第26話 虚仮虚勢
豪奢なダイニング、その一言に尽きるだろう。
部屋の中央を支配するテーブルは1枚板で出来ているにもかかわらず驚く程の厚で、そこにかかっているテーブルクロスには染みどころかシワの1つも無い。その上で煌々と明かりを灯す燭台は全てが銀製の一品ものばかり。
テーブルを囲む椅子も主人の物を除けば乱れ無く一揃いで、おまけに壁にかかり床まで達するほど大きいタペストリーは数十年前の古物と思しき上物だ。
勿論、それらや壁際の調度品の全てにおいて、傷どころか擦れの1つも無い。まさしく王侯貴族もかくもや、という素晴らしいダイニングである。
そんなダイニングのテーブルには今、2人の男がついていた。1人は一際豪奢なつくりの椅子に座っていることからこの館の主、即ち領主に違いないだろう。
それは、痩せぎすの体を仕立てのいい黒ずくめのタキシードのような上下に身を包む、40代前半から半ばくらいの気難しそうな男だった。癖のあるアッシュブロンドの頭髪をテラテラ光る整髪料で撫でつけた髪型と、その細面には不釣り合いに鹿爪らしく髭をピンと立てたその相貌は、腺病質な線の細さを隠さんと無駄な努力を行った結果だろう。
「・・・ふむ・・・ふむ」
男は独り頷きながら器用にナイフとフォークを操って食事を口に運んでおり、指に纏う小さいながらも相応の輝きを見せる石をはめ込んだ指輪は男がカラトリーを操る度にキラキラと下品に光った。
その装束と容姿は兎も角、不作法なカチャカチャ音を一切たてずに食事を行っていることから、一見して良いところの出と分かる。
そして、領主の右斜め前に座らされている男は逆に一見して田舎者丸出しだ。胸元まで伸ばした白鬚はくすんでモシャモシャと絡まって優雅さの欠片も無いし、その服装も小ざっぱりとはしているが所々にほつれが見えるなど、間違っても領主と共に食事をとる格好では無い。
「ふう・・・腕を上げたようだ」
満足、と言わんばかりにナプキンで口を拭う領主に、傍に控えていたコックはドッと流れる汗を拭うことも忘れて「あ、ありがとうございます」と頭を下げた。
「こんな辺鄙な所に来てどうしようかと思ったが、素材が新鮮なままというのは王都にいては出来ない経験だ・・・・・・おや村長?どうした、一向に食事が進んでいないじゃないか」
その言葉通り、村長と呼ばれた老人の前に置かれた皿には、すっかり冷たくなった料理が並んでいた。もっとも、両腕を椅子に縛り付けられた状態で食事がとれる訳も無く、そうするよう命じたのは領主自身。
にもかかわらず見咎めるようなその指摘から、領主の見た目通りの悪趣味と底意地の悪さが伺えようものだ。
「・・・いえ、こんな時に食事など出来るものではありませぬ」
されど、それを言っても無駄と悟っている老人は諦め顔で漏らすと、軽く首を横に振った。
「そうか・・・口に合わなければ、まあ仕方が無い」
そう言って領主が手元のベルをチリンと鳴らすと、たちまち壁際に立っていた衛士の1人がせかせかと大股で近寄って来た。衛士とは文字通りに館や領主の警備を行う私兵のようなものだが、この領主は使用人としてもこき使っているようだ。
「何でしょう」
「どうやら、この老人には私好みの高尚な味が口に合わないようだ。番犬にでも与えておいてくれたまえ」
言外に「お前の舌は犬以下だ」と罵倒された老人は増々表情を硬くするが、領主はそれが愉快とばかりにキュッと口角を歪めて笑った。
「ところで・・・」
「何か?」
「どうしてワシらは、この館まで連れて来られたのでしょう?」
「分からないかね?」
「はあ。この間、税として領主様の所に収穫をお届けに参りました。それから数日に渡り村民が幾人か行方知らずとなったのは、『勿論』領主様はご存じ無い話とは思いますが・・・」
勿論、という語句を強調したのは、『勿論』ワザとだ。
