第40話 方向不在

「・・・わあ」

 越境の為の様々な審査を通り抜けられて、ようやくにもくぐれた門の先に現れた光景へ、ミルシは感嘆の吐息を漏らした。

 ズンと真っ直ぐに抜かれた大通り、その両端に並び立つアーケード、その元に連なる商店の列、そして、なにより。

「・・・わあ!・・・わあ!・・・わあ!」

 そこを行き交う人、買い物に勤しむ人、客を呼び込む人、人、人、人の波。それら全ての人の出すエネルギーがそこかしこで爆発するように騒めく喧騒を、田舎育ちのミルシはキラキラと目を輝かせて睥睨した。

「・・・凄い」

 こんな大勢の人が作り出す正のエネルギーはイズサン村は勿論、久秀と共に訪れた王都リオンや他の都市ではお目にかかれたことが無い。強いて言うなら戦場のそれだが、あんな悲嘆や悲鳴、怒号のスクランブルとこんな歓喜と盛況をごっちゃにしては、それこそ罰が当たろうものだ。

「凄いですね、ダンジョーさん!」

 桃色に昂揚した顔で振り返り、彼女は自分をここに連れて来てくれたお大尽様にも共感を求めた。

「・・・ダンジョーさん?」

 が、どうしてだろうか。その張本人たる久秀は興奮するどころか、むしろ辟易とするかのようにウンザリめいた表情をしているではないか。

「元気ないですね」

 酔いました?と問いかけると、彼女は無言で首を振る。

「いや、もう元気じゃ」

 暗に先ほどは体調が悪かったと口を滑らせた久秀だったが、幸いなことにそれに茶々を入れてくる鼠は現在、ミルシの雑嚢の中で息を潜めさせていた。

「なら、どうして?」

「いや、ちくとの。こういった商売で成り立つ街というのは、やはり同じような喧騒になるのじゃな、と。思っただけじゃ」

「はあ。そう、なんですか?」

「うむ。お主には分からぬじゃろうがの」

 意味のないマウントの取り方をする久秀の頭をコツンと叩くと、「当たり前じゃないですか」と腰に手を当てて主張した。

「だって・・・だってですよ!村を出てからダンジョーさんが連れて行ってくれたの、王都以外は戦場ばっかりだったじゃないですか!」

「喧しい。仕事の性質上、仕方なかろう!」

「ええ。だから、私も気にしてません。から、そうやって経験から見下ろすのは止めて下さいね。良い気、しませんよ?」

 そう言って顔を近寄せるミルシに久秀も負けじと睨め返すが、それを受けて怯えるどころか「フッ」と噴き出した彼女に力が抜けて、

「分かった、分かった。降参じゃ」

 諦めたように、久秀は大仰に両手を上げた。彼女としてはシニカルにやった仕草の心算だが、客観的には小さい子供がバンザイをしているみたいで、とても可愛いそれだった。少なくとも、ミルシの心にある秘蔵フォルダが1つ埋まったほどには。

