第14話 聖女の夢のあと
1
「うっうっ、あああ、あぁあああ」
ジュエルは言葉を失った。
「素敵でございます。フラワー様、美の女神すら嫉妬する美しさでございます」
マロンがジュエルの言葉を代弁した。
「まぁ、お上手ですこと、御世辞でも嬉しいですわ」
フラワーが『聖女のドレス』を嬉しそうに見る。その場でくるりと回り鏡で全体を見る。
「いかがでしょうか? ジュエル様」
「あああ、あああ、尊いですぅぅぅ」
ジュエルは鼻から血を出した。
「ジュエルお嬢様! これはその、いつものことなんです。フラワー様、どうぞお気に入りなさらずに」
ジュエルは幸せ過ぎて狂いそうだった。
キラキラ輝く天上の星のような女神が! 推しが! 自分が作ったドレスを着ているのだ。
ファンタジーのようだ。
おとぎ話のような夢が叶ったのだ。
ジュエルの青春の全てがこの瞬間のためにあった。
(神様……)
(私はこの日のために生まれてきたのですね)
「大丈夫ですか、ジュエル様、申し訳ありません! きっと田舎の男爵令嬢の私には過ぎたドレスでした。今すぐにお返し致します」
「いや、いや、いや、いや、そのドレスあれなんですー! その、趣味で作ったハンドメイドみたいなものなんですー! 全然たいしたことないんですぅ! 」
ジュエルは嘘は言っていない。
『聖女のドレス』は、ある意味ジュエルが己の欲求を満たすために趣味で作ったものだ。
命懸けの趣味ではあったが。
「ですが、物凄く綺麗で肌触りも良くてきっと高価な素材を使ったものなのではないでしょうか」
「あああ、あああ、その、素材なんてそこら辺の鳥からむしったやつなんで、幾らでもあるんですー! マロンも同じ素材使ってるんです! あっ! 今、魔力登録しちゃいますね」
ジュエルは嘘は言っていない。
神獣に近いフェリーチェも、確かにジュエルが呼べば来るからジュエル限定でそこら辺にいる。
ドレスの価値も小国の国家予算を上回るであろうが、国債を紙切れ同然としか扱わないジュエルにとってはこの瞬間以上に大事な時間はない。
(フラワーお姉さまより、綺麗なものなんて存在しないんですぅ)
ジュエルは最速の距離の詰め方で、フラワーに近づき流れるように魔力登録をした。
ドレスが青く光輝き、神々しさが増した。
これで、ドレスはフラワー以外に装着することは出来ない。
押し売りではないが、いや、売ってはいないので押し売りではないが、ジュエルはきっと世界一資産価値のあるドレスを推しに課金した。
ジュエルは泣きそうになるのをグッと堪えた。
マロンがジュエルの代わりに泣いた。
2
コン、コン
部屋をノックする音が聞こえた。
「失礼致します。こちらにフラワー・ウェンリーゼはおりますでしょうか」
それは男の声だった。
「ああ、キーリですわ」
フラワーが反応した。
マロンは開けたくなかったがドアを開けた。
「女子会を邪魔する無粋な真似を失礼致します。ジュエル様、オリア家が長男キーリライトニングでございます。フィアンセのフラワーを迎えに参りました」
「! ! ! 」
ジュエルは自動で《高速演算》した。
キーリライトニング・オリア
第二王子デニッシュの従者で、迷宮を管理するオリア家の天才剣士にして、先の学生トーナメント『剣の宴』ではデニッシュと引き分け、建国王の二振りの剣の片割れ『絶剣』に認められた男である。
確か、お茶会のときに一度会っている。
「フィ……フィアンセ……」
さっきまで幸せの絶頂だったジュエルは地獄に落ちた。
開いた口が塞がらない。
キーリは、キーリで全身に鳥肌がたった。
ジュエルから感じられる魔力は既に大迷宮の深層にいる魔獣や迷宮主と遜色ないレベルである。
しかも、その魔力がバクを起こしたかのように不安定になっているのだ。
キーリは、今、嫌な汗をかいていた。
「キーリ、ジュエル様から頂いたドレスよ。どう、似合うかしら」
「あっ……ああ」
フラワーのドレス姿を褒めるどころではない。
キーリは、最低限の会話をして逃げるようにフラワーを連れてその場を立ち去った。
ジュエルは立ったまま気絶していた。
ジュエルが見た夢がいい夢だったのか、どうだったのかはジュエルしか分からない。
「クーン」
「ホウ、ホウ」
ホクトと不苦労が精一杯ジュエルに寄り添った。
マロンが泣きながらギュッとジュエルを抱き締めた。
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