「それの真贋を探る間もなくこのような仕打ちを受けたとあれば、ワシらとて邪推をせざるをえませぬ」
「しても構わぬよ。私が数日前より貴様らを招いていたのは、その通りだからな」
その開き直りとも取れる自白に、老人の眉は怪訝そうにピクリと動く。
「で、あれば。何故にワシらがこのような仕打ちを受けねばならぬのでしょう?しっかりと税を納めたにもかかわらず、このザマでは・・・」
納めた意味が無い、と言い募ろうとした村長に対して領主は、「違う」とバンバンと肘置きを叩いて言葉を遮った。
「何を勘違いしている?君たちは税を納めてなど、いない」
「は?でも、確かに」
「確かに。そう、確かに君たちは農作物を収めた。だが、足り無いんだ、まったく」
「足りない?し、しかしワシらは仰られていた通りに、越冬分を除いた全てを―!?」
ガンという音と共に後頭部に強い衝撃を受け、頭が前へと揺さぶられる。チカチカと点滅する視界の奥では領主が満足そうに笑っていた。
「失礼。あまりにも馬鹿な発言だったので、寝ているのではないかと思ってな。頭を部下に叩かせて貰った」
そう言うと領主は席を立ちカツカツと足音を響かせて近寄り、持っていたステッキをスッと老人の喉のところへと差し込んだ。
「私は君たちに伝えたはずだ。君らには、冬を越すに足る量を確保する『権利』があると。しかし、飽く迄『権利』は『義務』を果たした者に与えられる成果だ」
クイと領主がステッキを引く。それに釣られて老人の顎も上がり、まるで領主を見上げるような格好になる。
「つまり、君たちが思うままの取り分を得るのは私が示した量を納めるという『義務』を果たしてからの話だ。・・・私が言ったのは、あれっぽっちの量だったかね?」
「し、しかし・・・言われた量を納めてしまえば、手元にはロクに残りませぬ。山野に入るのも禁じられて、農作物の大半を納めて・・・それで、ワシらはどうやって冬を越せば良いので!?」
「口減らしでもすれば良いだろう」
あっさりと告げられた領主の言葉に、老人は言いかけた言葉を失った。
「私たち、つまりは王国からすれば、だ。いいかね?必要なのは租税だけだ。後は君たちが飢え死にしようがカニバろうが知った事では無い。だから」
スッと首元のステッキを引き抜き逆手に持つと、カクンと落ちた頭にフルスイング。ガンという鈍い音と共に、コメカミ辺りからはタラリと一条の血が流れた。
「こうやって、君たちを我が屋敷へ招待した、ということだよ。なあ・・・ライ・イズサン?」
「ああ・・・暇だなあ」
屋敷の中でそのような詰問が行われる少し前。領主の屋敷の門番、ワツトは欠伸をしながらそう呟いた。
「こらこらワツト、仕事中だぜ」
「だってよおジウル、見張りったってする事なんてありゃしないぜ」
その言葉が示す通り、2人の前に広がるのは一面の暗闇だ。彼らのいる門の周囲こそ松明が灯されてはいるが、それだって辛うじてお互いの顔が見えるくらいのものである。
川や草原があることも音でしか分からないほどの真っ暗闇の中で、いったい何を見張れと言うのか。ワツトの言葉にはそんな響きが伺える。
「ならワツト、館か納屋の担当と代わってくりゃいいじゃねえか。どっちの連中も、喜んで代わってくれるぜ?」
「冗談!あんな領主の悪趣味に付き合うなんて、俺にゃ御免だね」
その領主をくさすような発言にジウルが「おいおい」を咎めると、ワツトも「おっと」と口を塞ぐジェスチャー。もっとも、こんな所にお楽しみの最中の領主が来るはずも無いから、彼らの振る舞いも悪ふざけの域を出るものでは無い。
「・・・せめて、中の警備ならならなあ」
「あれもどうだ?領主の御付きよりゃマシとは言え・・・ん?」
パシャと水が跳ねたような音に、ジウルは少し身構えたが、
「ほっとけほっとけ。魚が跳ねただけだろう」
と、ワツトは相変わらずの極楽とんぼ。
「しかし・・・一応、見ておいた方が」