「宜しい。で?」

「で?」

「・・・で、どうしてあんな顔になってたんです?」

「言うたであろう?」

「見たことあるとは聞きましたけど・・・それとこれとは話が違いません?」

 そう純粋な疑問として問いかける、ミルシの言い分は尤もだ。そして、尤もな質問から逃げるのは彼女の性分上許容出来ないことだ。

「・・・大したことではない」

 だから、半眼に据えた目で商店の雑踏を眺めながら、ポツリと呟くように言葉を紡ぐ。

「ただ・・・気に入らぬ奴が創った街並みと同じ香りがするものを、好意的に見れなかっただけじゃ」

 つまりは、坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、という奴だ。

「ええと・・・つまり、ただの八つ当たりってことですか?」

「皆まで言うでないわ、たわけ。・・・しかし」

「しかし?」

「いや、何でも無い。それより・・・行くぞ。儂らがここに来たのは仕事の為じゃ、遊びに来た訳ではない」

 そう言って、ミルシを追い抜くとそのまま雑踏の中に紛れていった久秀だったが、

「ぷはあ!・・・・・・おろ?」

 数十秒後、その中から弾き出されて彼女の元へと帰ってきた。

「おかえりなさい」

「ただいま・・・では無い!ほ、ほれ、行くぞ!」

 しかし、背が低い彼女は行き交う人々の視界の外にあり、且つその人波を押し退けて行けるほどの力も無い。

 結果、行っては押し出され、行っては押し返されて。そんな醜態が3度繰り返された、その結果。

「・・・・・・」

 俯いて、肩を震わす少女の一丁あがりだ。

「えっと・・・満足しました?」

 フルフル、と首を左右する久秀の表情は、不甲斐なさと無力さに今にも泣きだしそうだ。その嗜虐心を煽る表情に、ミルシはゴクリと生唾を・・・。

「と、いけない、いけない」

 飲み込みかけて、パンパンと両頬を叩く。人の不幸で喜ぶのは外道のすることだ。

「どうしたのじゃ?」

「何でもないです。それより・・・」

 はい、と右手を差し出したミルシに、久秀は頭上にクエスチョンマークを浮かべて首を傾げる。

「む?」

「私が先で引っ張って進みますから、ダンジョーさんは付いて来て下さい」

「・・・ふむ。して、この手は?」

「繋いでないと。私だけがあそこを抜けても意味無いでしょう?」

「それは・・・まるで、幼子のようではないか」

 よう、ではありませんと、素直に言う訳にはいかない。こと、見かけの割に臍を曲げると面倒臭いのは、これまでの付き合いでミルシもよくご存じだった。

「いえ。私はグイグイとあそこを抜けるますから、後ろからダンジョーさんがコントロールするんです。つまりは、馬と御者の位置です」

 だから、差しさわりの無い理屈を捏ね繰り出して、誤魔化す。

 無論、久秀とて馬鹿では無いから、それが適当な言い訳でしかないことは分かろう。が、それはそれとしてミルシの提案が理屈の上では正しいことも分かっているはず。だから。

「・・・ふむ。で、あれば」

 そう鷹揚に頷くと、渋々、といった体を見せながらミルシの手を取った。

「頼めるかの?」

 そうして、ギュッと握られた手の感触を得て、ミルシは満面の笑みで返した。

「はい、任せて下さい!」


「と・・・言っておらんかったかの」

 肩を組み、半眼でジロリと久秀が眺める先には、「あれ?・・・あれ?」と辺りを見回すミルシの姿がある。

「えっと。あれが・・・これのはずで。なら・・・え?」

「おい」

「おかしいな・・・ここで・・・でも、これだと・・・違う?」

「おい」

「でもなあ・・・・・・あ!分かった、この案内地図の向き、逆です!」

 クルリ、と手に持った案内図を回すミルシに、とうとう耐えられなくなった久秀は「おい!」と怒声混じりの声をかけた。

「何ですか?いきなり大声なんか出して」

「何ですか、では無いわい!あの大通りを抜けるだけで良いと言うたであろうに、お主、なんでこんな所におるのじゃ!?」

 そう、今現在彼女たちがいるのはどう贔屓目に見ても大通りでも目抜き通りでも無い、薄暗い裏路地だった。

「ミルシ、あれだけ地図を見ておって!」

 非常な剣幕で怒鳴りつける久秀だったが、その怒鳴りつけられた方のミルシに堪えた様子は毛頭無く、むしろ『大発見』と言いたげな顔で久秀へこの町の案内図を突き出した。

「でも、見て下さいよダンジョーさん。この案内図、どっちがどの方角か書いてないように見えません?」

「むう?・・・まあ、そうじゃのう、普通はこう分かり易く・・・」

「でしょう。でもですね・・・ほら、ここ見て下さい。ここにちっちゃく『上が東』って書いてありました」

「ほう。いや、しかしの・・・」

「いやあ、やっぱり地図なんかより、自分の感覚をもっと信じないと駄目ですね」

「まあ、それはの。で・・・」

「で?」

「ミルシや、今、ここは、どこじゃ?」

「分かりません!」

 ハッキリと言い放ったミルシに、「おい!」と再び久秀の癇癪が爆発した。

「第一、上が東と言うなら、地図の向きを180度回転させてはいかんじゃろう」

「あ!・・・ですね。じゃあ、もう一回」

「360度回してどうする!」

 冗談ですよう、と悪気なく呟きながら真剣な目で地図を見て、尖塔や高楼といった目印を探してみるミルシだったが、こんな路地では見渡せるものも見渡せない。

「う~ん、分かりません」

「やれやれ。お主、頼りにならぬの」

「すみません。森とか平野とかだったら目を瞑っていても方向くらいは判別出来るんですけど・・・こんな街中は苦手で」

 申し訳なさそうに頭を下げるミルシの手から案内地図を奪って久秀も見てみるが、珍紛漢紛。そもそも、現在地が分からないと地図というものは物の役に立たない。

「仕方ない、とは申せ・・・困ったのう」

 そう呟くのは、久秀の本心である。遠見の術を使えば分かるかもしれないが、こんな誰が敵かも分からないような街で軽々に術を使う訳にもいかない。

「すみません。取り敢えず。この先へ行ってみましょう。そうすれば何か分かるかも!」

 彼女も自分が原因なのでテンパっているのだろう。そう言うが早いか、久秀の制止も碌に耳に入らないまま歩き出そうとしたミルシだったが、

「駄目だ」

 彼女が歩き出そうとした小道から聞こえてきた声が、その動きを押し留めた。

 そして、立ち止まった彼女たちの前へとその声の主は堂々と姿を現すと、詳しい説明を続けた。

「どこに行きたいのかは知らんが、この先は官庁街の裏筋だ。通じてない訳じゃ無いが・・・少なくとも、観光客の行く所じゃない。さっさと元来た道を戻れ」

「・・・誰です」

 言葉はぶっきらぼうだが、しっかりとした説明だった。しかし、それを受けて尚ミルシは冷たい声で誰何する。非礼の誹りを受けかねない行為だが、それもその男性の姿からすれば当然の警戒であろう。

