に受けて』聞いてくれたみたいだったけれど、何となくチャンスだと思った。


「いませんっ」


好きですっ!!と言ったかのようにドキドキしていると、彼は安心したように笑ってくれた。


「じゃあ…」と言う彼は、何も買わなかった『お詫び』にと、今日行ってきた個展に二人で行こうと誘ってくれた。


彼が好きなものを、彼と二人で一緒に見たいと素直に思ったワタシは、二つ返事で「行きたい!」と言っていた。


お互いに予定を確認して、その場で日時を決め、ケータイ番号とメルアドを交換した。


「またね」と店を出て行く彼の姿を、また見ることが出来ると思うと、あの時の涙が報われるような気がした。

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