第29話 化生変化
「急げ!ミ・・・皆を助け出すのが第一で、他にスケベ心を出すなよ!」
「何か言いかけました?」
「煩い!それより、良いなお前ら!」
門を破りなだれ込んだ一団の中央で、スツアーロは声を枯らして叫んだ。
「リーダー、女給さんとかいたら攫っちゃダメですか!」
「ダメに決まってんだろうが馬鹿野郎!俺たちゃ、ここの領主みたいな人攫いじゃないんだぞ!」
手近にあった小石を背中へ投げ当てつつスツアーロは怒鳴る。
お調子者のホセの言うことだからまさか本気では無いだろうが、その発言は冗談で済ますにはあんまりすぎた。
「ええ、マジかよぉ・・・」
「俺、嫁探しに来たのに。スツ、お前本当に男か!」
「いや、あれだよ。スツにはもう・・・」
「・・・ああ。可哀そうに」
しかし、冗談では無かったのだろうか。スツアーロの怒声を受けて、皆口々に苦情を零し出す。
「おま・・・」
「貴様ら、いい加減にせんか!遊びじゃないんだぞ!!」
一部にあった不穏な発言は聞こえないふりをして再び怒鳴ろうとしたスツアーロの機先を制するように、彼の傍に控えていたバリヨンが雷を落とした。
「「「す、すいません!」」」
「謝ってる暇があったら手足を動かせ!敵は待ってはくれんぞ!」
どうしてバリヨンの叱咤は皆に受け入れられるのだろう。そう心中でスツアーロは訝しんだ。ただ、それを表に出してはいけないことくらい、形ばかりのリーダーでも承知している。
「それと、逃げる奴は追うな。向かって来る奴だけを相手にしろ!」
だから、スツアーロは何でもない顔をして指揮を続けた。
「何だよ、もう!」
「嫌だぁ、助けてくれよぉ!死にたくねえよぉ!」
門からは手に手に農具を振り回して侵入してくる村人たちに、初めこそ「農民如きが何するものか」と抗戦を選んだ衛士たちだったが、血気に逸る村人たちに数人が叩きのめされると忽ちその戦意はポッキリと折れた。
勿論、装備だけ見れば村人たちのそれなぞ衛士の足元にも及ばない。しかし、戦とは畢竟、士気と数が何よりものを言う。『仲間を助ける』という確固たる意志を持つ村人たちに対してその両方に劣る衛士たちは、マトモな指揮官がいないことも相まって這う這うの体で我先にと逃げ出していく。所詮、彼らの領主への忠誠もその程度だったといったところだろう。
そうして、中庭を制圧したスツアーロたちのところにヨロヨロと1人の村人が歩み寄ってきた。その男はスツアーロたちをみてビクリと身を震わせたが、やがて彼らが味方だと分かるとフラフラと手を伸ばして歓声をあげる。
「おお、お前ら!た、助けに来たのか!?」
「ガジェロ爺さん!」
無事だったのか、と数人が駆け寄るその奥にあった建物と塀の隙間から、更に数人の村人たちが同じように這い出してくるではないか。
「おお、若衆どもか!」
そんな虜囚だった村人たちを、バリヨンたちは優しく抱きとめて門までエスコートする。
「爺さん、無事だったのは・・・」
「お、おお。助かったのはワシらだけじゃ。ライんとこの嬢ちゃんがなあ・・・」
「そうだ、ミルシは!?」
どうした?と肩を掴むスツアーロの肩を、ガジェロは老人とは思えないほどの強さで掴み返した。松明の灯りの中でも分かるくらいに蒼白に染まる彼の相貌に、痛さに顔を顰めつつスツアーロは「どうした?」と再び問い正す。
「なあ爺さん、何をそんな怯えてんだ?衛士の連中はあの通りだぜ?」
「あんなのはどうでもいいんじゃ!そ、それより早く、早く逃げるんじゃあ!」
「ああ、分かった分かった。バリヨン、皆を連れてさっさと村へ!」
その言葉にバリヨンは「分かった」と軽く頷いたものの、
「しかし、お前はどうするんだ?」
「俺?俺は・・・探さなきゃいけない奴がいるだろ?」
