第20話 エピローグ3 聖女のみる夢は

 1

「マロン、貴方! マロンじゃないの」

 ジュエルは、階級順に挨拶にやってきていた国の上位者達を押し退けてマロンの元に向かう。

「ご無沙汰しておりました。王妃様、覚えていて下さって光栄でございます。しかし、私のような従女風情にお声掛け頂くのは、最後でけっこうでございます。まずは、王妃様のお務めを優先して下さいませ」

 マロンは平民である。本来であれば、貴族が集まるパーティーには参加は出来ない。


「……そなたの礼節に甘んじよう」

 ジュエルは王族として席に戻った。本当は今すぐにでも、マロンと抱き合って三十年間の時間を取り戻したかった。

 しかし、ジュエルは今やグルドニア王国の第一王妃である。


(陛下のサプライズってこういうこと)


 ジュエルは一瞬隣にいるデニッシュを睨んだ。

 デニッシュは満面のドヤ顔である。

 ジュエルはマロンのことで頭がいっぱいであったが、生誕祭の主役である自身の務めを果たした。

 皆の挨拶が一通り終わり、マロンがジュエルに近付いてくる。


 マロンはかつてジュエルがつくった『聖女のドレス』と同じ素材で作った澄んだ青いメイド服を

 着ていた。


 普通であれば、ゲストとして来ているのでドレスを着用するのが一般的なのだが、マロンはメイド服を着た。


 これは、マロンが三十年近く経った今でもジュエルを主としていることを表す【メッセージ】であった。


 会場の強者達も、マロンのメイド服から溢れる気にただならぬ神々しさを感じる。


(懐かしい)

 ジュエルは胸から少女だった頃の思い出が込み上げてきた。


 マロンは跪拝し、ジュエルの手の甲に口づけをした。

「ご無沙汰しておりました。我が女神にして主よ。貴方様のことを想わなかった日は一日足りともございません。運命神の導きにより再び、お会い出来たこと神に感謝するばかりでございます」

 マロンは三十年経っても、ジュエルの従女マロンだった。

「私もよ。マロン、貴方との再会と貴方の健康を運命神に感謝を」


 ジュエルは目をつむり祈った。


「神々の感謝を邪魔して恐縮ではありますが、私は前座に過ぎません。我が主よ、陛下と私からのサプライズプレゼントがございます。今のうちに失神せぬように、気をしっかりお持ち下さい」


「えっ!? 」


 マロンとデニッシュが悪い顔をした。



 2


 パチン


 デニッシュが小気味のいい指パッチンを鳴らす。


 ギィィィ


 会場の扉が開かれた。


 皆の視線が扉に集中する。

 扉からは、杖をついたオリア家前当主であるホワイト翁にエスコートされて一人の少女が会場に足を踏み入れた。


 ジュエルの時が止まった。

 ジュエルの青春がフラッシュバックした。


 見る人を惹きつける青い瞳と、風になびくブロンドの髪に、瞳の色と同じ色の青い花飾りが似合う女神……そしてなにより『聖女のドレス』を着ている。


「フフフフ……フラワー……お姉さま」


 ジュエルの目には海王神祭典で、帰らぬ人となったフラワーに瓜二つの少女がいた。


 だが、ジュエルは一瞬で違いに気付いた。記憶の中のフラワーより幼い。もはや、おぼろ気となったフラワーの顔であるが、ジュエルの脳は血流を総動員させて、かつての記憶を鮮明に写した。