「だからほっとけって。それに、明かりはこれしか無いんだぜ?」
一緒に見に行く気は無いワツトにとって、松明を持って行かれることは自分の周囲が常闇に沈むということと同意だ。そんな訳にはいかないから、自然に語気も強くなる。
そして、ジウルとしてもそんなワツトを押し退けてまで見に行きたい訳では無かったから、あっさりと「それもそうか」と前言を撤回した。
しかし、
「「!?」」
ザクリザクリ、と砂利を踏む音に2人はさっと槍を構え直した。それは間違い無く人の足音で、こちらに近づいて来ている音だ。
「だ、誰だ?」
恐る恐る、ジウルが誰何する。こちらの見えない所に何者かがいる、その事実からその誰何の声も自然と震えた。
「誰だって言ってんだよ・・・お?」
そして、ようやく見えた人影を見て、2人は「ほう」と安堵の息を吐いた。
「なあんだ、嬢ちゃんか」
何故なら、それはどう見ても脅威には見えない、いいとこ10歳くらいの女の子。そんなものなら恐れる必要も―。
「「!!?」」
―いや、おかしい。同時にそう思い至った2人は驚愕の顔で見合わせた。こんな時間にこんな場所に、女の子がいる訳が無い。
しかし、そんな2人をまるで揶揄うかのように。どこか虚ろな目をしたその少女は、何を言うでも無くただ「おいで、おいで」と手を仰ぐ。
「ど、どうした、嬢ちゃん?ここいらの村の子か?」
その言い様の無い異質さに、2人の背筋にぞわりと冷たいものが走る。周りの暗闇が溶け込んだかのような黒髪の中にアメジストめいた輝きの両眼が浮かんでいるのが、また不気味だ。
「お、お、お前行けよ!」
「俺!?やだよ!」
「いいから行けワツト!こないだ貸した金、返さなくていいから!」
「糞が!絶対だからな、絶対!」
されど今、館で行われていることを考えると放っておく訳にもいかない。押し付けられたワツトは槍を突き出した構えのまま、じわりじわりと近づいて行く。
「なあ・・・なあ嬢ちゃん、名前・・・名前何てえの?」
一突きすれば穂先が突き刺さるまで近づいたワツトだったが、少女はそれが見えていないかのように、相変わらずおいでおいでをするだけ。
その薄気味悪さにこちらが、それこそ小娘のように逃げ出したいという欲求をなんとか押し留めつつ、
「よっと」
ワツトは槍をぐるりと回し石突の方を先に構えると、少女の胸元へと突き付けた。このまま軽く小突いて、ただの少女なら押されて座り込むか泣き出すだろうし、まやかしの類ならば通り抜けるだろう。・・・それはそれで怖いが。
「え?」
そう思って突き出した途端、ワツトの視界がぐるりと回る。そして、あなやと思う間も無く背中からズダンと地面に叩きつけられた。
「かは!?」
と、衝撃で肺腑から空気が飛び出し、チカチカと眩い星が目の前に広がる。どこかで「トス」という乾いた音と、「ドボン」という湿った音が聞こえた気がした。
「う・・・く・・・」
「さて」
ヒヤリとした感触が首元を襲う。ハッと思えば胸の上には先ほどの少女がのしかかっていた。人1人が載っているとは思えぬほどにその感触は軽かったが、そんなことに頓着する心の余裕は今の彼には存在しない。
「動くで無い。動くとこれだぞよ」
その言葉と共に首筋に感じる冷たさが夢幻で無いと主張する。そしてワツトの頭が現状を、つまり冷たい触感が刃物を突き付けられているからだと理解するまで、たっぷり数十秒はかかった。
「は・・・は、はあ!?」
しかし、そこからは早かった。胸は早鐘を打ち、吐き出す息は言葉にならない。ジウルのことも、何やら少女の話す言葉も、ワツトの心に入っては来ない。
「や、止めて、止めて、止め―」
「口が動いたな?では・・・死ぬがよい」
その、辛うじて理解できた言葉がトドメとなった。
「た、たす・・・・・・」
くわん、とワツトの意識は闇の中へと落ちていった。喉元を襲う熱感を感じないままに逝けたのは、果たして幸か不幸か。