「んん?それは・・・あ、そうか。ミル・・・」
「じゃない!アイツを追って行った何か分からんチビがいただろ、ソイツだ!」
嘘だあ、と言いだけな視線を四方八方から向けて来る仲間たちを順繰りに睨みつけて黙らせると、スツアーロはその内固まっていた数人に近寄った。
「お前たちはここを確保しておけ。俺とカーテスは中へ入って、他の連中はバリヨンと・・・」
「あ、ありゃ何だ!!」
格好よく命令を出そうとした台詞を遮られて思わずムッとするものの、ホセがそう叫んで指さす方を見たスツアーロは、全く同じ言葉を叫んだ。
「ありゃ、何だ!」
「既にお味方は総崩れ。どうするにせよ命令を!」
外から飛び込んできた衛士の報告に、初めこそ絶望に顔を真っ蒼に染め上げた領主だったが、怒りで立ち昇る血潮にかたちまち顔を真っ赤に染め上げた。
青くなったり赤くなったり、何とも忙しい男である。
「き、き、き、貴様らあ!」
上体を何とか持ち上げた領主は、喉が張り裂けんばかりの声で怒鳴り散らした。
「貴様ら、それでも私から禄を食む衛士の端くれか!ぶ、ぶ、無様なその面を晒す余裕があるなら、とっとと賊徒どもを討伐してこんか!」
その無体な命令に、衛士たちはキョロキョロと目を泳がせたが、その中で比較的に頭の回る1人が何かを思いついたようにポンと手を叩くと、
「わ、分かりました!では、急ぎ外に向かいます!」
踵を揃えた直立不動でそう告げると、槍を投げ捨てて脱兎の様にダイニングのドアから走り去った。そして、それを見ていた他の衛士たちはザワザワと顔を突き合わせたが、やがて1人また1人と櫛の歯を抜くようにドアから姿を消して行く。
結果としてダイニングに残ったのは、衛士の中でも一等ぽやんとした顔をしていた若者1人のみとなった。
「お、おお・・・良いぞ貴様ら。衛士としての責務を果たして・・・」
「阿呆か、おのれは」
呆れたように肩を竦めながら、久秀は呟いた。あの醜態を見てそう思えるとは、よほどこの男、人を見る目が無いらしい。もっとも、絶望を希望的観測で塗りつぶしたいだけかもしれないが。
「な、何い!?」
「あ奴らなぞ、体のいい言い訳で取り繕って逃げただけに決まっておろうに」
そんなぁ、とどこまで本気で言っているのか分からない呟きを聞き流しつつ、久秀は唯残った衛士に対して「お主は逃げんのか?」と問うてみる。
「へ、へ、へ?」
「へ、では無いわ。ほれ、他の者は逃散してしもうたに、如何でお主はそこに突っ立っておるのじゃ?この男へ忠義立てかの?」
「ぼ、ぼ、ボク・・・ボクは」
やはりと言うべきか。ガタガタ身を震わして槍に縋って立つ有様から判断するに、忠義だなんだではなく、ただ動けずにいるだけらしい。
「あんなのが残された手勢とは、流石に哀れじゃのう。もっとも・・・同情はせぬがの」
「な、ならば!」
「む、何を言う気じゃ?」
足下から聞こえた領主の声に、久秀はさも興味なさそうに返事を返す。しかし、領主の耳にはそんな言葉は入らないようだ。
「貴様だ、女子!」
「・・・貴様ぁ?」
「そ、そうだ!き、貴様は村の人間では無いだろう。だ、だから・・・王国に認められた領主たる私を、このような目から助けよ、いや、助けて!?」
「・・・無様だな」
自分の足の傷は誰のせいだかを忘れ去ったような懇願に、心底軽蔑するといった調子でライが呟いた言葉も、今の領主の耳には入らない。
「タダとは言わん。た、助けてくれれば相応の報酬は出す!な、なんなら王国の有力者へ伝手をもってやってもいい!だ、だから・・・頼むよ!」
久秀の術、負傷、止めの反乱騒ぎのせいでぐちゃぐちゃだった領主の頭には、唯一自分を救ってくれるであろう存在にしか無い。
「無駄じゃ」
されど、その救ってくれる存在と見込んだ久秀は冷たくそう言い放った。