 たが、『聖女のドレス』はフェリーチェの羽をベースにジュエルの魔力が浸透しているため、ジュエルか魔力登録した者しか着用が出来ない専用装備である。


 ドレスからは、マロンのメイド服と同じくフェリーチェの魔力を感じる。さらには、ジュエルはフェリーチェの素材を使用した服はこの二着しか作っていない。


 だとしたら、考えられることは一つである。


 魔力波形が近しい血族である。


「ジュエル様、ご機嫌麗しゅうございます。これは、私の愚息キーリライトニングの娘にして私の孫にあたります。名前は、へぶしぃ、あぶはばぁ」


 ジュエルは剣王デニッシュすら、反応出来ない神速の歩法で一気に少女との距離を縮めた。


 ホワイト翁は巻き添えを食らって撥ね飛ばされた。

 老人は大事にしなければならないが、ジュエルはそれどころではない。

 マロンとデニッシュが一瞬出遅れてジュエルを追う。


「ああああああああああ」

 ジュエルは少女の近くに来ると、膝をつきまるで神にでもすがるように涙を流した。

 言葉等出るわけがない。

 涙を流してはいるが、両の眼はしっかりと見開き少女からは目を逸らさない。


 少女の後ろからは控えていた、金髪の少年の従者が主を守るように前に出る。


「大丈夫よ。ギン、王妃様はきっと何か悲しいことがあったのよ。こんなに怯えてしまって」


 少女が従者のギンに大丈夫という。


「ああああ、ああああ、とっ……尊いですぅぅぅぅ」

 ジュエルはその心地よい声に脳が痺れた。

 脳がバグを起こす。その声は幼さは残るものの間違いなくジュエルの推しと同じそれである。


 ワイワイ、ガヤガヤ


「何よ、あの子供は王妃様に無礼ではなくて」

「あー、確か、東の海ウェンリーゼの領主よ」

「えぇ! 子供が領主になれるの」

「何でも、海王神祭典で両親を失くしたらしいわ」

「まぁ、それは、それは、災難ねぇ、男爵ごときが話題作りのお涙頂戴かしら」

「それに、何かしらあの古臭いデザインのドレスは、いつの時代のかしらセンスの欠片もないわ」

「きっと、素人さんのハンドメイドじゃなかしら、さぞかし厄災で財政難でしょうから」


 他家の夫人から嫉妬に似たヤジがとぶ。


 逆に強者たる魔力に敏感な者達は、『聖女のドレス』を身に纏った少女の気に酔いしれる。


 心地よく温かく柔らかいのだ。


 そして、神々しい。


 分かるものには分かるのだ。

 まるで女神が目の前に降臨されたような気を抜けば全てを投げ出して跪拝したくなるような感覚である。


 ゾクッ


 それは会場にいる少女以外の皆が死を覚悟した刹那の時間であった。


 首元に死神の鎌が添えられる。


 耳元にはヒヤリとした言霊が魔力にのって囁かれた。


 ジャマシタラミンナコロスヨ


 会場の約半数が漏らした。


 半分は気絶した。


 ちなみにデニッシュも、獣国戦争や大迷宮を攻略したときすら感じなかったジュエルの殺意にちょっとチビった。


 マロンだけは「変わらないなぁ」と微笑んでた。


 殺意を撒き散らしたジュエルは少し落ち着いた。


「おっ……お名前は」

 ジュエルは夢が、この瞬間が霧のように晴れないように丁寧に言葉を紡ぐ。


「ああああ、大変失礼致しました。亡き父、キーリライトニング、亡き母、フラワーが一人娘、ウェンリーゼ当主であるエミリア・ウェンリーゼが王妃様にご挨拶申し上げたす、噛んじゃった……申し上げます」

 エミリアが挨拶を噛んでしまいショボンとする。

 エミリアがジュエルの青春の全てを賭けて作ったドレスの裾をつまみがらぎこちなく挨拶した。


「はうぅぅん! 」

(かっ……可愛い、好き、好き、好き、好き、大好き)

 ジュエルは心の臓をい抜かれた。

 溢れる涙が止まらない。

 目の前にいるのは間違いなくフラワーの忘れ形見なのだから……


「あのー、王妃様、申し訳ありません。私の無礼な態度が、お気に召しませんでしたでしょうか」

 エミリアがさらにショボンとする。


「ちっ、違うのよ! フラワーお姉さま! じゃなかった! エミリアちゃん、いやー、ちゃんなんて調子にのってスミマセン! スミマセン! スミマセン! エミリア様ー! 推しなんですぅ、嬉しいんですぅ。私は生き返ったんですぅ」

 ジュエルは言語を失くした。


 ギンがやはり前に出ようとした。

 デニッシュとマロンがそろそろ不味いと、ジュエルを両脇から抱え込もうとする。


 その時、神々は、時の女神はちょっとしたイタズラをした。


「大丈夫よ、ギン! きゃ! 」


「ああああ、危ない! エミリア様」

 ジュエルがとっさに助けに入る。


 チュッ


 それは確かに時が止まった。


 ジュエルの唇にエミリアの唇が一瞬触れたのだ。


「ああああ、王妃様大変失礼しました!

 どうかお許しを、お許しを、王妃様? 王妃様? 」

「はうぅぅん、神はやはりいらっしゃった」

 ジュエルは鼻血を出しながら気絶した。


 マロンが手際よく血を止めて「この子ったら、昔っからいつもこうなんですぅ、オホホホ」といいながら流れるように《回復》を発現した。


 もちろん、ジュエルの生誕祭はお開きとなった。

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