「き、貴様・・・ど、どうしてその名を?」
連れて来られてからも相貌を崩すことのなかった村長、否、ライ・イズサンの双眼は驚愕で大きく開き、それを見た領主は満足そうに口角を歪めた。
「ははっ。良い、良いではないかライ・イズサン。それが見られたのなら、ここまで猿芝居を続けた甲斐もあったというものだ」
パンパンとさも愉快そうに柏手を打つと、再度領主は反対側の蟀谷に杖を叩きつけた。
「そして・・・下郎が!誰に口を訊いているつもりだ、ああ?」
「うっく・・・答えよ!」
両側頭部から血を流しつつも気丈さを失わないライに対して、領主は少し面白く無さそうな顔をしたが、
「ふん・・・逆に言うぞ。どうして誤魔化せると思った、こんなもので!?」
そう言って領主が思い切り髭を引っ張ると、それは付け髭だったらしく、ビリビリと嫌な音を立てて外れた。
「私がな、爺さん、この村一帯を手に入れる為にどれだけ手を尽くしたと思う?他の貴族に与えられていないか、収穫は安定しているか、村の者は反抗的か・・・全て、調べ尽くした。当然、貴様と村長が兄弟で、容姿が似通っていることなど先刻承知だ!」
「ど、どうしてそこまで」
「決まっているだろう。そも、貴様らが好き勝手に土地を扱うこと、それがおかしいのだ。この地は全て我らが王の物、よって、そこから得られる物も全て、王の物だ」
「なら、き・・・領主殿の物でも無いはず」
辛うじて「貴様」と呼ぶのを思いとどまれたライに対して、領主は見向きもせずに「おい」と壁際に控える衛士を呼ぶと、何やら小声で申し付けた。
それを聞いた衛士が足早に部屋を去るのを確認すると、領主は再びライへと向き直る。
「さて、何だったか・・・ああ、そうそう。確かに、この地は私の管理下にあるが私の物では無い」
「ならば!」
「だが・・・貴様らの『権利』と『義務』、それと同じだ。私は王から定められた税分を国庫に納めるという『義務』を果たせば、残りは私の物として扱える『権利』がある。それを果たすために、あの量が必要なのだ」
「そ、そこまでして・・・何を?」
その反駁に暴力で応えようとした領主だったが、それを遮るかのように「コンコン」とドアをノックする音が響いた。
「ん?」
普段なら叩く前に一声かけるものだが、それの無く唐突に響いたその音にダイニングにいたライ以外の全員の視線が、そのドアの方へと向いた。
「・・・入り給え」
少し怪訝に眉を顰めた領主だったが気を取り直してそう命ずると、先程出て行った衛士が何やら重そうなカートを押して入って来た。その顔は何かショックな物でも見たのか、土気色をしており表情も凍り付いている。
「ご苦労、退がっていたまえ」
しかし、そんな衛士にはまったく興味が無いのかだろう。口ばかりの労いをかけると置かれたカートの横に立ち、被せられているシーツの端を掴んでライへと問いかけた。
「さて、ライ・イズサン。これは何だと思う?」
「・・・ロクなものではありますまい」
そう、ライが吐き捨てたのも無理はない。純白のシーツに覆われてはいるが、そこから漂う臭気はライにとってはなじみ深い、それでいて忌避するべきもの。
即ち、血の臭いだったからだ。
「そうか、そうか・・・なら、とくと見給え!」
バサリと領主が乱雑に取り払ったシートの下、そこに置かれていたモノを見て、ライは両眼を零れ落ちんばかりに引ん剥いた。
そこにあったのは、苦痛と嘆きに歪む1つの首。そしてその顔は何であろう、先までのライと同じ顔。つまりは、村長でありライの兄その人の首であった。
そんな事態に皆が目を奪われている横で、ある事が起こっていた。先ほど、首の乗ったカートを押して来た衛士が元いた壁際に戻らず、フラフラとダイニングを出て行ったのだ。
部屋の外に控えていた衛士としても、乱雑にドアを開けフラフラと出てきた彼と、その土気色の顔には大層驚いたが、