「へ?」
「無駄じゃ。お主はもう、その『王国の有力者』からも見捨てられておる」
そう言うと、久秀は懐から1枚の書状を取り出した。
「貴様の所業を伝えたところ、村の反感が王国へと向く前に、つまりお主の所で収まる内に始末をつけよとな。その有力者からのお達しじゃ」
「つ、つまり」
「何じゃ、言わねば分からぬのか・・・つまりじゃ、欲張りな領主が馬鹿をやったから、その報いを受けた。その筋で鎮めよと言うことじゃ」
簡単に言えば、彼は見捨てられたということだ。
「そ、そんな・・・伯爵は私を見捨てぬと、あれほどに・・・」
ガックリと落とされた領主の顎を、久秀はガシリと掴んで持ち上げる。
「で、じゃ。その上で、お主に聞きたいことがある」
「は?」
「良いから。素直に答えるなら命だけは助けてやる」
助けてやる。その言葉に、領主の生存本能は勝手に口を開いた。
「わ、分かった。私の分かることなら何でも言ってくれ!」
「何でも・・・か、良かろう。では問うぞ、貴様があそこまで収奪を謀ったのは何故かの?」
「・・・え?」
「え?では無い。とある伝手を使って、お主が付け届けを行っておった貴族に裏を取って貰ったのじゃがな。その時にお主がその後ろ盾に献上すると約した分と王国の国庫に納める税収分を除いても、貴様が村へ命じた供出量は過剰に過ぎよう」
「そう、なのか?」
首を傾げるライに、久秀は小さく頷く。
「なのじゃ。まあ、初めはこ奴の贅沢の為と思っておったのじゃが・・・これを見つけての」
ピラリと久秀が取り出した羊皮紙を見るや、領主の目に剣呑の光が戻る。
「それは!か、返せ!」
「返さぬ。一応果心の奴に翻訳はしてもろうたが念の為・・・ライ、読めるかの?」
「貸せ。ううむ・・・字が細かい上に、どうやらこれは古代北方言語らしいな。ニュアンスだけなら・・・・・・どうやら、誰かに多額の援助をする約定書らしいな、これは」
「うむ、あ奴もそう言っておった。で、あれば・・・」
スッと目を細めて、久秀は領主を睨めつける。
「ここに記されておる『援助』とやらの為に、貴様は過剰な収奪を謀っておったということになろう。して、それはその反応から察するに、表沙汰には出来ぬ事柄と見た。・・・違うかの?」
何か反駁しようと口を開いた領主だったが、その口からは意味のある言の葉は紡がれず、ただパクパクと開閉を繰り返すばかり。その仕草を肯定と受け取った久秀は、用済みとなった羊皮紙を丁寧に丸めると懐にしまい込んだ。
「まあ、詳しい話は後でゆっくりと聞けば良い。に、しても・・・外が少々騒がしいのう」
あの衛士の発言からするに、外にいた衛士たちは総崩れとなったはずだが何故だろう、窓の外から聞こえる喧騒は増々騒がしくなっている。
「戦素人の村衆のやることじゃから、無用な追い首でもしておるのかのう・・・」
あのスツアーロとかいう男はそんな男には見えなかったが、戦の狂気に呑まれるというのは誰にでも起こりうることだから、言下に否定するのは難しい。
しかし、そうこうしている内に、外からは喧騒だけでなく投石が窓に当たる音も聞こえるようになり、それには流石の久秀も眉を顰めた。
「やれやれ、鎮めてやらねばならぬか。それにしても・・・果心はこの状況に何をやっておるのじゃ?」
そう独り言ちながら久秀が窓の方を向いたその時、鍬の頭が窓硝子をぶち破って室内へと飛び込んで来たから堪らない。
その音と割れた硝子を引っ被ったことに残っていた若い衛士は肝を潰し、「わひー」と叫んでドアへと向かった。
「何をやっとるんじゃ、あ奴らは!・・・おや?」
しかし、その若者がドアノブへと手をかけた瞬間、そのドアは勢いよく蹴り開けられる。その若者は哀れにも開いたドアにしたたか顔面を打ちつけられると、そのままバッタリと仰向けに倒れた。
