第13話 見えた景色は綺麗でした




 翌日の朝食は、姫の強い希望で勇者が作ることになった。


「わあ!甘くておいしい!勇者様凄い!」

「人間の食事も悪いものじゃないだろ?」

 喜ぶまーちゃんに勇者は笑いかけるが、魔王と姫はそれを面白くなさそうに横目に見ながらトーストを頬張っていた。


「旦那気取りか、勇者よ。身の程をわきまえよ」

「なんだかまーちゃんのトーストのほうがチーズが沢山乗っている気がしますわ。贔屓ですの?私、姫なのに?」


「子供に優しくしただけなのに随分な言い様じゃない?」

 困ったように席に着いた勇者は、気まずそうに自分のコーヒーをカップに注いだ。


「勇者様。私、昨日のアーモンドづくりで腕が疲れてしまいましたわ。あーんして頂けます?」

「朝のトーストでその要求をする人は中々いない気がするけど、まあいいか。どうぞ」

 満足げな顔で、勇者から差し出されたパンを頬張る。


「いいな!私にもやって、勇者様!」

「まーちゃんにはお父さんがやってあげるからな」

「やだ!」

 ゆっくりと寝室へ消えていく魔王をよそに、まーちゃんも同じように勇者にトーストを食べさせてもらっている。


 僧侶がにやにやしながら勇者を見る。

「いいですねぇ、勇者様。両手に華ですか?」

「いや、両手にトースト」

「草」

 右手で姫に、左手でまーちゃんにトーストを咥えさせる勇者は、一向に自分の食事を進められないでいた。



 まーちゃんが思い出したように振り向く。

 が、魔王が居なかったのでもう一度振り向いて勇者に話しかける。

「もうアーモンドできたかな?」

「どうだろうね。この後、見に行ってみようか。姫はどうする?」

「な、なんですか。私がビビって見に行かないとでも思っているのですか?舐めてもらっては困りますわ」

 姫はがつがつとトーストを食べきると、コーヒーも勢いよく飲み干そうとカップを煽る。


 若干コーヒーが気管に入ってむせ返りながら、「いっ、行きますわよ!」と席を立った。

「待ってよ姫、僕、今から食べるから」

「早くしてくださいまし!」

「こっの…」

 一瞬本気でキレかけながら、勇者は自分のトーストを勢いよく食べて同じように席を立った。




 ◇ ◆ ◇




「いませんわ」


 アーモンドは姿を消していた。

「逃げちゃったのかなぁ」

 まーちゃんは辺りを見回して痕跡を探している。


 さりげなくついて来ていた戦士が、抉られたような地面の痕跡を見つめる。

「これ、自分からどこかに行ったって感じじゃねぇなぁ。何か、他の魔物に喰われちまったんじゃないか?」

「あら、いたんですのね。戦士様」

「いましたよ、姫様。ここに来てから初めて声を掛けられた気がするんですけど、存在認知してました?」

「なんとなくは」

「なんとなくかぁ」

 戦士は白い目で空を仰いだ。


「ん?」

 視線を挙げた先、戦士の目には何か大きな影が飛んでいる姿が映る。


「あれだな、犯人は」

 そう言って指し示すが、日の光で逆光になって実体はよく見えない。

 ただ、距離感からしてだいぶ大きな生き物に見える。


「なんだか嫌な予感がしますわ。魔王様や王妃様は?」

「今日はお仕事があるからこれないって」

 まーちゃんは眩しそうに空を見ながら答える。


 勇者は少し考えて、倒すのは骨が折れそうだと剣を抜くのをやめた。

「ちょっとあれは手ごわそうだなぁ。場所を変えて、安全な場所で種を植え直そう。一晩で育つなら、僕と戦士が見張っているうちに収穫まで育つだろうし」

 戦士も同意して頷く。


「勇者様、一つお忘れではありませんこと?」

「ん。どうしたの姫」

「私、攫われのプロですのよ」

「…」


 勇者はいやいやと手を横に振る。


「大丈夫だよ、僕と戦士の目の前で姫の身に危険が及ぶことなんて…」

「私、悪い勘はよく当たりますの。…あ、助けて」

 姫は遠くから飛んできた鞭のような何かに絡めとられ、鳥型の魔獣によって遥か上空へと連れ去られていった。



「「姫ーーーーーっ!!!」」


「おねーちゃーん!次私の番ねーーー!」


 脚でもクチバシでもなく鞭で攫うというのは勇者も予想できず、何もできないまま姫の姿を見送ることしかできないのであった。



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