「うあ・・・うあ・・・」
と、意味も無い言葉を呟く彼を不気味に感じたのか、胡乱気な視線を送るに留まった。
「うあ・・・うあ・・・うあ・・・」
尚もブツブツと呟きつつ、まるで幽鬼の様にフラフラと歩を進めた衛士だったが、
「うあ、うあ・・・あああ!」
廊下を半分ほど進んだ所で、いきなり大声を出すとバッタリと倒れ伏した。
「な、何だ何だ!?」
その声と倒れた音に驚いた衛士の1人が駆け付けて抱き起すも、彼はブクブクと口から泡を吐くばかり。その異常さに初めに駆け寄った衛士が他の衛士を呼び、たちまち彼の周りには大きな人だかりができた。
「お、おい!どうした!?」
「いや、俺にも何が何だか」
「その前に医者だ。それくらい分かんだろ!医者を呼べ!」
その時、彼の胸の辺りから何か木片のようなモノがスウッと宙に浮かび上がる。
「な、何だ?」
初めに彼を抱き起した衛士がそれを掴んだ、その瞬間。
「「っ!!?」」
音も無い大爆発が、彼らを襲った。
「ん?」
ビリビリと不意に自身を襲った振動に、意識を部屋の外へと向けた領主だったが、
「貴様、何をしたのかわかっておるのか!?」
という、建前上の敬意すらかなぐり捨てたライの言葉に注意を引き寄せられ、「ああん?」と低く唸るとグリグリとブーツの踵でライの足を踏みにじった。
「分かっておるのか、だとお!良いぞ、言ってやろう!私を騙そうとした詐欺師の首だ、これは!」
「外道め。待て!では・・・ワシらより早くに、行方が分からなくなった者たちは!?」
そう尋ねるライだが、領主を騙した兄がこのような目にあったのだ。先に行方の分からなくなった者たちについても、恐ろしい予想はつく。
「あ?・・・ああ、あいつらか?とっくに死んだよ」
予想通りの、それでいて恐れていた回答にライの顔が怒りで真っ赤に染まる。
「だが、安心し給え!彼らは私の為の、私たちの為の大いなる目的の為に今も働いてくれているからなぁ。下民には勿体ない扱われだよ!」
「な、何だと?」
いったい何を言っているのかはライには分からなかったが、少なくとも『死んだ』というのは間違いのない事実だろう。
縛られた腕が、怒りで縄を切らんばかりにミチミチと唸りを上げる。腕を縛り付けられていなければ、とっくに領主を縊り殺していたことだろう。
「おおっと、そこまでだぞライ・イズサン。それ以上貴様が動けば、共に囚われた村民共がどうなるか・・・分かっていような?」
「外道め!」
しかし、そう言われればライは只管それを堪えるしか出来ない。ギリギリと歯を噛み締めて唸るその姿を見て少しは溜飲が下がったのか、領主は大きく息を吐いて「カン」と杖を床に打ち付けると、
「まあ、君たちの言い分も分からなくは無い。ただ・・・それは私も同じなんだ。私が勝手に使える取り分は、国庫の取り分の余りと。そうせざるを得ないんだ」
幾分かトーンを落とし、猫撫で声でそう嘯く領主だったが、今更そんなものに絆されるライでは無い。
「それにさ、私がこの地を拝領する為に求めた伝手には、私なんかよりもっと質の悪い仕打ちをするような連中もいるんだ。この私がこの地を治め続けることが叶わなければ、そいつらが君たちの上に立つことになりかねない。だから・・・頼むよ?」
されど、口を一文字に固く結んだままの様子に、その懐柔の仮面はあっさりと剥がれ落ちる。
「何とか、言いたまえよ貴様ぁ!」
再び、理不尽な怒りが沸々と湧き上がってきた領主は杖を振り上げ、
「何とのう。開けてみれば、何とも些末な事よ」
いきなり聞こえた舌足らずな声に、それをカランと取り落とした。
「誰だ!?」
「邪魔しておるぞ」
その声の方を振り向けば、さっきまで自分が座っていた椅子には、見た事の無い少女がふんぞり返っていた。
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