忠義で無いにせよ最後まで残った割には、なんとも運の無い男であった。
「しまらぬ若者じゃったの」
思わず呟かれた久秀の感嘆をよそに、ダイニングへ金髪を靡かせて飛び込んで来たミルシは彼女を見るなり「いた!」と叫んで指をさした。
「いた、では無いわ。その騒々しいザマは何じゃ!?」
「そんなこと言ってる・・・あ、来た!」
ミルシの不作法に眦を吊り上げかけた久秀だったが、次にダイニングへと飛び込んで来たものを見て、その暇なく目は驚愕で大きく見開かれた。
それは、大枠で括るなら『人』と言えよう。しかし、その背中に生えた蝙蝠のような羽と、鷹のように鋭く伸ばされた爪、口唇からはみ出た尖った牙を除けば、だが。
「で、デーモン?」
少しは物を知るらしいライが、信じられぬように目を瞬かせながら呟く。
「でいもん?確か、伴天連の言う冥府の悪鬼、るしへるの使い・・・じゃったか?」
「そんなことはいいから!早く!」
ブンブンと椅子を振り回し、そのデーモンとやらの接近を防いでいるミルシの叫びに思考から返ってきた久秀は「すまんかったの」と軽く謝して彼女とデーモンの間に割り込みをかける。
「ギャウ!」
「腹が減ったかの。なら、こいつは奢りじゃ、とくと味わえ」
そう嘯いて久秀が大口を開けるデーモンの口腔内に放り込んだのは、先と同じ爆発する符。であれば、起こるのもさっきと同じ事象であり、ボンという破裂音と共にデーモンの頭部は跡形もなく消え去った。
「やれやれ、これで一安心かの」
「ひえぇ・・・はあ」
緊張の糸が消えてへたり込むミルシを尻目に、久秀は同じようにへたり込む領主を鋭い視線で睨めつけた。
「して、貴様。あの怪物は何じゃ?」
「し、し、し・・・」
「し?」
「し、知らない!わ、私は知らないんだ!た、た、ただ、あの男は金か、最低でも人間を預けてくれれば、私の身辺を守ってくれると!そ、そう言って!」
ベラベラと立て板に水とはいかないが、途切れずに喚きたてるその言葉に嘘はないだろうと、久秀は感じた。この際に置かれて尚、嘘を吐くような糞度胸はこの男にはないだろう。
と、その時。
「あ、ライ爺さんとミルシ・・・に、誰かさん!」
窓の外から、スツアーロがひょっこりと顔を覗かせた。
「久しぶりじゃの。して、どうした?」
「どうしたもこうしたも。何か、変な怪物が出てきたかと思うと、それが襲って来たんですよ!」
「取り敢えず、小生の術で始末しましたが、まだ不穏な気配は止みませんね」
泣き出しそうなスツアーロの顔の横に、平生と変わらぬ様子の果心が顔を出す。
「そうなんですよ!私が納屋に入ったら、あの変なのと檻に入れられた村の皆がいて!それで・・・」
「一寸待て、ミルシ。では、アレがこうして闊歩しておるのは・・・若しかせずとも、お主のせいかの?」
「し、仕方ないじゃないですか!あのままじゃ、捕まっていた皆は死んじゃってたんですよ!」
肩を活からせてミルシはそう主張するが、今は彼女を咎める余裕もなければ過ちを追求する余裕もない。
「まあ、よい。してスツアーロ」
「は、はい!」
「お主は無事だった村人を連れ、急いでこの館から去るがよい」
「わ、分かりました!それで、ええと・・・貴女は?」
「儂は・・・っ、何じゃ!?」
不意に耳朶を打った「うお!」という鈍い悲鳴に、会話を中断して声の方を向いた久秀がそこで目にしたのは、ライへと抱きついて首筋に噛みつく領主の姿であった。
「アンタ、何を!」
血相を変えて近寄ろうとしたミルシを、ライは「く、来るな!」と強い口調で押し留める。
「こいつは、おかしい!」