 何せ、男の身なりは細身ながらも鍛えられ、小麦色に焼かれた肌の上に軽く羽織っただけで前を開け放している粗い地のシャツと、膝上で雑に切られた短パンにスラップ。そして何よりツンツンと逆立った髪型に大振りのサングラスと、外形上に信用できる要素は豪ほども無い。

「誰って・・・誰でもいいだろ?」

「良いですけど、良くありません」

 そっと、前方へ警戒の目を向けつつ、ミルシは男には見えないように腰に提げた小刀へと手を伸ばす。が、

「待て」

 その手が小刀を掴む前に、久秀が掴んで止めた。

「え?だ、ダンジョーさん?」

「・・・ほう」

 それを受け、どこか感心したような声を男は上げる。

「それは止めておけ」

「で、でも!?」

「構わぬ。して、若いの。すまなんだのう、親切を無下にして」

「こっちこそ、構わん。言ってみただけだ」

「そうかの。なら、ついでに1つ、教えてくれぬか」

 そう言うと久秀は、トコトコと警戒心の欠片も無い歩き方で男へと近づく。

「ここはどこじゃ?」

「地図を貸せ。これは・・・お前ら、質の悪い地図を買わされたな。これじゃ、ここの住民だって迷う」

「じゃとよ」

「それより・・・ここは、ここだ」

 気不味いそうに顔を逸らすミルシを捨て置くようにして、久秀は男が指さした点をまじまじと見つめた。そこは大通りからかなり外れた位置にあり、成程、確かにこんな所に観光客は来るまい。

「ふむ。それで、ここから大通りへは?」

「1つじゃないのか?・・・まあ、いい。ここから南、つまりは地図の右方向へ行く道を少し進めば大きな広場がある。そこまで行けばデカい案内板もあるから、まず迷わん」

「そうかの」

 初耳のような顔をする久秀に、男は顔を顰めて額を押さえる。

「その様子だと、ここに来る前に通った訳でも無さそうだが・・・一体、どこを通ってここまで来たんだ、お前ら?」

「それは、内緒じゃ」

「・・・まあいい。じゃあな、これ以上は変な所に行くんじゃないぞ」

 言いたいことを飲み込んで我慢したような顔をして去り行く男の背中に、今度は久秀が「待て」と声をかけた。

「何だ、まだ質問か?」

「では無し。お主、そっちの道に行くのは止めておけ」

 そう言って久秀がその細指で指したのは、男が進もうとしていた路地の先だ。

「何故だ?」

「さあての。嫌な気配がする、とだけ言っておこうかの。無論、お主が信じるか、信じないかは・・・」

「信じない。が・・・別に、どうしても行きたいって訳じゃ無いからな。違う方へ行くこととしよう」

 ヒラヒラと手を振ってそう嘯く男を見送りつつ、久秀はニヤリと口角を持ち上げる。すると、それに応えるように男は振り向くと、同じような表情を彼女へと向けた。

「じゃあな、寄り道するんじゃないぞ」

「お主もの」

 ふざけろ、と男は振り向きざまに言い捨てて、今度はそのまま路地の奥へと消えていった。

 そして、その背中が見えなくなってから。久秀は意味深に笑うと、手に持っている地図をクシャクシャと丸めて道へと放り捨てた。

「ふむ・・・さあて」

「あ!駄目ですよダンジョーさん、ポイ捨てしちゃ」

 そう注意して久秀が捨てた、ミルシが買った案内地図を拾うと意外そうな顔をして彼女へと語りかける。

「でも、ダンジョーさん。信じるんですか、あの人?」

「少なくとも、お主よりはの」

「う!」

 痛いところを突かれて、ミルシは思わず黙り込む。

「それに、仮に間違うておっても、今まさに迷子の身の儂らじゃ。これ以上に不利益はあるまいて」

「ま、まあ・・・そうですけど。じゃ、じゃあ行きましょうか!」

 そう、強引に話題を仕舞うようにして歩き出したミルシは、ポツリと呟いた。

「・・・それにしても、誰なんでしょうね、あの男の人?」

「さあの。まあ、少なくともこの街に詳しい奴なのは、間違い無いじゃろうがの」

「ですね。でも、悪人・・・か、どうかは分かりませんけど、『悪い人』じゃないような気がします」

「じゃの・・・して」

 と、いつの間にやら距離が離れていたミルシへ、久秀は呆れたように告げる。

「え?」

「そっちは、逆じゃ」

 どっとはらい。


「どうだ、来たか?」

「いや。違う方へ行ったみたいだ」

「馬鹿な。まさか・・・」

「そんな訳はない。俺たちがここにいることは、奴は知らないはずだ」

「じゃあ?」

「分からん。単なる勘か、それとも・・・何か、特殊な力が?」

「ある訳がない。あったら、俺たちが生きていられる訳がない」

「・・・だな」

「まあ、来なかったものは仕方ない。慌てるな、チャンスはまだある。だろ?」

「ああ」

 頷き合った2つの影は、ガッシリと手を握り合う。そして小さな、しかしハッキリとした言葉で誓い合う。

「「いにしえの教えのままに」」



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