第27話 フラグ

「どういうつもり?」

 イリナは不機嫌そうに呟く。

 相手の男はニタニタと下卑た笑みを浮かべていた。

 俺とハイソケットが駆け寄る。

「イリナ。どうした?」

「この男がしつこくて」

「俺の仲間に手を出すな」

 男の手を捕まえて、二メートル先の噴水まで転移する。

「本気なら、身体の一部を転移させることもできるんだぞ?」

「ひっ。チート持ちかよっ!!」

 男は逃げ出す。

「イリナ、怪我はないか?」

「ないわ。でもあんた……」

「俺は何もしていないぞ。ついクセでやっただけだ」

「クセ、ね……。気に入ったわ。ワタシと付き合ってくれる?」

 俺はその言葉にむせかえる。

「つ、付き合う……!?」

「ん?」

 イリナがかーっと顔を温度計のように赤らめる。

「か、勘違いしないで! ただちょっと困っているから助けて欲しいだけなんだからね!」

「お、おう。そうか」

 今のまさかツンデレ? まさかね。

「じゃあ、どうして欲しい」

「そうね。ワタシと一緒に来てほしい。ハイソケットも」

「は、はい!」

 イリナの後を追う俺たち。

 中央広場を抜けて、貧民街のある西区に向かう。

 雑多な路地裏を駆け巡ると、目の前に行き止まりの壁が迫る。

 これは、ゲームで見たことある。

「え。行き止まりですよ?」

「大丈夫」

 イリナは壁に向かって走る。

 このままじゃ、ぶつかる。

 そう思った次の瞬間。

 壁が通り抜けて、イリナの身体は壁に消えていく。

「行くぞ」

 俺もこれを知っていた。

 魔法壁。

 魔術による特別な壁だ。

 転移魔法を転用したものだ。

「え、ええ……!」

 焦っているハイソケットを前に俺も魔法壁に飛び込む。

「ああ。もうっ……!」

 ハイソケットも急いで追いかけてくる。

 通り抜けた先には豪邸があった。

「ここは……」

「あん。待ってください」

 ハイソケットが何かにつまずき、俺を追いかけてくる。

 俺は記憶を頼りに走り出す。

 ここは。

 ここは〝臨界の孤島〟。

 ゲーム終盤で勇者が集まる広場。

 その憩いの場。

 他のプレイヤーに会えるかもしれない。

 そう思うとドキドキと鼓動が早くなる。


 周囲を捜索するが、プレイヤーらしき人物は瞳に映らない。

 俺は……。

 プレイヤーがいれば、帰る方法も、仲間を増やすチャンスでもあったのに。

 せめて、あのくノ一と会える気がしていたのだけど。

 ちゃんと礼を言いたいのに。

 彼女もチート持ちなのだろうか。

「こっちよ。時尭ときたか

 見えなくなっていたイリナがようやく姿を現す。

 イリナはゲームキャラだ。ここに来るのは意外だが、ゲームでもある仕様だったはず。

 庭園にある屋敷。

 その赤い絨毯の上を歩くと、奥に見えてくるのは大広間だ。

「ワタシ、ここの出身なの」

 知っている。


 イリナは戦災孤児であり、同じ孤児である姉・アネットと一緒にこの捨てられた屋敷で暮らしていた。

 そんな二人は生活のため、軍に入り、アネットは離反。

 イリナはアネットの件でひどいいじめに遭い、軍から離職し今では冒険者をやっている。

 アネットと離れたイリナはそれからまったく泣かなくなり、女の子らしい言動を控えるようになった。

 人に甘えるのを止めたのだ。

 彼女の語る過去は俺のゲーム知識と寸分違わず、一字一句まで同じだった。

「で。どうしてほしい?」

 ゲームにはない選択肢を選ぶ。

「ワタシを救って」

「分かった。アネットを探そう」

「うん。ありがとう」

 アネットの捜索。

 それは容易なことではない。

 β版では、そこまでたどりついた者はごく少数と聞く。

 だが不可能ではない。

 俺は、俺たちはまだ頑張れる。

 まだ先へ行ける。


 さて次はレジュのフラグを回収するか。

 イリナとの約束を終えフラグを立てると、俺は急いで庭園から離れる。

 この時間に噴水前に行かねば。

 走り出すと、中央広場にある噴水にたどりつく。

「レジュ――ッ!!」

 彼女の名を全力で呼ぶ。

「何よ。ヘンタイ」

 後ろから声がかかる。

「レジュ!」

 俺は振り返ると、そこにはレジュがいた。

 紅蓮の巫女。

 それにふさわしい格好をしていた。

 巫女服である。

「久々に見たけど、何?」

「いや、元気にしていたかな、って思って」

 俺はゲームのシナリオ通りに会話を進めていく。

「で。ジークは倒せそうなの?」

「ああ。今度は負けない。俺もだいぶ訓練を重ねてきたからな」

 イリナに鍛えられた腕前を見せてやる。

「ふーん。成長したんだ……」

 複雑そうな顔を浮かべるレジュ。

「でもごめんなさい。わたし、あなたを裏切ると思う」

「……知っている」

「え?」

「大丈夫だ。俺は諦めない」

 ゲームの言葉を引用すると、俺はガッツポーズを決める。

「俺だってやるときはやるんだ」

「……そう」

 目をパチパチさせたあと、小さく呟くレジュ。

「そうだ」

「なんだか懐かしいわね」

「そう思うなら、たまには顔を見せてくれよ」

 ふるふると首をよこに振るレジュ。

「わたしには無理なの。こうして偶然会ったならまだしも」

 ゲーム知識のある俺は偶然ではなく会えるのだが。

 まあ、いい。

 俺はレジュも助ける。

「俺はレジュのこと好きだよ」

「え?」

 レジュの顔が赤くなるのを見つめていた。

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