絡みつく腕を引き剥がそうと四苦八苦するライであったが、その腕はまるで獲物へ巻き付く蛇のようにガッチリと絡みつき、離すどころか緩む気配すらない。領主の力は先ほど久秀に殴りかかろうとした時に判明した通り素人の青瓢箪で、とても山育ちのライに勝るとも思えないにもかかわらず、だ。
「・・・ち、違う」
「む?」
「ち、違うんだ・・・私じゃない、私じゃあ、ない、んだ!」
口から血をタラタラと流しつつ、縋るような目で久秀を見上げながら領主は呟く。
「私だって、こんな、こんなのは・・・違う、アイツは、ただのお守りだって、だって!」
「おい貴様、彼奴とは誰じゃ!」
少しでも情報を得ようと久秀が駆け寄ろうと手を伸ばした、次の瞬間だ。
「ち、ちが・・・い、嫌だぁ!死にたくないいいいぃ!わ、私はぁ、ああ、あああああああ!」
領主の悲痛な叫びと共に、ライと領主の2人は抱き合ったまま目も眩むような光に包まれる。そして、その光が収まった時にそこにいたのは、最早領主でもライでも無かった。
「嘘・・・でしょ?」
「こ、これは・・・」
そこに立っていたのは身の丈8尺(※約2.5m)以上もあろうむくつけき大男であり、その背中には先のと同じような羽が2対、バサバサと仰ぐように前後していた。
「ギャオオ・・・」
その存在は、チラリと唖然とする久秀たちを睥睨したが、やがて興味を無くしたように被りを振ると、今度は上を見上げて微笑んだ。
「ギャ!」
そして、その4枚の羽根を大きく動かし、天井を打ち破って飛んで行ったのだ。面喰うな、という方が無茶だろう。
「・・・って、呆けてる場合じゃ!」
飛んで行った後を呆と眺めていた3人と1匹であったが、一番最初に我に返ったミルシはそう言うと慌ててドアへと急ぐ。
「お、おい待てってミルシ!どうする気だ!?」
「どうってスツ、決まってるじゃない!爺様を助け出すの!」
「助け出すって・・・どうやって!?」
「知らない!」
「知らないって・・・」
ああもう、とスツアーロは頭を掻きむしると、覚悟が決まったような顔で「じゃあ」と背中に担いでいた物をミルシへと投げ渡した。
「これは?」
「お前の弓と、矢筒だ。なんでも、お前が追って来ないようにってライの爺さんが、コッパンおばさんの家に預けて行ってたらしい。・・・・・・無駄だったけどな」
「そう・・・ありがと、じゃあ行くわね」
外れていた弦を付け直し、張り具合を確かめたミルシはそう言うと、2階のバルコニーへと上がる階段目がけて走り出した。
「ああ・・・行っちゃった」
頭を抱えるスツアーロに、果心が囁きかける。
「なら、渡さなければ良かったのでは?」
「渡さなくても行っちゃうでしょうよ、カシンさん。それも素手で」
なら渡さない理由は無いです、とスツアーロはどこか諦めたような口調で言った。
「まあ、若いというのは無鉄砲で、素晴らしいものじゃなぁ」
そして、久秀も同じく諦めたような揶揄するような口調でそう言うと、スツアーロの肩に乗っている果心を自身の肩へと摘まみ乗せた。
「じゃが、それ故に危なっかしい。年長者が付いてやらねば、の」
「おや?まだ手を貸す心算で?」
「ここまでやって、死なれても夢見が悪いからの。それに・・・」
「それに?」
分かっている癖に聞いてくるとは、相変わらず嫌味な坊主だと久秀は胸中で吐き捨てる。だから、彼女はワザと違う理由を果心へと告げた。
「あの領主とやらに、儂は言うてしもうたからの。素直に吐けば、命は助ける、と」
それに、その理由もまんざら嘘では無い。
その証拠に、果心へ告げる久秀の口角は獲物を見つけた肉食獣のように、不気味なぐらいに捩じ上がっていた。
「ならば・・・吐かなんだのなら、殺すしかないの」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます