第32話 旅館

 三日かけてタウリンにたどりつく。

 そこのギルドに顔を出す。

 ギルド同士でやりとりはあって、どこのギルドでも交付しているカードを見せれば、こちらでもギルドの依頼斡旋をしてくれるとのこと。

 だが、悪い噂も広まっていた。

「フレンドキラーか」

 筋骨隆々な男が一人、俺に向かって話しかけてきた。

「フレンドキラー?」

「ああ。あんたがあのジークをやったんだろ?」

 それは間違いではない。

 俺と雪菜が奴をやった。

 それは間違いない事実だ。

 変えられるはずがない。

「お前があのジークをやったんだな?」

「ああ」

 顔に血が上ったのか、まっ赤にする男。

「てめーっ! あいつはいつだってギルドのために戦っていた! 危険なダンジョンのある都市でも、あいつは必死に女たちを守っていた!」

 そんな勘違いをされていたのか。

「お前がいなければ、混乱することもなかった!」

 大声を上げる奴は嫌いだ。

 俺は転移魔法を使い、男の後ろに立つ。

「はは。それを使っておれも殺すのか? さすがフレンドキラーだなっ!」

「威勢がいいな。本当に殺してやろうか?」

 俺は冷めた目で男を一蹴いっしゅうする。

 熱。

 転移魔法を使う度に感じるこの熱はなんだ?

 それはもういい。

 俺はハイソケットたちを連れてギルドの奥、受付に向かう。

 ハイソケットだけはお辞儀をして来たが、レジュは唇を尖らせる。

「まったく、あいつのこと何も知らないクセに」

 苛立った様子を見せるレジュ。

「まあ、あいつなら女の敵ね」

 イリナも苦笑を浮かべる。

「清々したわ」

「まったくよ」

 クツクツと笑い合う二人。

 なんだか見ているこっちが冷や汗を掻いてしまう。

 その背後に魔女がいるように見えてしまう。

 おお。なんと怖い。

 鍋で煮詰めているそれはなんだい?


 受付にたどりつくと、俺は冒険者カードを見せて、滞在することを告げる。

「まあ、勝手にするのだけど」

 イリナは周りを気にした様子もなく言う。

「イリナさんのお姉さん、アネットの情報収集からですね」

 ハイソケットはそう言って掲示物を確認する。

「承りました。ではこちらにサインを」

 受付嬢のライクがそう言い、書類を差し出す。

「ああ」

 俺は軽くサインすると、審査が通る。

「行くぞ。ハイソケット、レジュ、イリナ」

「はい」

「うん」

「ええ」

 三人の声を聞き届け、俺は近くの宿屋に向かう。

「で。どこが安いんだ? イリナ」

「……え。何?」

「イリナなら知っているだろ?」

「……そうね。こっちよ」

 しっかりしているイリナなら下調べしていると思った。

 だがどこか突っかかりを覚える。

 確かゲームではイリナの故郷でもあったな。

 まあいい、使えるものは使う。

 宿屋を見つけると、俺たちはそのまま部屋を借りる。

 一人と三人部屋を借りる。

 少し離れたところに女子部屋がある。

 が、俺は一人でいい。

 ここでは温泉の文化がある。

 リアル志向の《過酸化水素水》であるが、温泉イベントでキャラを脱がせる趣味がある。

 だから俺もその温泉に行く。

 といっても覗きやラッキースケベではなく、単なる汗を流したいだけだが。

 男子風呂に入ると、隣から女子のかしましい声が聞こえてくる。

 と言ってもほとんどささやき声であって、水の音とかであまり聞こえない。

 ゆっくりと過ごし、俺は夕食の時間を待つ。

 正直、今日くらいはゆっくりしていいだろう。

 食事の時間になり、大広間に行く。

 そこにはハイソケットやレジュ、イリナがいた。

「お風呂、良かったね」

「夕食も良さそう」

「時尭さん、顔色いいですね!」

 俺はあいている席に座る。

「ああ。いい湯だった」

 どっこいショットガンと言い、座る。

「なんだか、オヤジ臭いな」

 イリナは苦笑を浮かべている。

「まあいいじゃないか」

 俺は屈託のない笑みを浮かべると、レジュが悪態を吐く。

「はん。あんたなんて溺れて死んでしまえば良かったのよ」

 ここで反論すればレジュルート。肯定すればイリナルートだ。

 だから俺は沈黙で答える。

「ふ、ふん……。あんた何を考えているのよ」

 レジュは不満そうにふくれっ面を浮かべる。


 夕食が並ぶと、俺はこの世界の刺身に舌鼓を打つ。

「うまい。さすが異世界鳴子なるこ

 ここは宮城県の鳴子と呼ばれる地域を元にして作られている。

 だからか、日本に似ている雰囲気が満載だ。

 並べられた食事も、旅館の造りも似ている。

 あまり旅行に興味を持たなかった俺でさえ満足しているのだ。

 恐らくこのゲームをしてから旅行に興味を持つ人も多いのではないだろうか?

 そういった意味ではコラボはとても有効的な観光資源になるのかもしれない――。

 考えつつも箸を進める。

 いくらと鮭のはらこ飯や、牛タンの炭火焼き、ずんだ餅などといった名産品が並び、食欲をそそる。

 女子チームは楽しげに会話していたが、俺はどこで入っていいのか分からず、ずっと聞いているだけだった。

 やっぱり俺はコミュ障なんだ。

 哀しいな……。

 夕食を食べ終えると、俺は部屋に戻って横になる。

 なんだか疲れた。

 やっぱり武運不相応な態度だったか。

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