第21話 勇者因子

「貴様を殺すのは俺だ」

 そう告げると口笛を吹くジーク。

「楽しみに待っているぞ。ときたか」

 気持ち悪いほどの爽やかな笑みを浮かべるジーク。

 なんだこいつ。

 ムカつく奴。

「じゃあな。それまであいつには手を出さないと約束しよう」

「握手でもするか?」

「いや、いいだろう」

 クツクツと笑って立ち去るジーク。

 俺は苛立ちを覚えて、水面を叩きつける。

「くそっ! あんなふざけた奴に!」

 絶対に殺してやる。

 あんな奴にレジュがとらわれているのが我慢ならない。

 俺だって一人の人間だ。

 やってやる。


 銭湯から出ると、俺はハイソケットを待つ。

「どうかしましたか?」

 不安そうに揺れる蒼い瞳。

「ああ。あいつと会った」

「そう、ですか……」

「誰だい?」

 ハイソケットの後ろからイリナが顔を見せる。

「ジーク」

「ほう?」

 イリナが渋面を浮かべている。

「知っているのか?」

「まあね。ジークはスケベで有名だからね。顔が良い女を何人もつれているって」

 イリナが顔を背け、陰りを見せる。

「わたくしは呼ばれなかったけどね……」

 微妙に返しづらいこと言うな。

「まあ、別にあいつにからまれていいことないからね」

 イリナはぎこちない笑みを浮かべる。

「あいつは俺が殺す」

「……なら、すぐに魔法を身につける方法を教えようか?」

 イリナは悪魔の問いをかけてくる。

「そんなの……」

 β版にはなかった。どういうことだ?

「あるんだよ。沼の奥地に眠る秘宝・賢者の石を手に入れれば」

 聞いたことがある。

 β版では一万人のプレイヤーが参加していた。

 そのプレイヤーの中でも五人しかたどり着けなかったSSSランクの依頼クエストの最高位プレイヤー。

 俺は別イベントに参加していた都合上、ほとんど知らない。

 だが、ここで断るわけにはいかない。

 SSSランクとなれば一気にSランク冒険者になれる。

 その可能性は高い。

 だが――。

「危険なのは変わらない。オススメはしないよ」

「……やります」

「死ぬかもしれないですよ!」

 感極まったハイソケットが声を荒げる。

「大丈夫。へっぴり腰だから、すぐに逃げる」

「時堯さんは勇敢です。勇者です!だからここで死……」

「違う。俺はそんな立派な存在じゃない」

 力なく首をふる。

「俺はずっと見えないふりをしていた。魔王を倒せる人じゃない」

 淡々と綴る。

「俺さ、強くなりたいんだ。守るために」

「時堯さん……」

「ああ。なってやるさ」

 もう逃げない。

 俺は覚悟を決めた。

 誰かに嫌われてもいい。

 顔色をうかがうくらいなら自分から行動した方がいい。

 それが他人に裏切られる結果になろうとも。

 あの女の子みたいに嫌われても。

 それでもヒーローであろうとしたあの人みたいに。

 世界が俺を嫌っていても。

 それでも。

 俺は変える。世界を。


 銭湯から帰り、俺は身支度を調える。

 明日の朝には出立する。

 そのための準備だ。

 一冊の本が鞄から出てくる。

 イリナとの座学で使った本だ。

 そう言えばハイソケットはこの時間に水浴びをしていたっけ。

 俺はふとその姿を見たいと思ってしまった。

 でも、たまにはいいか。

 俺は宿屋の壁に背を預ける。

「ハイソケット」

「は、はいっ……!!」

 壁越しで俺は言葉をかける。

「な、なんですか?」

「俺はハイソケットに助けられてきた。ありがとうな」

「そんなこと……」

「俺は勇者じゃない。もうついてこなくていいんだよ」

 大切に思っているからこそ、出てきた言葉だ。

「そんなのおかしいです」

 か細い声だが芯が通っていると思う。

「私がこちらの世界に引きこんだのです。勇者因子を求めて」

 勇者因子?

「な、なんだ? それは?」

「はい。この世界に呼ぶには勇者因子の持つ者だけに限定されています。それもかなりの手練れのみ」

 あのくノ一の娘も勇者因子を持っていたのだろうか。

 俺には分からないが。

「だからあなたは間違いなく勇者なのです」

「なら、今回のクエストも楽にクリアできるな」

「そ、それはっ!?」

勇者ヒーローは死を恐れない」

 沈黙のあと、ハイソケットが呆れた声でため息を吐く。

「分かりました。私もついていきます。時尭さんだけにいい顔はさせませんよ」

「何を言っている。お前は残れと言っている」

「いいえ。だって私、時尭さんのこと――っ!」

「誰と話しているの? ハイソケットさん」

 この声は、

「イリナか?」

「ええ。時尭ね。なるほど。それにしても紳士ね。わざわざ見えない位置から話してくるなんて」

「……まあね」

 以前に出くわしたからな。

「ふーん。で、ハイソケットさんは尻込みでもしたの?」

「え」

「こんなに震えているじゃない」

「怖いのか?」

「……いえ。緊張です」

 きっとイリナも苦笑しているだろう。

「分かった。そういうことにしてあげる、ね? 時尭」

「ああ。そうだな」

「もう! みんなでバカにしてっ!」

 カッと怒るハイソケット。

「もう知りません!!」

 桶を投げる音がし、衣擦れの音が流れてくる。

「あー。分かった。明日、な」

 俺はそれだけを言い残し部屋に戻ることにした。

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